21:交渉する前にするべきことは下準備
「へぇ、
「……あの」
「私はパフェにしようかな。あと皆で摘まめるものがあるといいかな? ポテト頼んで良い?」
「あ、あの……」
「御嘉。ソースはケチャップとマヨネーズ、両方頼んでおいてください」
「わかったよー。あ、そうだ。文恵ちゃん、ご両親には電話した? 夕食をここで食べていくなら連絡しておかないと心配されるよ? それともあっさりにしておく?」
「…………ドリンクだけで良いです」
今、私たちはファミレスの席に座って向かい合っていた。
時間は夕食時よりは少し前。人の入りはまだ混み合った時間ではないようでまばらだ。
そんな中で手早く店員に注文をしている御嘉と、その様子を釈然としない様子で見ているエルユラナス――もとい、文恵と名乗った少女。
「さて、注文も終わったし、こっちも自己紹介しようか。私は鈴星 御嘉」
「こちらでは初めましてになりますね、言神 理々夢です」
「……文恵です」
「うん、じゃあ挨拶も終わったし……何から話そうか?」
「私は交渉に来たと言いましたが?」
警戒、緊張、困惑。そんな感情が入り交じった表情だ。それでも表情を厳しく見せようとしているのか、眼鏡の奥の瞳は釣り上がっているのがわかる。
「交渉ねぇ……」
「では、交渉と言うからには貴方からの要求を教えてください」
「……私はミトラとは距離を置きたいです。裏切ることも考えています」
「成る程。まぁ、あれを聞いちゃったらそういう考えが浮かぶのもわかるけどね」
「ミトラから離反する……それはつまり、貴方は魔法少女を辞めたいのですか?」
御嘉が同意するように呟く横で、私は文恵さんへ問いを重ねる。
私の問いに文恵さんの緊張が更に高まったようで、表情の強張りが隠せていない。
「御嘉さんは、力を持ったままネクローシスに入ったんですよね? なら、私にもそれは可能ですか?」
「魔法少女を辞めるつもりはない、と?」
「……はい。この力は手放せないんです」
「それはどうしてですか?」
「……友達を説得出来なかったんです。その子も魔法少女で、ミトラの話をしても魔法少女を辞める決心がついてなくて……でも、このままミトラの言うことに従って魔法少女をやっていても危険な気がして、だから引き離したいんです。だけど私だけじゃ力が足りなくて……」
「それで、ネクローシスの力を借りたいと?」
「貴方たちだって魔法少女の力が削がれるのは望んだことではありませんか?」
「……成る程」
私は机に手を置いて、指で机をトントンと叩く。
そうしている間に注文の品が届き、御嘉は私に交渉を任せるつもりなのかパフェを突き始めた。
私はポテトをつまみ、ソースをつけながら口に運ぶ。私たちが黙ったことで文恵さんも口を閉ざし、ジュースに口をつけている。
「交渉に当たって貴方が提供出来るのは、貴方自身という戦力。それから魔法少女の情報といったところでしょうか? そして、貴方の目的はご友人をミトラから引き離すこと。そう考えてもよろしいでしょうか?」
「……はい」
「ご友人をミトラから引き離せた後はどうするつもりですか?」
「……理々夢さんは、女神の支配から逃れて永遠を終えたいんですよね?」
「そうですね」
「それがネクローシスの願いだと言うなら、ネクローシスの皆さんがいなくなったら女神が地球に干渉することはなくなりますよね?」
「目的は私たちでしょうからね」
「だったらネクローシスの願いを叶えるために協力します。ですから……」
「成る程」
私は背もたれに背を預けて、お腹の上あたりに手を組み合わせながら置くように姿勢を変えた。
「話になりませんね」
「え……?」
私が淡々と告げると、文恵さんは意表を突かれたように目を見開いた。
すると横から甲高い金属音が聞こえてきた。それは御嘉がパフェを食べ終えてスプーンを置いた音だ。
「ご馳走様。私もポテト頂戴」
「お好きにどうぞ」
「ま、待ってください! どうして話にならないって……!」
「貴方は、ご自分の価値がどれほどあると思っていますか?」
「私は御嘉さんには劣りますけれど、魔法少女の中では強い方で――!」
「――貴方程度の戦力なんて、手に入れようと思えばいつでも手に入れられます」
