最低の出会い厨が本気で人を好きになる話

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

 風見真一かざみ しんいちは出会い厨である。

 SNSやオフ会を利用して、チョロそうな女を漁っている。

 目的は金とセックスだ。

 身体を重ねてヒモになり、搾れるだけ搾ったら姿を消す。

 それを悪いと思った事は一度もない。

 出会い厨に引っかかるという事は、出会いを求めているという事だ。

 具体的には、セックスや恋愛である。

 求めるという事はそれらに縁がないという事だろう。

 自分はそういった女共に夢を与え、セックスや恋愛の経験を積ませてやっているのだ。

 実用的なセックス講座、恋愛講座を実技を交えて教えてやっているのだから、受講料を頂くのは当然だろう。

 と、そんな風に思っている。


 今回真一が潜り込んだのはオタク系の大規模オフ会だ。

 流行り物の大規模オフ会には出会い厨がつきものなので逆に動きやすい。

 経験の少ない夢見がちなオタク女は落としやすく、推し活だかなんだかで貢ぐ事に対する抵抗心も薄いので、ヒモになりやすいのだ。


 幹事の挨拶と共にオフ会が始まった。

 貸し切りの大きな居酒屋である。

 真一は端っこの人気のない席に陣取って、自分の事はあまり話さずにニコニコしながら適当に相槌を打っていた。

 そうして、他の参加者を観察して獲物を見定める。


 美人は駄目だ。出会いなんか求めておらず、純粋に趣味の交流をしに来ている。コミュニケーション能力の高い奴や友達連れも除外する。真一は彼女が欲しくて来たわけではない。ヒモにしてくれそうな獲物を探しに来たのだ。


 コミュニケーション能力が低く、孤独で寂しそうな女。その癖内心では出会いが欲しくて仕方がない。けれど、自分からはなにも出来ないし、モテるわけないと諦めている。そんな女だ。


 品定めが終わる頃になると、参加者がテーブルを移動し始めた。

 真一は動かなかった。

 そうするまでもなく、獲物から除外したタイプの女性参加者が彼のいるテーブルにやって来る。


 真一は取り立てて美形というわけではなかったが、この手のオフ会の男性参加者の多くはあまり見た目を気にしておらず、自分の話したい事ばかりを好き勝手喋る。小奇麗な格好で聞き上手を演じるだけで、ある程度女性参加者の気を引く事が出来た。


 それに、真一はこの手の界隈の人間ではないので、纏う雰囲気も違っている。

 黙っていても目立つのである。


 相手もその辺の事に突っ込んでくる。変わってますね、とか、なんで来たんですか? とか。真一は手の込んだ嘘はつかずに、最近流行っているから興味本位で参加したと告げた。違う世界の人や文化に触れるのが趣味なのだと。


 そんな参加者はまずいないので、ここでも真一は目立った。中盤に差し掛かると真一も動き出し、無知である事を武器にあちらこちらで聞き役に回る。へーすごい。そうなんだ。面白いね。それだけで会話は成立する。やってる事は三流ホストと大差ない。中身のない会話だが、オフ会の数時間を騙すだけなら問題ない。


 オフ会が終盤に差し掛かる頃には、真一はすっかり一目置かれていた。にわかだが、見た目はまぁまぁ良くて、嫌味のない素直な聞き上手。誰もがそんな風に彼を思っている。


 下準備が終わったので、真一は席を立った。最初に品定めをしておいた数人は、今もオフ会の空気に馴染めず孤立していた。ひと気のない不人気テーブルから動けずに、場違いな所に来てしまった事を後悔するように携帯を弄っている。

 その中で容姿がマシで落としやすそうな雰囲気の女を選ぶと、真一はおもむろに隣に座った。


「楽しんでる?」


 話しかけたのは、野暮ったい小太りのメガネ女だった。全身黒づくめで、中学生のオタクをそのまま三十代にしたような感じだ。もちろん美人などではないが、ブサイクという程でもない。雰囲気ブスという奴で、磨けば案外化けるだろうなと真一は思っていた。いわゆる、丁度いい女という奴だ。それに、抱くなら痩せっぽっちよりこのくらい肉付きがあった方が気持ちがいい。


「……ぁ、ぅぁ、たし、ですか?」


 漫画みたいにきょろきょろしながら女が言った。


「邪魔だったかな?」

「……ぃ、ぃぇ。で、も……なんで、私なんかに……」


 まるで、人気の芸能人に話しかけらたみたいな態度である。

 そうなるように評判を上げておいたのだ。

 オタクのオフ会に現れたちょっとした王子様。

 それが今の自分だ。


「君みたいな子がタイプなんだ。ずっと話しかけたかったんだけど、勇気が出なくてね。でも、もうすぐ終わっちゃそうだから」


 ぽってりとした女の頬が赤くなり、口元がパクパクする。

 優しく微笑むと、真一は畳みかけるように言葉を続けた。


「聞かせて欲しいな、君の事。まずは名前から――」

 

