続・アンドロイドは冷却水を流すか

北浦十五

満開のフィオリーナの花の中で


この作品は「アンドロイドは冷却水を流すか」の続編です






「坊ちゃま、フィオリーナは機能停止したのですね」




フィオリーナが目を閉じて動かなくなってから10数分後。



僕の後ろで声がした。



僕は涙でグチャグチャの顔で振り向いた。



そこには僕の養育係である有機アンドロイドのマリが立っていた。



「マリ!フィオリーナが!フィオリーナが・・・」


僕の目から再び涙が溢れ出した。

マリはしゃがみ込んで無言のままハンカチで僕の涙を拭った。

その手つきは普段より優しく感じられた。


「この子は自分で核融合炉を停止させたのですね」


その声には少し悲しむような感情が感じられた。

でも、僕には判ってる。

マリには感情なんてものが無い事を。


「マリは知ってたの? ここにフィオリーナが居る事を」


マリは静かにうなづいた。


「僕がフィオリーナに会いに来てる事も?」


「存じ上げておりました。倉庫のロックが解除されているのを何度か確認いたしましたから」


その声はいつもの無機質なものに戻っていた。


「僕が倉庫に近づくのを禁じたのはフィオリーナが居たから?」


「そうです。それも私の役目の1つでしたから」


「役目? 役目って?」


マリは立ち上がって無機質な声で答えた。


「第1にフィオリーナの存在を私達以外に知られぬ事。この子は非合法のアンドロイドです。非合法のアンドロイドは所持しているだけで国際アンドロイド法の厳罰に当たる事は坊ちゃまもご存知ですね?」


僕は「うん」とうなづいた。


「第2にフィオリーナの核融合炉をチェックする事。88年前に造られた有機アンドロイドですからね。いつ核融合炉が暴走しても不思議ではありません。核融合炉が暴走したら問題が大きくなります。いくら超小型とは言え一種の太陽が出来てしまう訳ですから」


「チェックって? 僕がこの倉庫のロックを解除した時には何十年も解除された形跡は無かったけど」


マリは少し微笑んだように見えた。

それは造られた微笑みだけど。


「私達、有機アンドロイドは固有の波長の電磁波によるネットワークを持っています。それによってお互いの機能が正常であるか知る事が出来ます。核融合炉の状態も。フィオリーナは今の私達とは違う波長でしたが、それは教えて頂きました」


「誰に?」


僕の質問にマリは答えた。


「坊ちゃまのお父上に」


「父さんに!」


僕は父さんの顔を思い出そうとしたが明確には思い出せなかった。


「私はそれによってフィオリーナ、この子が自分で自分の核融合炉を停止させた事が判りました。しかし、まさか坊ちゃまがこの倉庫のロックを解除できるとは思ってもみませんでした。それ程の厳重なロックでしたから。お父上もそう思っていたのでは無いでしょうか」


それからマリは少し考え込むような素振りを見せた。

そして、1つの決心をしたように口を開いた。


「坊ちゃまも12歳になられたのですから、これまでお話をしなかった事を話しても宜しいかと存じます」


「えっ、僕に話して無い事?うん、知りたいな」


マリは造られた笑顔のまま話し始めた。


「まず国際アンドロイド法ですが、有機アンドロイドは10年以上の稼働は禁止されています。これは有機アンドロイドが感情を持つ事と小型核融合炉の暴走を阻止する為です。ですから私達は10年を経過すると自動的に核融合炉が停止するように義務づけられています。また、非合法の有機アンドロイドは造る事も所持する事も厳罰に処せられます」


「えっ!どうして有機アンドロイドは感情を持ってはいけないの?」


マリは表情を変えずに話し続ける。


「それは有機アンドロイドがあまりにも人間に酷似しているからです。それが感情を持つと言う事はプログラミングされていないものが自律型AIに発生すると言う事です。感情を持ったAIは独自の思考を始めます。それが人間に対して敵対するような思考であったならどうなるでしょうか?有機アンドロイドは見た目だけでは直ぐに人間と見分ける事は出来ません。それが大勢の人間が居る場所で故意に核融合炉を暴走させたらどうなるでしょう。これはテロと言うよりも遥かな大量虐殺となります。非合法の有機アンドロイドの製造と所持が厳罰になったのもその為です」


「・・・でも、フィオリーナは・・そんな事はしない」


僕の確信に満ちた言葉にマリはうなづいた。


「そうですね。あの子はしないでしょう。あの子には感情のようなものがあったようですから。私には理解不能なものでしたが」


「マリは僕がフィオリーナに会いに行ってるのを知ってたんだよね。どうして怒らなかったの?」


マリは一瞬、動作が停止したように見えたが話し続けた。

その顔は無表情なものになっていた。


「あの子が坊ちゃまに悪影響を及ぼすとは思いませんでしたから。この点では私の判断は間違っていたのかも知れません。フィオリーナは坊ちゃまの曽祖父様がお造りになられた事はご存知ですね?」


