萌えキャラに誘われて(KAC20227)
つとむュー
萌えキャラに誘われて
俺が乗ったバスは、古風な街道の入口に到着した。
どこに行くのか知らされていないミステリーツアー。
その最後の訪問地としてこの場所が選ばれたのは、お買い物タイム――ということに違いない。
歩行者天国となっている街道の両脇には、お土産物屋が並んでいた。
こんな江戸時代の宿場町みたいなところで?
一体何を買ったらいいのだろう?
最初は残念に思ったものの、お店の前の立て看板にいきなり目を奪われる。
青みがかった髪に、青いぱっちりした瞳の美少女。
両手に木刀を持ち、凛々さと可愛らしさを両立させたポーズで微笑んでいる。
そんなキャラクターが、立て看板には描かれていた。
――木刀むすめ、
どうやら木工品を売る土産物屋の看板娘らしい。
「めっちゃ可愛い、この娘……」
俺は迷わず店の暖簾をくぐる。
そして、仁藤優が描かれたグッズがないか物色し始めた。
「あった!」
店の隅ではあったが、クリアファイルやTシャツ、アクリルスタンドやキーホルダーが置かれている。
俺は思わずTシャツを手に取る。
そのデザインは、一般的な萌えキャラとは一線を画していた。
というのも藍染のような紺一色で描かれた仁藤優が、その凛々しさを際立たせていたから。
「これなら街で着ても、そんなに違和感ないかも……」
値段は三千円。
ちょっと高めだが、この機を逃すと今後買えるかどうかはわからない。
試しにスマホで検索してみたが、ネット販売はやっていないらしい。
俺は意を決し、Tシャツをレジに持って行った。
「意外なところで可愛い娘に出会っちゃったな……」
俺は満足しながら店を出る。
ところが――
「えっ、この店にも?」
斜め前のお店にも、美少女キャラの立て看板があったのだ。
赤いツインテールの髪をなびかせ、にっこり笑う少女。
いわゆる萌えキャラで、先ほどの仁藤優とは正反対の明るさに溢れていた。
俺は小走りで駆け寄り、キャラの名前を確認する。
――焼き鳥ガール、
店からぷーんと漂ってくる焼き鳥の香り。どうやら地鶏の専門店らしい。
俺は店に入ると焼き鳥には目もくれず、キャラクターグッズを探す。
すると店の隅に、ちょっとしたグッズが置き場があった。
「さすがにこのTシャツは派手だよな……」
目がくりくりとしたアニメ柄の少女が焼き鳥を持つ姿。いかにも萌え萌えだ。
こんなTシャツを着ていたらオタクと思われること間違いなし。
ふと後ろを振り返ると、アニメTシャツを着ているお客が何人かいて、俺の背後から亭葉彩希グッズを見定めしている。
「でも……可愛いんだよな……」
俺はTシャツを諦め、亭葉彩希のクリアファイルを手にしてレジに向かった。
その後街道を歩いて気付いたが、どうやらここでは町おこしに萌えキャラをフル活用させているらしい。
うらないギャル、
米好き娘、
可愛いおばあちゃん、
「みんな可愛いよぉ、全員のグッズが欲しいよぉ!」
いやいや、これは心の叫びだよ。
そんなこと言ってたら完全にオタクだし、こんな宿場町で大声出すなんて恥ずかしいことできるわけがない。
はっと気が付くと時間はギリギリ。
それよりも驚いたのは、周囲を見渡すと自分のように萌えキャラグッズを手にしたお客ばかりになっていた――
◇
「このように、萌えキャラとの出会いと別れが連続して訪れると、それが好きな人たちが最後まで街道に残ることになります」
大学の化学の授業で、教授がそんな動画をスクリーンに流す。
自分は萌えキャラにはあまり興味はないが、確かにその通りだと思う。
例えばお店のBGMが全店ジャズだったら、フラフラと全部のお店に寄ってしまうかもしれない。
「化学物質も同じです。人には萌えキャラが好きな方がいるように、物質にもそれぞれに好きなものがあるのです」
へぇ、と思う。
物質にもそれぞれ好きなものがあるなんて、本当に人間みたいだ。
「例えばAというものを通路の各地に配置して、いろいろな物資を混ぜてそれに通します。するとAが好きではない物質は、すぐに通路を通過してしまいます」
先ほどの動画を思い出す。
あの街道だったら、自分は素通りしてしまうかもしれない。
「しかしAが好きな物質は違います。出会いと別れに時間を取られて、通路から出てくるのが最後になってしまいます」
するとスクリーンに「出会いと別れを利用した物質の分離法」と表示される。
確かにこうすれば物質を分離することができる。
これを考えた人は正に天才じゃないか!
最後に教授は、その分離法を読み上げた。
「この分離法を、クロマトグラフィーといいます」
人間界にも、飲み屋街とかファッション街とか似たような通りがたくさんある。
自分はどんな場所で分別されてしまうのか、つい考えてしまう講義だった。
萌えキャラに誘われて(KAC20227) つとむュー @tsutomyu
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