 一度口を開いてしまえば、女はそれまでの沈黙を取り戻すかのようによく喋った。

 大半は下らない趣味の話だったので聞き流したが。

 山田文子やまだ ふみこ、28才、銀行員。必要な情報はそれだけだ。


 三十分後、幹事がオフ会の終了を告げると、文子は12時の鐘の音を聞いたシンデレラのような顔になった。


「物足りないね。もっと文子ちゃんと話したいんだけど。もう一軒どうかな?」


 真一は25才だが、あえて文子をちゃん付けで呼んだ。

 そういうのが好きそうなタイプだった。


 文子は夢みたいです! と十代の小娘みたいに喜んで誘いに乗った。気取り過ぎない個室の居酒屋に入り、小一時間程話しながら、テーブルの下で悪戯っぽく足を絡める。文子は戸惑った様子だったが、真一が意味深に目配せをしてホテルに誘うと、一世一代の覚悟を決めたような顔で言ってきた。


「でも私……初めてで……」

「問題ないよ」


 真一は言った。

 どうせそうだろうと思っていたのだ。


 真一の計画では、ここで夢のような初エッチを経験させてやり、そのままヒモになる予定だった。甘い言葉と丁寧な前戯。気が狂うほど何度もイカせて、本能の部分でこちらを必要とさせる。ヤル前から、真一は狩りに成功した気になっていた。


 誤算があった。


 文子の身体は予想以上に抱き心地が良かった。全身がマシュマロみたいにふわふわで、豊かな胸は今まで抱いたどの女よりも大きかった。肉付きの良い身体からは、アルコールの混じったミルクのような甘い体臭が香っていた。


 彼女は初めてとは思えない程積極的で、いつの間にか真一はすっかり主導権を奪われていた。口で吸われ、胸で挟まれ、乳首を抓まれ、尻を弄られた。中に入れる前に真一は三回もイカされ、中に入れてからも二回イカされた。イッたのではなく、イカされたのだ。それも五回も。一晩中。そんな経験は初めてだった。


 なにもかも空っぽになって文子のふくよかな身体に抱きついて眠るのは驚く程幸せだった。出会い厨の彼が、女なんか使い捨ての財布くらいにしか思っていなかった彼が、いつまでもこうしていたいと思ってしまった。


 馬鹿な! こんなのは気の迷いだ! たまたま身体の相性が良かっただけだ。いつも相手に使ってる手だろうが! 俺が騙されてどうする!


 文子は恥ずかしそうに、エッチな漫画や小説で覚えたのだと言っていた。

 そして、また会えるかと。

 そのつもりだと真一は答えた。

 少し躓いたが、これから挽回して、絶対にこの女のヒモになってやる! 今やそれは、出会い厨としてのプライドの問題だった。


 誤算は続いた。


 他の女とは違って、文子は都合よく誘いに応じなかった。仕事で忙しいと言われれば仕方ない。普段なら手間のかかる女は早々に切るのだが、今回はそうはいかなかった。気が付けば、真一は彼女に会える日が楽しみになっていた。


 たまに会うと、文子は心から楽しそうにデートをして、何度でも真一の精を搾りつくした。ベッドの上でぐったりと悔しがる彼を柔らかく抱きしめて、私は宇宙一の幸せ者です、なんてキスをするのである。


 そんな関係を一年ほど続けると、ようやく真一も観念した。

 どうやら自分は本気でこの女を愛してしまったらしい。


 †


「結婚しよう」


 指輪の入った小箱を開いて、真一は言った。

 大奮発して、夜景の望める高級レストランを予約していた。

 もちろん真一の自腹である。


 文子と真面目に付き合う為に、半年前に就職したのだ。

 出会い厨はとっくにやめて、ヒモになっていた女達との関係も清算した。

 まさかこの俺が、カモにするつもりだった女に本気になるとは。

 皮肉な気分になりながら、真一はあの日彼女と出会った幸運に感謝した。


 身体の相性は勿論の事、文子は内面も文句のない女性だった。おおらかで慈悲深く、知的で善良。これまでに沢山の女を引っかけて、その悪しき面を散々見てきた真一が思わず惚れてしまう程の。男の理想を形にしたような女だった。


 文子が断ることはない。彼女は真一と同じかそれ以上に、彼の事を愛していた。そう思っていても、答えを聞くまでは緊張は解けないのだが。


「……嬉しい。ずっとその言葉を待ってたから」


 息をのむと、文子は心から幸せそうに微笑んだ。

 そして言った。


「これでやっとあなたとお別れ出来るわ」

「……ぇ?」

「銀行員って言ったけど、あれは嘘。本当は別れさせ屋なの。普段は不倫相手を誘惑して別れさせたりしてるんだけど。今回はちょっと変わった依頼で、あなたを本気にさせた後に別れて欲しいって頼まれたのよ」

「だ、誰にだよ……」

「そんなの、あなたが今まで食い物にしてきた女の人達に決まってるじゃない」


 面倒くさそうに手を振ると、文子は立ち上がった。


「これで少しは懲りたかしら、サイテー男さん。あなたの事、一度だって好きだと思った事はなかったわ。これでお別れだと思うと、本当にせいせいする」


 文子が立ち去ると、周りの席から嘲笑うような声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこには彼が今までカモにしてきた女達の顔が並んでいた。

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