16:彼女が最強である理由

 魔法少女が扱う魔法というのは霊的世界の情報を書き換えることで、現実世界の事象をも変化させることで実現するものだ。

 純粋な身体能力の向上や、武器や肉体に光を纏うようにして強化する、或いは光弾として放って対象にぶつけるなど、これが基本的な魔法の使い方になる。

 それは力の源こそ違えど、女神がいる世界から来たネクローシスも同じだ。


 霊的世界の情報を書き換えるのには強い意志、つまり魂の力が求められる。

 だからこそ魔法はそれぞれの個性に準じていることが多い。私であれば幻覚や幻惑の魔法が得意であったりするように。

 そんな魔法少女たちの中で、エルシャインが最強と呼ばれ続けた理由は実に単純なことだった。


「エルシャインって……嘘よ、ハッタリに決まっているわ! そんな嘘になんか騙されないんだから!」

「ま、待って! エルアトリア!」

「この、ネクローシスの偽者がぁ! 燃えちゃえェッ!!」


 エルシャインと相対していた二人の魔法少女、その片割れで血気盛んなオレンジ色の髪の子が杖から炎の刃を燃え盛らせながらエルシャインへと飛びかかった。


「……すぅ――」


 エルシャインが最強と呼ばれている理由。

 ――それは全ての基礎能力が最高水準であるというだけだ。


「――ハァッ!!」


 深く息を吸って、吐き出すのと同時に振り抜いた杖の一閃。

 それは迫った炎の刃を横から殴りつけて、炎と杖の先端を抉り取るように吹き飛ばした。

 力を込めて殴った。ただそれだけ。でも、それがエルシャインにとって最適解となる。


「……ぁ、え?」

「――再構築が遅いよ」


 何が起きたのかわからない、といったように目を見開かせたオレンジ色の魔法少女。

 それをエルシャインは無慈悲なほどに冷酷な表情で見下ろした後、杖を振り上げて無造作に振り下ろした。


 衝撃音が響き渡る程の勢いで、オレンジ色の魔法少女が地面に沈んだ。

 エルシャインはただ振り下ろして、杖を叩き付けただけ。けれど、その一撃は目に留まらぬ程の速さだった。

 その一撃に受け身を取ることも出来ずに受けたオレンジ色の魔法少女は目を見開いたまま、地面に倒れ伏して痙攣をした。


「……ぇ、ぁ? ぁ、うそ、エルアトリア!」


 あまりにも一瞬すぎて、その光景を受け止められなかった薄緑色の髪の魔法少女が一歩、前に踏み出そうとする。

 そこに滑り込むようにエルシャインが眼前に移動していた。


「――貴方はこれで許してあげる」

「ぁっ……」

「ばーん」


 軽い調子で呟かれた言葉。それと同時にエルシャインが薄緑色の髪の魔法少女に繰り出したのは――ただのデコピンだった。

 けれど、そのデコピンを受けた魔法少女の頭が勢い良く後ろに押され、そのまま頭から地面に叩き付けられて倒れた。

 びくり、と一度大きな痙攣をした後、ぐったりとして意識があるのかどうかも判別出来ない魔法少女。

 ……あまりにも圧倒的すぎた。最早戦闘とすら呼べない、これは蹂躙でしかなかった。


「……よし、今度は手加減出来たわね!」

「どこがですか……?」

「あ、クリスタルナ」


 影で隠れている間に変身を済ませておいた私は、そのまま呆れたような表情を浮かべながらエルシャインの側まで近づいていく。


「……何と言うか、貴方ってゲームで出てきたら顰蹙を買うタイプのエネミーですよね」

「何か凄く馬鹿にされてる気がするけど、気のせい?」

「気のせいですよ。まぁ、完全に意識を飛ばしてないのは十分努力をしたのだと思いましょう。暗くなる前に記憶処理して、家に帰してあげましょう」

「そうだね。情報を引き出さないと」


 エルシャインと話しながら、軽く痙攣したまま動けずにいる二人の魔法少女に近づいて暗示をかけようと力を込める。

 ――けれど次の瞬間、勢い良くエルシャインが私の腕を掴んで抱き寄せてきた。そして急激に世界が加速したように回った。


