22:悪の幹部たちによる第一回悪堕ち討論会

「ただいまー」

「おかえりなさーい、って、なんで二人とも変身してるの?」

「色々と収穫がありまして」

「収穫?」


 今日は家にいた相良さんが帰宅した私たちを見て目を丸くした。

 文恵さんを人に知られずに連れてくるなら変身した方がいいと判断して、こうして変身したまま家に戻ってきたのだった。

 そしてエルシャインの背中に背負われている文恵さんを見ると、相良さんがあら、と声を零した。


「あら、灰本さんの家の文恵ふみえちゃんじゃない」

「知り合いですか?」

「文恵ちゃんのお母さんとね。文恵ちゃんにも何度か顔を合わせたこともあるけれど」

「うわ……お互いに正体がわからないとこういうニアミスってあるんだね……」

「えっ、文恵ちゃんが魔法少女だったの?」

「はい。のこのこと迂闊にやってきたので捕獲してきました」

「あらあら、それなら灰本さんには私から一報入れて誤魔化しておきましょうか? 私の家の子と意気投合しちゃったみたいだから、一日預からせて頂けませんか? って」

「相良さんが……そんな社交術を……!?」

「私を何だと思ってるの……?」

「「ダメな大人」」

「ここぞという時に活躍してるじゃない~!」


 わざとらしい泣き真似をしている相良さんは無視して、私たちは空間を重ねて隠されている秘密部屋へと移動した。

 秘密部屋の中にある椅子に意識を失ったままの文恵さんを座らせて、念のために拘束をしておく。

 すると、まだ私たちに付いて来ていたのかネクロシードの獣が文恵さんの太股の上に乗り、ぺちぺちと彼女を叩いている。


「こら、イタズラしたらダメだよ」


 エルシャインがネクロシードの獣を抱き上げて文恵さんから離す。すると大人しくエルシャインの腕の中に収まり、もぞもぞと身動ぎをしている。


「へぇ、ここまで育っても宿主がいないネクロシードってこんな風になるのね」

「私も驚きました。どんどん動物っぽくなってるというか、進化でもしてるんでしょうか?」

「学習かもしれないわねぇ。絶望を吸わせて欲望に転じさせるから、そこが何らかの作用を起こして本能の他に自我も芽生えたのかもしれないわ」

「他にもサンプルがあれば研究出来そうですが……」

「二人ともー? ネクロシードよりも先に文恵ちゃんをどうするか決めた方が良いと思うんだけど」


 エルシャインが少し呆れたような口調でそう言った。それは確かにその通りだ。


「合いそうな魂があれば堕とすんですけどね……ありますかね」

「確かめてみましょう」


 そして、私たちは文恵さんに適合しそうな魂があるのかどうかを確認し始めたのですが……。


「ない、とは」

「まぁ、相性はあるものねぇ……」

「うーん……」


 まだ意識を失ったまま、ぐったりしている文恵さんを囲みながら三人で顔を見合わせてしまう。

 合う魂がないのであればこちら側には堕とせない。となると、催眠や暗示をかけて帰すしか選択肢がないのだけれど……。


「どうにも一緒に行動していた魔法少女たちと揉めたらしいのですよね」

「うーん、その状況で戻すのは不安ね。もし怪しまれて暗示を解かれた場合、二人の正体を思い出しても厄介だし……」

「今となっては変身前に接触されたのは痛かったですね……」

「でも、ずっとここに閉じこめておく訳にもいかないよね?」

「見つかることはないと思いますが、彼女の両親が心配しますし、学校もありますよね?」

「騒ぎを起こして勘づかれるのも面倒よねぇ」


 どうしたものか、と私たちは顔を見合わせながら唸ってしまう。

 ふと、私たちが唸っている間に再びネクロシードの獣が文恵さんに近づき、その頭に乗りながらぺちぺちと頭を叩いている。この子は先ほどから何をやっているのだろう。


「こーら、イタズラはダメだって言ったでしょ?」


 エルシャインも気付いてネクロシードの獣を引き離そうとするけれど、髪を掴んで拒否ろうとしたので止めざるを得なかった。