文恵さんの言葉を遮るように、私は感情を一切込めない声で言い切る。
身を乗り出しかけた文恵さんは目を見開かせて固まってしまった。
「貴方から得られる情報も、そんなに苦労せずに得られる自信があります。そして、その情報は別に最優先事項ではないので後回しでもいいのです。貴方から齎される利益など、私たちにとっては雀の涙も同然。それでも貴方は囀るだけの小鳥を飼えと言いますか?」
「つかえ、ない……」
「貴方たち三人の中で引き込んでおきたいと言えば、それこそエルクロノスぐらいです。彼女の固有の魔法には少し興味があるので」
「ッ、それなら! 私が彼女を捕らえるのに力を貸すから、どうか――!」
「――へぇ、友達をあっさり売るんだね?」
御嘉が鼻で笑ってそう言った。その瞬間、文恵さんの表情が激情に染まる。
けれど彼女が感情に任せて立ち上がることはなかった。文恵さんが立ち上がるよりも先に御嘉が彼女の足を踏みつけていたからだ。
「いっ、つ……!?」
「ごめんね、足癖が悪くて?」
痛みに顔を歪める文恵さんに対して、踏みつける足に更に力を込めながら可憐な少女のように笑う御嘉。
私は一息を吐いてから、改めて文恵さんへと視線を向ける。
「交渉と言いましたが、それは貴方が交渉したいだけで、私たちには貴方の話を聞く理由はないんですよね」
「……ッ、それは……!」
「貴方は私たちを舐めすぎたんですよ。力あれば利用価値を見出してくれると思いましたか? それこそが私の信用を損ねていることにも気付いていない時点で落第です」
「……なんで!」
「貴方が私たちと交渉したいなら、魔法少女を辞めたいから保護してくださいって言わないとダメだったんですよ。でも、貴方は自分に力があるから利用価値があるって思わせたかった。――貴方、その力に溺れてますよね?」
私の指摘に文恵さんの表情が一気に引き攣った。
けれど、それは怒りというよりは……怯えに近いように見えた。
「ち、ちが……」
「貴方はただその力を手放したくなかったんでしょう? でもミトラは信用出来なくなった。だから不安はあるけれど、私たちの側に付こうとした」
「違う……」
「本当に騙されてると思ってたなら、その力だって危険なものだと思えなかったんですか? その力がなければ何も出来なくなると? そう思ってるから、貴方は無意識に力を捨てるという選択肢を捨てたのではないですか?」
「違う……!」
「お友達は助けたい。――でも、自分の特別は捨てたくない。そうでしょう?」
遂に声を無くして、文恵さんは唇を震わせている。御嘉に足を踏みつけられたままだから立ちあがることも出来ておらず、ただ私を睨み付けている。
私はゆっくりと息を吐いてから、軽く指を鳴らしてから言い放つ。
「貴方は交渉の仕方を間違えた。ごっこ遊びはここまでですよ?」
「違う……違う……違う……! 私は――!」
遂には騒ぎ出しそうな文恵さん、しかし横から彼女の顔に何かがへばり付くように飛び込んできた。
それはネクロシードの獣だ。私たちには知覚出来る存在だけれど、一般人にはその姿が見えることはない。
「むーっ!? むぅーっ!?」
がっちり顔面にへばりつかれた文恵さんはネクロシードの獣を引き剥がそうとするも、変身もしていない彼女にそれだけの力はない。
そのまま文恵さんの呼吸を阻害するネクロシードの獣。やがて文恵さんは抵抗の力する力もなくして、そのまま意識を失った。
「へぇー、ネクロシードが何か起こしてもこんな風になるんだ?」
「えぇ。周囲の認識とは〝ズレ〟てますからね。私たちを認識しようとするとモヤがかかるような、そんな状態になります。だからここで誰かが喋っていた、という記憶も曖昧になるでしょうね。魔法少女が見てれば誤魔化せないですし、痕跡にも気付くでしょうけれど」
「改めて現場を見ると怖いなぁ……さて、それじゃあ連れて帰ろうか」
薄らと笑みを浮かべたまま、御嘉はそう言った。
それに私も笑みを浮かべたまま頷き、認識が曖昧なままの店員に支払いを済ませてその場を後にするのだった。
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