【KAC20227】結局のところ安物買いの銭失い

姫川翡翠

東藤と村瀬と雨

「あ、え? 嘘! 雨降ってる!?」

「そら降るやろ。夕方の降水確率80%超えてたし」

「おいこらこの嘘つきやろう! やっぱり雨降るんやんけ!」

「おいおい。誰から聞いてんそんなこと」

「だからお前や! このクソ東藤!」

「まあ待て村瀬」

「何がや」

「お前はいつ俺に聞いた?」

「どういうこと?」

「だから、村瀬が俺に『今日って雨降るん?』って聞いたタイミングや」

「えっと、3時間目の体育の時間やったかな。なんか曇り始めてたし」

「そうや。仮にそのタイミングでお前に『今日は雨降るで』って言ったところで、どうにかなったんか?」

「いやどうにもならんけど」

「ほらな。だから嘘は嘘でも、俺がついたのは優しい嘘ってやつやってん。わかるか?」

「いいや、納得できひん。確かに夕方に降る雨の対策はできひんかったかもしれへん。けど心の準備はできたはずや。『雨降らへんから大丈夫や』って思ってたら降られるのと、『雨降るんかぁ、降らんといてほしいな』って願いながら降られるのは全然違うやん!」

「……? そんなに違うか?」

「……わからん。あんまり変わらんかも」

「じゃあええやん」

「少なくともお前のは優しい嘘じゃないやろ。僕のこと騙して楽しんでたんちゃうか?」

「うん」

「〇ねクソが」

「まあまあ。折りたたみなら貸してやるから」

「え? ああ、ありがとう。東藤は傘どうするん?」

「置き傘してるから。ほらこれ」

「ビニール傘やん」

「ええやろ」

「ええけど、僕はあんまり好きじゃない」

「なんで?」

「ビニール傘ってすぐパクられるし、安いから油断してしょっちゅう無くすんよな。だからさぁ、僕ちょっと覚悟決めて、最近3000円くらいするちょっといい傘買ったんよ」

「……。それで結局家に忘れてくるっていうな。やっぱりアホやなぁ」

「やかましいわ」

「ビニール傘で思い出したんやけど、『晴れの日に傘をさす男』って噂話知ってる?」

「知らんけど」

「俺が小学生の頃に流行ってた話なんやけど、噂話やと思ってたら実在したらしい。最近駅の方で目撃されてんて。しかもここ一週間毎日居たらしいから、晴れたら見に行こ」

「まあ見に行くのは別にいいけどさ、ただの日傘じゃないん?」

「それがビニール傘らしい」

「ああそう。そりゃ日傘ではないな」

「なんでなんかね?」

「聞いてみたらいいんちゃう?」

「聞いたら『なんでだと思う?』って聞き返されるらしいで」

「へぇ。興味ないわ」

「それにしても雨強いな」

「そやな」

「……そういえばあの日もこんな風に雨が降っていたな。ああ、また思い出してしまった。雨の日にはいつも思い出す。子どもだった俺を大人にしてくれた、あの出来事を」

「ポエムきっしょ」

「中学2年のある雨の日、俺は大人になった」

「え、続けるん? せめて口調は戻してくれへん。共感性羞恥で死ねるから」

「中学の頃、俺はジャンプが大好きだった。だから毎週月曜日、俺はホームルームが終わり次第誰よりも早く学校を飛び出し、コンビニへ走った。ポテチとコーラとジャンプを買って帰り、放課後ソロパーティを開催するのが毎週の楽しみだった」

「ああああああもう! やめてくれぇ! 恥ずかしい!」

「俺はその楽しみに気を取られて、全く気づいていなかった。俺に無視されて傷ついたのか、学校を出た時点ですでに空はぐずりだしていていたんだ。それなのに俺がわき目も降らずコンビニに入ったから、途端には泣き出したんだ」

「ぐぉおおおお! 死ぬ! 話をやめろ!」

「『おいおい。勘弁してくれよベイベー。俺の愛しのジャンプが濡れてしまうじゃあないか』。俺はそう呟き、コンビニの扉の外で立ち尽くした」

「こひゅー、こひゅー。コロ、コロシテ。ダレカ……」

「そんな俺に話しかけてきたんだ。そう、彼女が」

「…………」

「村瀬?」

「……はっ? あ、ごめん死んでた。助かった。よかった、東藤の意識が帰ってきてくれて」

「『大丈夫ですか? 傘がないのですか?』。ボロボロの服を着た少女がそう尋ねてきた。晒されている肌の至る所に傷や痣が見える。『いや! あなたこそ、どうしてそんな!?』。俺はそういって制服のブレザーを彼女に掛けてあげた」

