後日談:有り得たもしもを写真で切り取るように
「あらぁ! 似合うじゃない、皆~!」
「……はぁ」
キャッキャッとした相良さんの声を聞きながら、私は何とも言えない顔をして自分の姿を映した鏡を見た。
その鏡に映っている私は学生服を身に纏っている。軽くスカートの裾を持ち上げてみたりするけれど、なんとなく違和感があるような気がする。
「わざわざ私たちの学生服姿を写真に撮りたいからって、スタジオを貸し切るだなんて……」
「だって仕方ないじゃない! 瑪衣ちゃんたちを学校に通えなくしたのは私たちなんだもの! 卒業写真だってなくなっちゃうのよ! それならその分だけ写真を撮ってあげるのが親代わりの使命だと思うのよ!」
「だからって……これってただのコスプレじゃないですか」
「こういうのは気分が大事なのよ、気分が!」
胸を張りながらドヤ顔で言う相良さんに軽くイラっとしながらも、まぁ言わんとすることはわからなくもない。
相良さんから視線を逸らすと、そこには同じ制服を纏った真珠さん、文恵ちゃん、瑪衣さんがいる。
相変わらずぼんやりしている真珠さん、そんな真珠さんと腕を絡めながら満足げな文恵ちゃん、そして我関せずな澄ました表情の瑪衣さん。
彼女たちが学校に通えなくなったのは、私たちがネクローシスに彼女たちを引き込んでしまったためだ。
そのため、学校などにも通えなくなってしまった彼女たちだけれど、その補填をしたいというのはわからなくもないけれど……。
「それで何で私まで巻き込まれてるんですかね?」
「流石に私が学生服を着たらアウトだけど、理々夢ちゃんならセーフでしょう?」
「そう言う相良さんも珍しくスーツ姿ですけど?」
「出来る女教師スタイルよ!」
「情操教育に悪そうな教師ですね……」
「どこが!?」
そのぴっちぴちにスーツを痛めつけている胸とか、その辺りがですかね。
そんなことを思いながら半目で相良さんを見ていると、最後の一人が教室を摸したスタジオの中へと入ってきた。
「……」
「……うわ」
それはもの凄い不機嫌そうな顔をしている御嘉だった。思わず視線を逸らしそうになってしまったのは仕方ない。
御嘉も着ている制服は真珠さんたち三人娘と同じ制服なのだけれど、その姿はどんなに頑張っても……。
「同じ制服なのに、もの凄く中学生感がするわね……」
あっ、相良さんが私が黙って飲み込んでいた禁句を口にした。
次の瞬間、御嘉の姿がブレたかと思えば相良さんの懐へと素早く移動していた。
そしてスーツの上から豊満なその胸を掴み、思いっきり捻り上げた。
「いたたたたっ!? ス、スーツが伸びちゃう! あとちょっと無理して着てるサイズだから痛い! 痛いわよ、御嘉ちゃん!!」
「滅び去れ、この牛乳め……」
「めちゃくちゃ怖ッ!? わ、わかったわ! 私が悪かったわ! きゃーっ、流石御嘉ちゃん、ちょっと大人になったから制服が似合わないーッ!」
「それはそれでムカつくんで〆ます」
「アァアアアッ!? ちぎ、千切れる!? こ、これはDV現場よ!! 流石にそういった特殊なプレイを撮影するつもりはーッ! イタタタタッ!? ちょ、理々夢ちゃん助けてッ!」
「あー、あー、あー、風の音で何も聞こえませんねー」
「ここ、無風よ!?」
わかっていて御嘉に禁句を言うお馬鹿さんが悪いので、助け船は出さない。
それから暫く相良さんの悲鳴がスタジオの中に響き渡るのだった。
* * *
「はぁ……」
「お疲れ様です、御嘉」
「ん……」
自動販売機から買ってきたジュース、それを窓際で頬杖を突きながら溜め息を吐いていた御嘉に差し出す。
散々相良さんをお仕置きした後、泣きながら謝った相良さんに付き合って写真を何枚か撮り終わったところだ。
今、相良さんは御嘉にお仕置きをされたことを忘れたように三人娘たちの写真を撮っている。
無表情の真珠さん、ニコニコ笑っている文恵ちゃん、外行きの笑顔を浮かべた瑪衣さん。
何とも今の彼女たちの雰囲気が現れている図だと思う。それでも三人並んでいる姿を見ていると、なんとなく込み上げてくる思いがある。
「……もし」
「ん?」
「もし、魔法少女になんてなっていなかったら。あの子たちは今でも学校で仲良く過ごせていたんでしょうかね」
