合コンにて君と出会い、そして……

篠騎シオン

君と初めて会った時のこと

僕が君と初めて会ったのは、友達に誘われて行った合コンの席だった。

その頃僕は女性経験なんて全くなくて、緊張で席でガチガチに固まっていた。


「そんなに緊張しなくても、誰もあなたのこと食べたりしないと思いますよ」


優し気な声でそう言った君は、震えながらビールジョッキを持っている僕の手をそっと包み込んでくれた。

家族以外の人からはじめて受けたぬくもりに驚いた僕は、さらに震えて君を驚かせてしまって、それから、君は笑ったんだ。


その柔らかい笑い声を聞いて僕はやっと、君の顔を見ることが出来た。

そうして、僕らの視線が絡む。

甘く、身を焦がすような想い。

心の中から湧き上がってくる感情があった。


ああ、僕はこの人と結婚するんだ。


そう直観した。



「二次会行く人-!」


声に振り向く。

合コンの幹事である友達が、次の会場へ行く人の挙手を募っていた。

僕が目線を戻すと、君がちょっとだけ顔を赤らめて僕の方を見つめ返してくれていた。


その時僕は童貞だった。けれど、どうすればいいかはわかった。

必死に自分を勇気づけ、ついに僕はその言葉を言う。


「二人で行きませんか?」


どこへ、が抜けているのは八割緊張、そして心配が二割。

場所を明確にしていなければ、誤魔化しようがあるという浅知恵。


「はい」


こくりと小さくうなずいてくれる君。

会計をして僕ら団体は店を出る。

そして僕と君は雑踏に紛れ、二次会組とは別の方向へ向かった。


二人、自然と手をつないで歩く。

汗ばんでないかな、歩くの早くないかな。

いろんなことが気になって何度も何度も君の方を見るけど、声をかける勇気はない。

君は恥ずかしそうに下を向きながら歩いていた。


ふと、あることが気になった。

さっき手を握ってくれたこんなに積極的な君(童貞の僕にはそう思えてならなかった)。僕が初めての人なのだろうか。

もし、僕だけ初めてで、慣れてない人はいやとかいわれたらどうしようか、いやそもそも童貞の僕が君に対してちゃんと出来るのだろうか。

心配がぐるぐる回っていた。


そうして僕らは無言のまま歩き、ついにはその場所へ辿り着いてしまった。

いつか絶対入ってやるぞ! 横を通るたびに、毎回決意めいたものを掲げていたラブホテル。

その前で立ち止まる。

君の顔色をうかがうと、真っ赤だった。

ああ、きっと彼女も初めてなんだ。

そう思うと、僕の心は決まった。


「あそこに入ろう」


指さしたのは、ラブホの隣のバー。

……完全に日和った。童貞が全面に出てしまった。

僕の言葉に一瞬きょとんとした君だったが、ちょっとだけほっとした顔をしていて、僕も安心したのを覚えてる。


「いいですよ」


僕らはバーに入って、乾杯した。

一杯飲むと先ほどまでの緊張がとけ、僕らはお互いのことを話すことが出来た。共通点が多く、話がとても弾む。


二杯、三杯、四杯……、たくさんのお酒を飲みながら僕らは話続け、気が付いた時には……知らないベッドの上に寝ていた。


「……えっ?」


驚いて体をがばりと起こそうとするが、左腕が重くてベッドに引っ張られる。見るとそこには、裸体の女性。

そして自分も裸だった。

慌てて、君を揺り起こす。


「うーん……? え、あれ裸、どうして?」


どうしてこうなったか聞こうと思っていたのに、君も混乱していた。

そんな君を見て、少し落ち着く僕。

状況を何とか分析する。


そうか、僕らは、酔った勢いでシてしまったんだな。


少し冷静になり、君も覚えていなくてよかった、と胸をなでおろす。

もし君だけ覚えていたら、僕はなんとも情けない薄情な男になっていたはずだ。いや、現にそれは間違いないのだが、少なくとも今、僕らは同じ立場だ、減刑されるはず。


なんだか妙に落ち着いた気分だった。

童貞卒業の瞬間を思い出せないのは残念だが卒業は卒業だ、なんて、うんうんと一人うなずく僕の横で、まだ落ち着かない様子の君がつぶやく。


「どうしよう、はじめてだったのに……」


「えっ」


僕の心に何とも言えない気持ちが広がった。

女の人の初めては男のそれより、断然重いに決まっている。


必死に思考を巡らせショートしそうになりながら考えて、昨日まで童貞だった僕の口から思いもよらない言葉が飛び出る。


「お酒の勢いに任せてしまってごめん。償いきれないけれど、せめて。僕らの初体験、今からやり直させてくれないか?」


「僕ら……?」


「恥ずかしいけど、僕も初めてだったんだ。ね、だからいいかな?」


君からの言葉はなかった。

怒らせてしまったかな、引かせてしまったかな。そう心配になり始めたとき、君は僕の胸に飛び込んできてくれた。

答えは、イエス。

君の全身がそれを表現していた。


その日、丁寧に丁寧に、僕は君のことを愛した。

そしてすべてが終わってから、思い出して交際を申し込んだんだったね。

君には順番が逆だとぽかぽか殴られたっけ。



そうして、二人の人生がスタートした。

初めての性に溺れる少しただれた生活を送りながらも、僕は君を愛し、君は僕を愛してくれた。

1年、2年……喧嘩もあったけれど、関係を積み上げ、そして、僕らは結婚した。

責任をもって家族を支える。僕は仕事に邁進し疲れて帰る日も多くなった。

愛をささやく日も減っていった。


けれどそんなある日、君は子供を授かってくれた!

