とある世界の、とある出会い

夢裏徨

とある世界の、とある出会い

 街道から外れた林の中、ぼろぼろになったマントを被ってうずくまっている子供がいた。数歩の距離で私が立ち止まれば、その子供は顔を上げる。擦りきれ、あちらこちらが破れた黒い布の下から、まだらな色の髪がこぼれ落ちる。煤けた顔に、痩けた頬。大きく見開かれた深緑の瞳が、私を映している。


 この子は、もしかして。


 まだらな髪色の中に白銀の色を探し、私は立ち尽くす。

 ぼんやりと私を見上げていたその子供はぱちりと一つ瞬きすると、ぱぁっと顔を輝かせた。


「お帰りなさい」


 子供らしい舌っ足らずの、子供らしからぬ掠れた声。

 いつもの私ならばすげなく振り払ったことだろう——しかし、嬉しそうに伸ばされたその手を避けることはできなかった。


「お帰りなさい、ティルラ」


 彼女は、私の名を呼んだ。






 彼女は、私を知っていた。私を、というよりも、前世の私を、と言った方が正しいのか。

 拙い言葉でにこにこと語ってくれる「私」との思い出に、気恥ずかしいやら嬉しいやら複雑な気持ちで苦い笑みだけを返す。


 汚れていた髪を洗ってやると、青みがかった銀灰色が現れた。痩せこけた身体からは思いもよらないほどに艶やかなその色は、私に「彼」を思い起こさせる。だが、彼女の深緑の瞳からは、彼の深青の瞳に感じる底知れない恐怖はない。むしろ安心感を覚えるほどだった。


 私は、彼女を手放さなければならない。

 どこか遠くにやらなければならない。

 けれど、魔物を引き寄せると言われる銀灰色の髪を持つこの子を、どこにやればいいというのか。安心して預けられるような知り合いはいない。銀灰色の髪を受け容れてくれるような奇特な土地も、ない。


「ティルラ? どうしたの?」


 いつの間にか髪を梳く手が止まっていたのか、彼女が不思議そうに見上げてくる。その瞳に、疑いの色はない。

 けれど——私といては駄目なのだ。それを、この子にどう伝えればいいのか。


「いるよ。一緒に。ティルラと」


 彼女の無邪気な笑顔が、胸に痛い。






 《彼の地》から、「彼」が呼んでいる。

 私を中心に、轟轟と風が吹き荒れる。手近にあったテーブルが、椅子が、壁が、植木が、ことごとく切り裂かれ、吹き飛ばされていく。

 これは、私の力の暴走だ。《彼の地》から呼ばれる時は必ず、力の制御が効かなくなる。

 腕に抱いた彼女の小さな身体が、風にふわりと舞い上がる。彼女が吹き飛ばされてしまうのではと、心臓が縮み上がる。

 しかし、力の暴走は止まらない。否、止めることができないから暴走なのだ。

 彼女の身体はしっかりと抱きしめていたはずなのに、徐々に離れていく。肩を、腕を、手を。そして今は指を絡めるのがやっとだ。手だけは離さないようにと、ぎゅっと握り締めた。


「大丈夫。一緒に行こう」


 彼女は笑う。

 風が吹き荒れる。

 じわりと滲んだ汗で、手が滑る。

 そして。


「…………————————!!」


 声は、掻き消された。

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