第2話 まさか食べるつもりじゃないよね?
二時間ほど歩いただろうか、やがて開けた場所に出た。
灌木や下草は全く無く、ひときわ巨大な楢や樫や栗の木が列柱のように立っていた。
木々は丁寧に枝打ちされているが、樹冠には傘のように葉が茂っていて、明るさはあまり森の中とは変わりない。
ぱっと見だけでも、二十人くらいの子供と、十人くらいの大人がいた。
彼らは焚き火のそばで獣の肉を吊るしたり(たぶん燻製にしようとしているのだろう)、石臼のようなものを使っていたりした。
大人は遮光器を掛けていたが、子供達は顔を晒していてた。
澄んだ湖のような青い瞳と、真っ白な髪がこちらに向けられている。
大人の一人が大声で何かを呼びかけると、木々の上からロープが投げ下ろされ、次々と人々が降りてきた。
よく見ると木々の上の方に、巨大な鳥の巣のようなものがある。家だ。
ここは彼らの集落なのだ。
あっという間に百人ほどの人が現れる。
彼らは近づいて来ようとはせず、遠巻きにヒカルたちを好奇の目で見つめていた。槍や弓を手にしている者もいる。
明らかに狩猟採集で生活している集団だ。
まさかとは思うが、人肉食の習慣があって、食べるつもりで連れてこられたのかもしれない。
燻製にされようとしている肉が、急に人間に見えて背筋が寒くなった。
かと言って、逃げられる可能性はゼロに等しい。
大人の男だけでも二十人はいる。
みな、ヒカルを連れて来たと男たちと同じく190センチを越す長身だ。
ふとヒカルは気づく。
大人の女がいないのだ。どこかで集団で作業でもしているのかもしれない。
気にはなったが、自分の心配で精一杯で深くは考えられない。
ヒカルを連れてきた男たちは、彼らとは距離を取ったまま、ヒカルを指さしたりバックパックを掲げたりして何かを話したあと、ヒカルにいくつか声を掛けた。
逃げるなとか、自分たちから離れるなと言っているらしかった。
それから付いてこいと示すと、集落の奥に進んでいった。
列柱のような巨木群を抜けると、低木が規則正しく植えられた果樹園があった。
それほど広くはない。学校のグラウンドほどだ。
そこでは日が差していて、男たちは再びフードを目深に被った。太陽が苦手なようだ。
果樹園には木苺や葡萄のほか、種類のわからない、いくつもの実や花をつけた木が植えられていた。
添え木がされているものもあり、ある程度の農耕の知識があることが伺えた。
一人の男が絶対に木には触れるな、といったたぐいのことを、手話を交えて言った。
果樹園の端は生け垣のようになっていて、ひときわ丁寧に組まれた人の背丈ほどある支柱に、手首ほどの太さの幹のあるバラが絡みついていた。
生け垣の切れ目には、岩を組み合わせたストーンヘンジじみた門がある。
門には木戸がはめられていて、脇には一人の老翁が座っていた。
豪奢、と言っていい服を着ている。基本的なデザインは男たちと変わりないが、ローブは黒い毛織物で、金色の精緻な刺繍が施されている。
老人の脇には槍が立てかけられていて、穂先はメノウのような光沢を放つ石を丁寧に磨いて作られていた。柄にも遮光器と同じような文様が装飾されている。
実用ではなく、祭祀用の槍だった。
長老かシャーマンだと思ったが、立ち位置は明らかに門番だ。
この奥に、更に上の王や酋長のような存在がいるのだ。
ヒカルの姿を認めた老人は立ち上がると、門に向かって両手を大きく広げ、大声で祈祷のようなものを唱え始めた。
しわがれているが美しい声だった。彼らの言葉にある独特なリズムがさらに強調され、歌っているようにも聞こえる。
老人の祈りは、最後に「アシェーリアー!」とひときわ高らかに声を上げて終わった。
それから彼は木戸を開き、ヒカルに入るように促した。
ヒカルを連れてきた男がバックパックを寄越した。
返してくれるんだ、と意外に思う。
門の向こうには草原が広がっていた。
降り注ぐ夏の日差しに瞳孔が驚き、思わず手をかざす。
広い。向こうに見える森の木々は豆粒のように小さい。
そして人影など、どこにも見えない。
中心部はなだらかな丘になっていて、そこに一本の木がぽつんと立っているだけだ。
呆気にとられていたヒカルは、改めて老人に促され、足を進めた。
背中で木戸が閉まる重い音がした。
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