「……さぁ、それは来なかった未来だから。私にはわからないなぁ」
私の呟きに御嘉はジュースに口をつけながら、ぽつりと呟くように返した。
「確かに突飛な話だとは思ったけれど、それでもこうして学校みたいなスタジオを用意してまで写真を残そうと思ったのは良いことなんじゃないかな。どうあっても、私たちには望めなかった普通って奴だから」
「……普通、ですか。そうですよね、御嘉たちにとっては学校に通うのが普通ですものね」
「理々夢?」
「私たちにとって、学校というのはごく一部の富裕層のためのものでしたから」
だからなのだろう。私がこうして制服を着ている姿に違和感を覚えてしまうのは。
学校というのは、私や相良さんにとって……普通とは懸け離れた特別なものだから。
「子供であれば誰でも通う権利がある学校。それは、何とも素晴らしいことだと思ってしまうんですよ」
「……学校もいいことばかりじゃないけれどね。イジメだとか、そういった問題は無くならないし」
「でも、ないよりはずっと良いですよ。選択肢がないよりは」
「……理々夢はさ、もし通えたら学校に通ってみたかった?」
ジュースを飲み終えた御嘉が、飲み乾した容器を置きながら問いかけてきた。
その問いかけに私は少し考えるように黙ってから、少しだけ苦笑を浮かべてしまう。
「……わかりません」
「わからない?」
「学生になるということが、私にとっては本当にわからないことですから」
あくまでゲームや漫画でその風景に触れたことはあるけれど、実際にどんな空気で、何をするのかはわからない。
自分がそれを体験してみたいのか、と聞かれると……よくわからない。ただ、遠目で尊いものだと思って見つめていただけだから。
そう思っていると、御嘉が私の手に自分の手を重ねてきた。御嘉と視線を合わせると、御嘉はとても穏やかな笑みを浮かべていた。
「なら、こう呼んであげようか? 理々夢先輩」
「……はい?」
「悔しいけれど、見た目的には理々夢の方が年上だし。だから、それっぽくするなら理々夢先輩でしょ?」
「……はぁ」
「別に学生だからって、何かが特別な気がしないよ。それだけ私たちにとっては日常の延長線にあったものだから。友達がいて、自分が何になりたいか知るために勉強をして、大人になる準備をしていくんだ。その中で友達を作ったり……恋をしたりね」
恋、と口にした時。御嘉は楽しげに笑って、私を見つめながら言った。
「――だから、私と恋をしませんか? 理々夢先輩。……なんてね?」
ふと、入り込んだ風が御嘉の髪を揺らした。
温かな日差しが差し込む教室、何気ない日々の延長。そこで何かが変わるかもしれないという期待。
その空気に飲まれるようにして、私は御嘉から視線を外すことが出来なくて。
「……いいですね。恋、しましょうか」
「え?」
「もっと、恋をしても良いんですよね? 御嘉」
御嘉の頬を撫でるように触れて、そのまま御嘉を逃げないように捕まえて口付けを交わす。
いつもと違う場所、いつもと違う装い、ちょっとした特別な場面で、それでもいつもの続きのように。
私は、貴方に恋い焦がれていると自覚する。恋しいという思いがそうさせるまま、私は御嘉に何度も啄むようなキスをする。
「ん……っ、や、理々夢……ちょっと!」
「はい?」
「あそこ、出歯亀がいる!」
御嘉が恥ずかしそうに抵抗してきたかと思えば、そこにはバズーカみたいなカメラを構えた相良さんと、興味津々と言わんばかりに視線を向けてくる文恵ちゃん。
何故か親指を上げている澄まし顔の瑪衣さん、そしてぼんやりしていてこちらを見ているのかどうかも曖昧な真珠さん。
それを確認した後、私は一つ頷いてから御嘉を窓際に押し付けるようにして身を寄せ合った。
「こ、こら! なんで密着するの!? あっ、だめ、やっ、んんーーっ!?」
顔を真っ赤にしてあたふたする御嘉の唇を塞ぎなら、私は流し目で相良さんへと視線を向けた。相良さんは察してくれたのか、親指を上げてニヤリと笑っていた。
そして私は目を閉じて御嘉に触れる感覚に没頭する。今、この瞬間がどんな絵になっているのか想像をしながら。
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