出会いと別れと悪魔と天使

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

第1話

 ヤバイ。出会ってしまった……。

 私は今、後悔をしている。やっぱり、来るんじゃなかった……と。


 私はショッピングモールにいる。もっと言えば、アパレルショップにいる。そこで、出会ってしまった。好みの服と!


 ……ほしい。だけど……。


 マイルールだ。ざっくりと言えば、私には洋服のマイルールがある。

 そのマイルールは、数年前にハマった断捨離に由来する。


 断捨離とは、不要な物を持たないという生き方だ。人間、生きているとなぜか物を多く持つようになっていき、気づけば部屋に不要なものがあふれるようになる。


 私が断捨離と出会ったのは二十五歳のとき。

 調度、一人暮らしをして数年経ったころだった。何年かしか住んでいないのに、いつの間にか洋服は入りきらなくなり、本もあふれるようになっていた。


 断捨離とテレビで耳にしてから本を見て、目からウロコが落ちた。夢中になって読み、悩みながらカテゴリー毎に最小限しか持つのを止めた。


 それからは部屋がきれいになり、広くなり、これまで感じたことのない解放感があった。何ヶ月経っても部屋の状況は変わらず、私はそれからも必要以上に物を持つのを止めている。


 けれど……。


 久し振りに来てしまったショッピングモール。

 時間にゆとりがあるからと、用事が済んでも帰らずにフラフラとアパレルショップに入ってしまったのが運の尽き。

 今、持っている洋服はすべてテンションの上がるようなお気に入りの洋服たちしかない。それでいて着回しがよく、個を主張せず、会社に着て行っても差支えのない最高の洋服たち。

 でも、出会ってしまったのは、私が断捨離をする前に何十着かのうち何枚か持っていたような着回しが悪く、個を主張し、会社に着て行くにはちょっと遠慮したいようなプライベート専用服!


 ああ、どうしよう。

 折角、断捨離にも慣れて快適に毎日を過ごしていたのに。


 頭の中で悪魔と天使が囁く。


『い~じゃねぇか、一枚くらい。本当は何年も我慢してきたんだろ? 折角の一度切りの人生だ。目一杯楽しまなくてどうする? 現世ウツシヨに生きているなら、物に執着するのが当たり前だろうよ』


『ダメよ! この一枚を許したら、また今後も「この一枚くらい、いいじゃない」と断捨離生活が元の生活へと戻っていくわ。それでもいいの? 今の快適がなくなっても構わないと言うの?』


 ああああ……私が大事なのは、どっちだろう?


『アタシの言う方がアンタもいいだろ?』


『私の言う方があなたはいいわよね?』


 私は……決めた!

 ぐっと手を握り、伸ばしかけた手で両手を合わす。


「ごめんなさい、私、個人的な趣味で洋服は追わないことにしたの!」

 小声でブツブツと言った私を店員さんが見た気がしたけど、洋服に別れを告げた私はそそくさとアパレルショップを後にした。




「あ~! きもちいい!」

 帰宅してゴロリとソファーに寝転ぶ。

 数年前はここに鞄だの洋服だの本だのが散乱して、とてもこんな風に寝転べなかった。


 鞄は玄関入ってすぐに、洋服はクローゼットの箪笥に、本は棚に、収まるところにきちんと入っていて、あふれている物はない。たったこれだけのことで、心がおだやかで清々しい。


 そういえば……。


「部屋が乱れると心も乱れるって言ったっけ……あれ? 心が乱れると部屋も乱れるんだっけ?」


 ん~と考えたけど、どっちでもいい。

 私は、どちらもスッキリとしているのだから。

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出会いと別れと悪魔と天使 呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助) @mikiske-n

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