「掛け合い!? 痛すぎるだろ! うがぁっ!」

「『彼が……』。少女はその先を続けなかった。『そいつはどこに?』。僕が尋ねると、コンビニの中を指さした。どうやら男は冷たい雨の降るコンビニの外にボロボロの彼女を放ってコンビニで呑気に買い物をしているらしかった。その時、俺は人生で一番の怒りを覚えた。気が付いたら彼女の手を取り、雨の中を駆け出していた」

「ジャンプどうしたん? 絶対濡れたやろ。読めへんなるで」

「彼女は何度も振り返っていたけれど、抵抗しなかった。家に着くと彼女は苦しそうに微笑んでいた」

「無視かよ」

「それからどうしたって? 俺はその日、大人になった。それで十分じゃないか? これ以上は野暮ってものだろう。その日は興奮しっぱなしで深夜になっても寝付けなかった。『眠れないの?』。どうやら起こしてしまったらしい。眠い目をこすりながら彼女が聞くから、素直に俺はうなずいた——俺は嘘が好きじゃない。『喉、乾いたね』。彼女が言うから、こっそりと家を抜け出した。雨はやんでいたけれど、今にも降り出しそうだった。『雨降るかな』。『降らないといいけれど』。二人で寄り添いながら、コンビニへの道を歩いた」

「お前小説家にでもなるんか?」

「ならんけど」

「急に素になるな」

「コンビニに着くと、彼女は急に手を離した。『どうした?』。俺が聞くと、『私はここで待っているから』。前の男と同じことを俺にもするように、彼女はいう。嫌な予感がした。『ダメだ。こんなところ、寒いじゃないか』。俺が言っても彼女は静かに首を横に振るだけ。『だったらいいよ。帰ろう』。俺が言うと『お茶、お願いするね。あったかいやつがいいな』。そういって俺の裾口を掴み、上目遣いを向ける。俺は苛立ちを鎮めるため大きなため息を吐いてから、彼女の額に口づけをした。『すぐに戻るから。待ってて』。そういってコンビニに駆け込んだ」

「……ん?」

「迷惑なんて気にしない。俺は急いで商品棚からあったかいお茶と缶コーヒーを手に取った。レジを終えて店を出るまであと20秒——のはずだった。俺の前には3人のおっさんが並んでいた。深夜のコンビニはワンオペだったらしく、1人の店員が慌ただしくレジをさばいている。1人が終わった。後2人。次の客がタバコがどうとかでもめている。やっと終わった。あと1人。ゆったりとレジ横のホットスナックの棚を眺めて迷っている。あれだけ時間があったのに、どうして今更悩んでいるんだ! 俺の貧乏ゆすりはコンビニの床に穴を開けんばかりに激しくなっていた」

「おい、」

「やっと俺の番が回ってきた。『釣りはいらない!』。俺は500円玉を投げつけるようにおいてコンビニを飛び出した」

「おい東藤」

「外では雨が降り出していた。まるであの時の焼き直しだった。違うのは空の色と、俺以外誰もいないこと。『お客さん困ります!』。店員が追いかけてきた。『これ、お釣り238円です』。店員は呆然としている俺にお釣りを無理やり握らせたが、俺は握れずにぶちまけた。店員は呆れたようだったが責務は果たしたと言わんばかりにそれを無視した。『早く帰ってください。不審なことを続けるならば通報しますよ』。そう吐き捨てて、店内に戻っていった」

「おーい?」

「それが俺の雨の思い出。彼女と俺の物語。彼女は元気にしているだろうか」

「『元気にしているだろうか』ちゃうわ」

「どう?」

「どうってお前それ、傘パクってパクられた話やないか」

「……あ、バレた? てへぺろ」

「よしお前そこ座れ。説教や」

「いやいや、待って待って。中学の頃の話やし時効やって! しかもここ大雨の中の路上やぞ」

「僕はそういうのホンマに許せへんねん。……てかもしかしてそのビニール傘もパクったんちゃうやろな?」

「……」

「東藤?」

「……ごめん!」

「喝!」

「マジですんませんでしたぁ!」

「おら! ええから返しに戻るぞ!」

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