第28話 side テレサ

女神の朝は早い。

シャワーを浴び、ブロンドの背中まで伸びた髪をとかす。

コーヒーにパンと目玉焼き、サラダを添えた朝食を食べる。朝しっかりと食べないと体が持たないのだ。

白いワンピースに着替えて職場に向かう。


女神は多忙だ。いくつものダンジョンを管理しなければならない。

管理を怠ると小さな綻びからダンジョンは崩壊してしまう。


冒険者や転生者の認識だとダンジョンはステップアップする為の修行の場、宝や武器などを揃える場、魔物を倒し英雄になるための場などが一般的だが。ダンジョンとは本来危険因子を閉じ込めた牢獄なのだ。

この牢獄が崩壊すると危険因子が解き放たれ恐ろしい事になってしまう。

そうならないためのバランサーが神の役割だ。


冒険者にはその世界にあったダンジョンを与え導く。

魔物には餌(冒険者など)を与える。

ダンジョン内の魔物は殺されても一定時間を超えると充填されるが冒険者を殺しても経験値は与えられないなどの枠組を作った。

とにかくバランスが大切なのだ。


人間と魔物を対立させる流れを作るのだ。

神は絶対の支配者でなければならない。


しかし最近問題児が生まれた。

ディスペアダンジョンのアル・ディライトだ。

この人間。加護 底辺のゴミと言う一見弱そうな加護を与えられたのだがどういうわけかメキメキと頭角を現わし今やディスペアダンジョンの台風の目となっている。


ディスペアダンジョン。他のダンジョンとはレベルいや次元が異なる異界。創造主は言った。ここは攻略者を絶望へと導くダンジョンだと。

最初は意味が分からなかったが話を聞くうちに体の震えが止まらなくなる。

なぜならこのダンジョンに入れられている魔物は神話級の化け物揃い。上層の魔物ですら他のダンジョンのラスボスを瞬殺する力を秘めていると言う。


このダンジョンは御伽話しの絵本にもなっているが人気は無い。あまりにも怖すぎるのだ。

ワタシも子供の頃読んだ記憶があるがあまりに怖すぎて泣き出してしまった。内容はほぼホラーと言っていい。何人の子供があれでトラウマを植え付けられたのだろう。

このダンジョンの魔物が放たれた場合神域は崩壊すると言われて来た。


そんなダンジョンをひよっこのワタシが任された理由。

それは・・・平和なのだ。

いや平和と言う言い方はおかしいか。とにかく安定している為、神の介入を全くと言っていいほど必要としない稀有なダンジョンなのである。

そんな訳で暇をしていたワタシが管理する事になったのだ。


「美の女神のワタシがこんな気味の悪いダンジョンを任されるとはね。」

ブロンドの背中まで伸びた髪をクルクルと指に巻きながら書類に目を通す。

攻略履歴を見ても1層を突破した人間はいない。


「出来てどれくらいだっけ?もぐもぐ。ん?記録なし?分からないくらい昔からあったって事?凄いわね。それなのに1層すらクリア出来ないなんて・・・怖っ。もぐもぐ。」

ポテチを食べながらペラペラと紙を捲る。


どれだけの強力な加護を持った英雄、勇者、転生者、超越者が挑んでも絶対に攻略される事なく押し潰され沈む事しか許されぬ絶望の牢獄。

それがこのディスペアダンジョン。のはずだった。

少年アルが放り込まれるまでは・・・。

ワタシはこの少年を見て1週間と持たず魂を削られ消滅すると思われた。

オドオドしてグズグズ、ウジウジ。

チョコを食べながら観察する。


「あっまた泣きそう。泣くの?泣いちゃうの?涙目になってるよ?泣かないで。あっ泣きそ。ほら!はい、また泣いたあ!あははははは。泣き止んでからまだ30分も経ってないわよアルきゅん?あはははははは。」

正直馬鹿にしていた。


しかし消滅しないのだ。何度殺されても挑み続ける少年。

500年を超える研鑽と死闘を経て少年はついに魔物を討伐する。人間の感覚は分からないが寿命からいって人生を数回繰り返す時を

あのダンジョンで過ごした事になる。それだけでも充分異常だ。

慌てて上司に報告するも1Fの雑魚仕留めたくらいでいちいち報告するなと怒られる。


「あのハゲ!胸ばっかみてんじゃねえよ!」

部屋に帰ると叫び散らす。お菓子でも食べて落ち着こう。


あまりにも放置された期間が長すぎたせいでディスペアの危険性が薄くなっているのだ。ワタシだけでも注視しておかなければ。


数年が経過し(ディスペアとワタシたち神国の時間は異なる)想定外の事態が起こる。

あのアルと言う少年がスタート地点の温泉に浸かりながら魔物を操り1層のフロアボスを倒してしまったのだ!

あり得ない事が起きている。

慌てて上司に報告するも以前と同じ理由でなじられる。

「あのハゲ!説教しながらワタシの体舐め回すように、いやらしい目で見やがって!ハゲ!ハゲ!ストレスで太ったのもアイツのせいだ!」

叫び散らした後、紅茶と秘蔵のチョコを机の引き出しから取りだし休憩する。


ムカついたからアルの1層クリアを取り消してやったわ。

実際温泉浸かりながらクリアとか有り得ないから!

それ以降も伝説級の魔剣折ってみたり2層攻略中に8柱の一角を倒して従えたりやりたい放題やっている。


先日などトーナメントを開きたいとか言って来た。楽しそうなのが腹立たしい。

相手にするのに疲れて今は放置中だ。

まあ悪いやつじゃ無さそうだし大丈夫でしょ。


「他のダンジョンの様子を見なくちゃ。あの勇者たちもう6層クリアしたかしら。」

巨大な水晶に勇者パーティーが映る。戦闘中のようだ。

ポテチを食べつつ観戦する。

「あっそこで回復しなきゃ前線が!あっほらもう!だから言ったのに。もぐもぐ。」


ワタシは知らなかったのだ。この時すでにディスペアがとんでもない事になっているのを。

いや、薄々感じていたのかも知れない。でも見る事が出来なかったのだ。

幼い頃、御伽話の絵本のページを捲るのが怖かった時と同じ様に・・・。

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絶望の果て @kaoru1838

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