第4話 僕の名前は古谷ヒカル
「僕の名前は古谷ヒカル。年は23歳。大学院生です。えっと、専攻は火山学。出身は宮城県です。これは、わかるわけないよね……」
なんで自己紹介のときって敬語になりがちなんだろうかと思いながらヒカルはひとしきり自己紹介をする。
趣味や大学のことまで話し、話題もなくなったところで少女にもういいかと尋ねると、彼女は首を横に振る。
そしてヒカルを指差して首を傾げ、地面をトントンと指差す。
なぜここにいるのかという意味だろうか。
「なぜかはわかんないんだよ。気づいたらここにいて。十和田湖にいたんだ。カルデラを見に。カルデラってね、昔の噴火のあとなんだ。それも、とても大きな。噴火ってわかるかな?」
ヒカルは地面を叩いて、「ボンッ」と爆発する真似をした。
少女は頷いて「デジャール」と言った。「デジャール。噴火」とヒカルは繰り返した。
「カルデラが好きなんだ」とヒカルは続けた。「一般には火山といえば積層火山だけど、大規模な火山は、本当は山体なんて残らない。カルデラになるんだ。本当に山のような火山噴出物を吐き出したあと、空っぽになったマグマ溜まりは大陥没を起こしてカルデラとなる。噴火の規模がとにかく大きくて、ウルトラプリニー式噴火っていうんだけど、それこそ人類の最大の驚異となる。鬼界カルデラは南九州の縄文人を絶滅させたし、インドネシアのトバカルデラは人類、ホモ・サピエンスを数千人程まで、ほとんど絶滅寸前まで追い込んだという説もある。イエローストーンも次の噴火で僕たちを絶滅させるかもしれない。十和田カルデラはそこまでではないけれど、それでも約6万年前の火砕流は何十キロも離れた青森まで到達している。カルデラを見てるとね、自分の悩みなんてほんと小さなものに思えるんだ」
ヒカルは思わず夢中で話していたことに気付く。オタクの悪い癖だ。
それでも少女は食い入るようにヒカルの話を聞いていた。
言葉がわかっているのだろうかと思う。
それに気づいたのか、少女は、「アシェリア、わかる」とたどたどしい発音で言った。
ヒカルは驚く。
この僅かな時間で、彼女は日本語を理解しつつあるのだ。
アシェリアに促されて、ヒカルは続きを話す。
十和田湖の南、瞰湖台に車を停めたヒカルは、湖面に霧が立ち込めるのを眺めていた。
霧の広がり方がやけに早い。本当に霧だろうか。
湖面になにか黒い滲みのようなものがあるのに気づく。
火山性のなにかかもしれない。
風向きを確認する。南風。硫化水素が発生していても大丈夫だ。
湖面に近づいてみたいが、十和田湖の周囲はほとんどが切り立ったカルデラ崖になっている(それがまたいい)。
降りられるルートはないか。
ガードレールを超えて森に入る。
すぐにおかしいと思う。本当に霧なのか。やけに濃い。方向感覚が麻痺する。
風が向こうから来ている。風向きが変わった?
頭がくらくらする。
ガスだ。危険だ。戻らなければ。
ヒカルは駆け出す。でも、もう上も下もわからない。
足が滑る。
「たぶん、それで気を失ったんだと思う。その後、気づいたらこの場所にいたんだ」
ヒカルが話し終えても、アシェリアは黙ったまま何かを考えていた。
その顔からは愛くるしさが消え、美しさのあまり神々しくすらあった。
話しかけるのも憚られ、ヒカルはなんとなく空を見上げた。
もうすっかり日は傾きかけており、半月が空高く輝いている。空だけ見ると日本と何も変わらない。
なぜこんなことに、とヒカルは泣きたい気持ちになった。
「どこなんだよ、ここは……」
「ここはイシュタル」思わず呟いたヒカルに、アシェリアが答えた。
「ボクたちの、場所」
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