 そのまま頭の上に乗っかったまま、まるで自分の居場所はここだと主張するようになった。どうして表情もないのに満足げだとわかるのか。


「……ねぇ、クリスタルナちゃん。この子、使えないかしら?」

「えっ?」


 ぽつりと相良さんが呟く。彼女は真面目な表情で文恵さんの頭に乗ったままのネクロシードの獣を見つめていた。


「相良さん、魔法少女にはネクロシードは使えなかったじゃないですか?」

「えぇ、ネクローシスの魂のように強い魂じゃないと魔法少女の魂に負けてしまうものね。正確には魔法少女になるための女神が入れた魂に、でしょうけど。だから魂なきネクロシードでは魔法少女の絶望に根付くことが出来なかった」

「そうでしょう? 確かにここまで成長したネクロシードは珍しいですけど……」

「でもね? もし、この子の意識がもっと絶望していたらどうかしら?」


 薄らと笑みを浮かべながら相良さんは言った。その手は文恵さんの頬に伸び、その唇をなぞるように触れる。


「この子が魔法少女になったからには、何か魔法少女になるだけの強い願いや思いがあった筈よ。でなければ女神が渡した魂が呼応しないでしょ?」

「それは……確かに、そうですけど」

「たとえばだけど、この子の意識が魔法少女になったことを忘れて、その上で絶望させることができていれば条件は普通の人間に近づかないかしら?」

「……!」


 私は思わずハッとして顔を上げた。

 そうか、魔法少女になるためには女神が渡した魂と呼応する強い思いがないと成り立たない。

 それを魂の認識から書き換えて、魔法少女の力の源である魂との繋がりを薄める。その上で植え付けた絶望を元にネクロシードを寄生させる。


「……いけそうな気がしますね」

「まぁ、問題は魔法少女でなくなった彼女がそこまで強い絶望を抱いているかどうかなのだけど……」

「意識から魔法少女であったことだけでも切り離せれば、彼女は変身が不可能になるかもしれません」

「あー、封印って感じかな?」

「そうですね、封印が近いかもしれません」


 私たちの魔法は魂から生み出される意志によって世界を霊的世界から干渉して改変する。

 その魂の認識そのものを遮断してしまえば、文恵さんの魔法少女の力を封じることが出来るかもしれない。ネクロシードの植え付けまでは出来なくても、今後の魔法少女対策の一つにもなるかもしれないし、実験をする価値はある。


「またクリスタルナちゃん頼みになっちゃうけど……」

「構いません。幻を操るのは得意ですから適材適所です。それに、今は心強いパートナーがいますから」


 私はエルシャインに視線を向けて微笑む。するとエルシャインの頬が朱色に染まって、視線を逸らしながら髪先を指でくるくる弄り始めた。

 そんな様子に相良さんがニヤニヤしていると、エルシャインの肘鉄が綺麗に決まって無言で崩れ落ちた。私は見なかったことにした。


「それでは、まず暗示をかけて文恵さんのことを色々と聞いてみましょうか」


 私は軽く文恵さんの頬を叩いたり、肩を揺らしたりして意識が戻るように促す。

 何度かそれを繰り返すと、文恵さんの目がゆっくりと開いた。


「……ぅ、ここ、は……?」

「おはようございます、文恵さん」

「ッ!? クリスタルナ!?」


 私に気付いて咄嗟に仰け反ろうとした文恵さんだけれど、椅子に座らされて固定させられているので当然後ろには下がれない。

 自分が拘束されているという状況に気付いた文恵さんはサッと青ざめて、かちかちと歯を鳴らした。


「あっ、あぁ……っ! や、やめて、私に何をするつもりですか!?」

「痛いことはしないですよ」

「やめて! やだ、いやだぁ! た、助けて、助けて! 真珠! 真珠、助けてぇ!!」


 誰かの名前を叫びながら身を揺すって拘束を解こうとしている文恵さん。

 私は顎を掴んで無理矢理抑え付け、視線を合わせる。文恵さんの目に涙が溜まり、その顔が恐怖に引き攣っていく。



「――私の目を見なさい、灰本 文恵」



 

 

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