本当の幸せ


「ワンちゃんたち、ありがとう。

 ――もういいよ、お帰り。」


 そう私が言えば、三匹の魔王の犬は尻尾を振って、そして消えていった。


 脅威は去った……だけど、街の人々は騒ついている。


 魔王の犬を操る私を恐れ、皆、動けずにいた。


 広場にポツンと立つ私。


 ヘルガと素敵な旦那さんだけが、私に駆け寄ってくる。


「カレン、ありがとう、街を救ってくれて。」


 旦那さんは、そうお礼を言ってくれる。


 私は左手のブレスレットを外して、そんな旦那さんに差し出した。


「素敵な旦那さん、これ返します。

 もう魔王も倒したし、ワンちゃんたちを呼べると、みんな怖がっちゃう。」


 私が言えば、旦那さんは驚いた顔。


 それにヘルガが口を出す。


「カレン、そりゃあお前のもんだぜ。それに……」


 ヘルガが話す途中で、旦那さんは自分の口に人差し指を立てた。


 ヘルガは、それに従い喋るのを止める。


 旦那さんはブレスレットを受け取りながら、言った。


「そうだね、君にはもう必要ないね……」


 私とみんなを繋ぐブレスレット。


 私の腕には、もうついていない。


 これで、私は召喚士ではなくなった。――元の、靴職人見習いに戻るのだ。


 もう、私を助けてくれたみんなには、会えないだろう……そう思うと、少し淋しかった。



「カレン、早く帰ろうぜ。」


「ヘルガ、お前は帰らないのか?」


「だから、今帰ろうって言っただろ?」


「え?」


「え?」


「お前、ほんとに親父さん家にお世話になる気かよ!」


「当たり前じゃないか。

 アタイはいつでもアンタと一緒さ。」


 そう宣言するヘルガ。


 ヘルガは私についてくるらしい。


 呆れる私……そこへ、私の頭に一匹の小鳥が乗ってくる。


「ピー!」


 サヨナキドリのサヨちゃんだ。


「あ、サヨちゃん!

 サヨちゃんも、一緒に来るの?」


「ピー!」


「クソ鳥が、アタイは世話しないからな!」


「ピッ、ピ!」


 相性の悪い一人と一匹が揃う……ヘルガとサヨちゃんがまた喧嘩を始めたが、私は無視する。


 そんな私に、旦那さんが話しかける。


「カレン、帰ってしまうんだね……帰りの船は、私が手配しよう。夜の出発になるけど、大丈夫かい?」


「ありがとうございます。大丈夫です。お願いします!」


 ――こうして、私の帰宅は決まったのだ。




 ……そして、夜。


 私は、船に乗り込んだ。


 素敵な旦那さんが、素敵な奥さんを連れて見送ってくれた。


「カレンちゃん、またね。また、お店に寄らせてもらうわね。」


「カレン、元気で……」


 素敵な奥さんの、優しくて明るい声、旦那さんの淋しそうな声。


 二人の見送りは、後ろ髪を引かれる。


 でも、船は出発する。


 一番の心残り……それは、カエルと小鳥を頭に乗せた私に、誰もツッコミを入れなかったことだ。


 ――風の中、旦那さんの声が聞こえた。


「ありがとう、カレン、また会おう。

 私の愛しい子、アンデルセンよ……」




 数日後……


 私は家に帰らずに、親父さんの靴工房でお世話になっていた。


 親父さんも、女将さんも、私を自分の子供のように可愛がってくれる。


 ヘルガも、サヨちゃんも一緒だ!


 サヨちゃんはだいたい、私の頭に乗っている。


 ヘルガは外で、遊び呆けている。


(あいつ、働かせないとな。パンツ、履かせないとな。)


 そんなことを考えながら、靴屋の番をしていると、一人のお客様が入ってきた。


「お母さん……」


 ブロンズの長い髪が美しい女性、私のお母さんが店に入って来たのだ。


「カレン、久しぶりね。あんたが国の英雄になったおかげで、私、お城の舞踏会に招かれちゃった。

 ははっ、いい男捕まえるチャンスだよ。ちょっと、靴を見繕ってちょうだい。」


(お母さん、この前の人は?)


 そんな疑問が湧いたけど、私は返事する。


「う、うん。ダンス用の靴だね。」


 私は、綺麗なお母さんに似合う金色の靴を用意した。――そしてその靴を、椅子に腰掛けたお母さんに履かせる。


 靴を履かせる途中、私はチラチラとお母さんを見てしまった。


「何見てんの? さっさとなさい!」


「う、うん……ごめんなさい。」


(お母さん……私は、お母さんのこと……)


 私は目の前の女性のことばかり考え、手がおぼつかない。


 それでも、なんとか靴を履かせきった。


 ――履かせきった、その時だ。


 その靴が、赤く染まり輝きを放った!