「うん。フィオリーナから聞いたよ」


「あの子は坊ちゃまの曾祖母様をモデルとして造られたようです。そして曽祖父様は亡くなられる時にご遺言を残されました。フィオリーナをこの倉庫に隠すように。そして倉庫には厳重なロックをするようにと。ですから曽祖父様が亡くなられてからロックを解除したのは坊ちゃまが初めてです」


僕はビックリした。


「そうなの?」


「はい」


マリはそう言ってから機能停止をしたフィオリーナに歩み寄って行った。

しばらくマリは笑顔のまま動かなくなっているフィオリーナをじっと見つめていた。

そして、優しい手つきでフィオリーナを椅子から抱き上げた。


「フィオリーナをどうするの!」


僕が慌ててマリを止めようとするとマリは無表情で言った。


「この子をお庭に埋葬しましょう。非合法のアンドロイドを誰かに見られる訳には参りません。それに」


「それに?」


その後のマリの答えは僕の予想外のものだった。


「・・・この子も腐敗していく自分の姿を坊ちゃまには見られたくないでしょうから」




フィオリーナを抱き抱えているマリと僕は庭へ向かった。

マリは僕に喋り始めた。


「坊ちゃまはどうしてご自分がご両親と離れて私と暮らしているのか判りますか?」


「えっ?」


僕はそんな事は考えた事も無かった。

だって物心ついた時からそうだったから。


「今の地球の人口が30億人なのはご存知ですね?」


「うん。学校で先生に教えて貰ったから」


「300年前の地球の人口は約80億人だったそうです」


僕はまたビックリした。


「どうしてそんなに人口が減っちゃったの?」


「私のデータベースにはあまり詳しい事は入っておりませんが」


マリはそう前置きした。


「戦争とか疫病とか食料不足とか。色々な事があったようです。それは今も続いているようです。坊ちゃまが成長なさるにつれ学校で教えて貰う事でしょう。それで子供は都会から離れ、このような場所で私達のような有機アンドロイドに育てられるようになったのです。さ、着きましたよ」


マリは僕の質問を遮るように言うとフィオリーナを地面に横たえた。




そこは一面の花畑だった。

色とりどりの沢山の花々が咲いていた。

この中にフィオリーナと言う名前の花もあるのだろうか。


庭の隅の方にマリがショベルでかなり深い穴を掘った。その底にフィオリーナの動かなくなった身体が横たえられた。

僕はまだ柔らかいフィオリーナの頬に触れ「さようなら、ありがとう」と告げた。

フィオリーナは輝くような笑顔のままだった。


「坊ちゃま、お花で飾らないのですか?」


フィオリーナに土をかける時にマリが確認して来た。


「うん。フィオリーナに「花は摘まないで」と言われたから」


「・・・そうですか」


マリは淡々とフィオリーナに土をかけていった。

すっかり穴が判らなくなるとマリはメイド服のポケットから小さな袋を取り出した。

そして、その中身をパラパラとフィオリーナが眠る地面の上にふり撒いた。


「それは何?」


「フィオリーナの花の種です。ゴールド、オーロラ、スカイブルー、色々ありますよ」


僕は嬉しくなった。


「じゃあ、花が咲いたらいつでもフィオリーナに会えるんだね。でも、咲くかなぁ?」


不安気に言う僕にマリが笑顔で言った。


「必ず、咲きますよ。フィオリーナは強い花ですから。今は10月ですからこれからフィオリーナが咲く季節です」


そのマリの笑顔は今までの造りものの笑顔とは違うように僕には感じられた。


それから僕は毎日のように庭を訪れた。

マリの言った通り5日後には芽が出て来てすくすくと育って行った。

そして、1ヶ月後には色とりどりのフィオリーナが咲き誇った。


小さいけれど可憐に咲く花に僕はフィオリーナの笑顔を重ね合わせていた。

僕はフィオリーナの花の群れの中に倒れ込んだ。

フィオリーナが稼働していた時と同じ良い香りがした。


「また、会えたね。フィオリーナ」


僕がそう言うと花も嬉しそうに揺れているように感じられた。



また、お会いできて嬉しいです。ご主人様



そんなフィオリーナの声が聴こえたような気がした。

僕はとても幸せな気持ちになって、いつまでもフィオリーナの花の中で横たわっていた。





それから6年。



僕は18歳の成人になった。


僕はいつものように満開のフィオリーナの花の中にいた。



「本当に行かれるんですか? 坊ちゃま」



マリの心配そうな声が響く。



僕は学校卒業後の進路を国際平和維持団体にした。



「坊ちゃまの学力なら有名な大学や企業にも行けましたものを」



「良いんだよ、マリ。ほら、フィオリーナも喜んでいる」



僕の身長がマリを追い越してから何年になるだろうか。



「それじゃ、行って来る。フィオリーナをよろしくね」



「・・・はい。坊ちゃまもお気をつけて」



僕はそんなマリの耳元でささやいた。



「ホントは君も非合法の有機アンドロイドなんだろ?」



マリはそれには答えなかった。



代わりに目から冷却水を流していた。




色とりどりの満開のフィオリーナの花の中で僕はフィオリーナの最後の笑顔を思い出していた。








終わり





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