嬉しかった。父親になれることが。

より一層、僕は仕事に身を入れて取り組んだ。それと同時に身重の君の代わりに

そのかいあってか、君は無事出産。

可愛い我が子。けれど、赤子のいる生活は厳しいものだった。残業して遅く帰って遭遇する子供の夜泣き。耐えられなかった。

僕は段々、家に帰らなくなった。会社近くの格安のカプセルホテルに寝泊まりし、家には着替えを取りに帰るだけの日々。



そして、今日。

着替えを取りに帰ったら、机の上になにかが置いてあった。

気になって近づいて、僕は膝から崩れ落ちる。

緑色の一枚の紙。

そして、婚約指輪と結婚指輪。

さよならの、文字。

泣き叫ぶ。


もっと、ちゃんと、君のことを考えるべきだった。

仕事に忙殺されて、今の今まで君も初めての育児で大変だったんだということを考えもしなかった自分を呪った。

取り返しのつかないことだと、僕は、床を何度も何度もたたいた。



そして――















「お疲れ様です、加藤美奈様との人生シミュレート終了でございます」


私は、たったいま仮想空間から戻ってきた彼に声をかける。

彼の頬には涙が伝っている。あっちの世界の感情に現実の体が影響されるなんて、きっとまっすぐな人なのだろう。

彼はハッと気づいて涙を拭き、シミュレート機から立ち上がった。


「本日は我が社の最新式合コン、人生シミュレートをご利用していただきありがとうございました。あなたとお相手の情報をインプットし、完全シミュレート! 交際、結婚に至るまでリアルな人生をシミュレーションさせていただきました。いかがでしたが、加藤様との人生は。今回は残念な結果となってしまいましたが、あくまでこれはシミュレート。現実はあなたたちの力で変えていくことが出来ます。お望みなら、加藤様に交際の意志を伝えることが出来ますが、いかがいたしましょう」


私の言葉を聞いた彼は、向かい側で立つ加藤様の方に顔を向けた。

ちょうど彼女も同僚から説明を受けたようでこちらを向いた。二人の視線が絡む。シミュレート機の中で圧縮した人生を体験した二人。

けれどすぐに、彼の方が視線を外した。


「いいえ、いいです。シミュレートは失敗だったでしょう。僕らは合わない、縁がないということですよ」


薄情にも聞こえるその言葉。

悲し気な笑顔を浮かべながらこう続けた。


「すみません、他の方との合コンは辞退させてください」


「承知いたしました。そのように手続きさせていただきます」


彼は下を向いて歩きだす。

けれど私は、去り際の彼の言葉を聞き逃さなかった。


向かい側では女性が去っていく彼を見つめていた。

私はちらりと時計を見、向かいの職員に礼をして、休憩へと向かう。




休憩室に入ると、会社の重要ポジションであるライターさんがいた。


「おうおう、どうかね。私の人生シナリオの評判は」


「ダメでしたね、今のところは」


コーヒーを注ぎながらそう答える。

このライターさんは、わが社で重要でありながら絶対に公開してはいけない人だ。


なぜなら実際のところ。

うちは人生のシミュレートなんてから。


彼らは、仮想空間の圧縮された時間の中で、五感のある、決められたストーリーを追っているに過ぎない。

残念ながら、人生丸ごとを簡単にシミュレートできるほど、人ひとりが持っているデータは少なくない。だから私たちは、各人の基礎データから照合し、最もありそうなシナリオを彼らに体験させているのだ。


「全く、企画部長もどうしてあんなストーリーにするのか。成婚率を高めたくないのか、甚だ疑問だね。私は今日も自分の作品で、未来あるカップルをつぶしてしまったのかもしれん」


ため息をつく彼女。

私も半ば詐欺のような、この仕事が嫌いだ。

けれど、彼女が書く人生シナリオは、嫌いではなかった。

彼女は、カップルをきっと幸せに導く。


その証拠に。


私が窓の外にちらりと目をやると、ちょうど二人の男女がやり取りしている様子が見える。

先ほどの二人だ。

私は彼が去り際に言っていた言葉を思い出す。


『僕じゃ彼女を幸せに出来ないってことだ』


コーヒーを一口飲み、彼女に向かって言う。


「私は、あなたのシナリオ、人を幸せにしていると思いますよ」


私の言葉に彼女は目をぱちぱちさせた。

冗談交じりに続ける。


「でも、うちの会社は辞めて作家になったほうが賢明かもしれませんね。こんな詐欺まがいの手法、いつ暴露されてつぶされるか」


その言葉に、彼女はハハッと笑う。


「確かに! 作家目指すかなぁ」


そうやってにやり、笑って見せる彼女の顔が私は好きだ。

……彼女が、大好きだ。


私の人生は、どうなるのだろうか。

シミュレートに頼らず、見つけていきたい。


窓の外で抱き合う二人の姿を見ながら、私はそう思うのだった。

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