「え?」


「なんだい、こりゃ!? 綺麗じゃないかい!」


 お母さんはそう言って、意気揚々と立ち上がる。


「お母さん、ごめん!

 ――その靴を、履いていっちゃダメ!」


「何、言ってるんだい? 私は、この靴を気に入ったよ。金は要らないね? 親から金取ろうなんて思っちゃいないわよね。」


 赤い靴は危険だ、私はお母さんを止めた。


 だけど、お母さんは聴かずに、店を出て行ってしまう。――私はお母さんを追って店を出た。


「待って、お母さん!」


 お母さんは、スキップするように走ってゆく……そのスピードは、とても早い。


 でも、お母さんはその異常さに気づかない!


 ――私は、お母さんに追いつけない!


「お母さん! お母さん!」


 遠ざかるお母さんに、私は必死に呼びかけた。


 その時、私に、天使の声が聞こえた。


「カレン、私が力を貸してあげる。」


 今いる、靴屋の前の通り……そこで、強盗と戦った時に助けてくれた、天使様の声。


 私は、その声に願う。


「お願い、力を貸して!」




 すると……


 私は、お母さんの背中を捕まえた。


「どうしたんだい、カレン?」


「お母さん、ごめんなさい。その赤い靴はね、危険なの。別の靴に履き替えて。

 ――お金なんて要らないから、お願い!」


「何かわからないけど、そう言うなら仕方ないね。」


「ありがとう、お母さん。」


 私は、お母さんとお店に戻る。


 お店に戻るとき、お母さんは手を繋いでくれた。


 暖かい手……お母さんは微笑んでくれる。


 私は勇気を持って、お母さんに言った。


「お母さん、今日、家に行ってもいいかな……」


「ダメに決まってるじゃない!」


「そ、そうだよね……」


「今夜は舞踏会なんだから。

 でも、明日以降なら構わないよ。いつでも帰っておいで、あんたと私の家なんだから。」


「うん!」


 私は、歩きながら泣いてしまう。


(涙って、こんなに出るものなのか……)


「どうしたんだい、カレン。およしよ、泣くのは。」


「お母さん、明日、お母さんの手料理が食べたい!」


「なんだいそりゃ? 泣いてお願いするようなことかい? ああ、でも、あんたが作りな。私より、あんたの方が料理が上手なんだから。」


「食べたい!」


「ちっ、仕方ないね。いいよ、じゃあ一緒に作ろう。私のだけじゃ、不味くて仕方ない。

 明日は一緒に料理して、一緒にごはん食べようね。カレン……」


 そう言ってお母さんは、泣いている私を抱きしめてくれたのだ。



 暖かい……




 ――私は一人、涙を流して通路に立っていた。


 もう、お母さんの姿は見えない。


 天使の声が聞こえた。


「ごめんなさい、カレン。」


 私は泣きながら返した。


「ぅうん、ぁりがとう。優しい幻を、見せてくれて……」


「ごめんなさい、私にはこんな力しかなくて。

 でもね、カレン。いいえ、アンデルセン。あなたは私に幸せな、優しい幻を見せてくれた。

 だから私はあなたに、本当の幸せを……」


「うん、ありがとう。」


 私は、天使様に感謝する。


 溢れる涙が止まらない……私は突っ立ったまま、泣き続けた。


 ――涙が止まらないのは、なぜだろう?


 優しいお母さんの幻を見れて、嬉しかったからだろうか?


 お母さんの優しさが幻だったことが、悲しかったからだろうか?



「あ〜、また賭け負けちまったよ。

 最近のアタイは、博打運が無いね〜。」


 ぶつくさと言いながら、外で遊び呆けていたヘルガが帰ってきた。


 ヘルガは私を見つけると、駆け寄って来て心配してくれる。


「どうしたんだよ、カレン。何、泣いてんだよ。」


 ヘルガは自分の白いドレスの裾をたくし上げ、私の涙を拭いてくれる。


「みゅぇでりゅ……」


「カレン、泣くな。嫌なことあったらアタイに言いな。なんでも言うこと聞いてやるよ。」


「ぁんちゃふぁけ。」


「どうしたカレン、何がして欲しい?」


「みゅえてるよぉ〜! まるみゅえだよ、ばかやりょ〜! パンツひゃけよ、ばかぁああああ!」


「ピー!」



 ――こうして、私の旅は幕を閉じる。


 私の魂を運んでくれたという仲間たち……私はみんなから、たくさんの心を受け取った。


 いろんな心を持った私は、もう呑気ではいられないのかもしれない。


 泣いてしまうこともあるだろう……だけど、全部抱えて生きてゆく。――全ては大切な宝物だ!

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おとぎ話パロディーズ 賽子ちい華 @Chiika_S

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