 次の瞬間、鼓膜に突き刺さるような轟音が響き渡った。それは、また新たな介入者がこの場に現れた証明だった。

 私はエルシャインに片手で抱きかかえられたまま、倒れた二人の魔法少女から距離を取った場所に移動していた。

 そして倒れた魔法少女たちを庇うように誰かが立っていた。


「――どうして、貴方がこんなことをしてるんですか……?」


 それは悲痛な感情を滲ませた苦しげな声だった。

 真っ直ぐな銀色の瞳、汚れを一切感じさせない純白の髪を大きな二つの三つ編みに結び、衣装もまた真っ白な神官を思わせるようなものを身に纏っている。

 その手に握っているのは大鎌。衣装と合わせると不自然に見えるかと思うけれど、逆に様になっているという不思議な雰囲気を持っている魔法少女。

 ……あぁ、私は彼女を知っていた。


「エルクロノスちゃん、久しぶりだね」

「エルシャインさん……!」


 ――魔法少女エルクロノス。

 エルシャインを除けば、恐らく魔法少女の中で最も力を持つだろう魔法少女だ。

 まさか探していた魔法少女があちらからやってきてくれるなんて、なんて僥倖な話だろう。


「本当に貴方なんですか……? 嘘だって言って欲しいです……!」

「相変わらず良い子だねぇ。話を聞こうともしないその若い子たちとは違って良いんじゃないかな?」

「貴方に何があったんですか!? 何があって、こんなことを……!」

「……あぁ、うん。逆に真っ直ぐ聞かれると、これはこれで困るね? クリスタルナ」

「そこで私に話を振らないでくださいよ」

「クリスタルナ……! まさか、貴方がエルシャインさんを!?」

「……あぁ、はい。確かにここまで真っ直ぐ聞かれると困りますね? 昔のエルシャインを思い出しました」

「ねー?」

「ふざけてないで、私の質問に答えてください!」


 今にも飛びかかりたそうだけれど、後ろに倒れている魔法少女たちを気にしているのかエルクロノスはその場から動かなかった。


「エルクロノス、一人で突っ走らないで」

「そうですよ、落ち着いて行動してください」


 そこに更に魔法少女が増えた。

 一人は淡いブロンドの髪を結い上げて、灰色のローブを纏って眼鏡をかけている。如何にも魔法使いといった風貌の魔法少女――エルユラナス。

 もう一人は緩く波かかったふわふわの青い髪に、まるでお嬢様のように立派な緑色のドレスのような装束を纏った魔法少女――エルユピテル。


「エルユラナスちゃん、エルユピテルちゃんまで。仲良し三人組のご登場だね?」

「……本当にエルシャインさんでしたか」

「まさか、こんなことになってるとは思いたくありませんでした」


 エルユラナスが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、水色の瞳を細めている。

 エルユピテルはおっとりとした口調ではあるものの、そのレモン色の瞳の視線は鋭い。


「一応、確認のために聞きますけど……本当に裏切ったんですか?」

「ネクローシスの幹部に就職したんだ。就職祝いとか期待してもいい?」

「それは今すぐ退職をお勧めしたいところですが、そういう訳には行かなそうですわね……」


 エルシャインの返答を聞いて、エルユラナスは深い溜め息を吐いて、エルユピテルは美しい装飾を施された剣を構える。

 一触即発の空気が出来上がりそうになる中、エルユラナスとエルユピテルよりもエルクロノスが一歩前に出てきた。


「……どうして、そんなふざけてばっかりいるんですか? 貴方は、そんな人じゃなかったのに」

「……」

「何かされてしまったんですか? どうして貴方がネクローシスに寝返って、魔法少女たちを襲っているんですか? 答えてください、エルシャインさん!」

「貴方が私の何を知ってるっていうの? エルクロノスちゃん。所詮、貴方だってエルシャインとしての私しか知らないでしょ?」


 エルシャインが冷め切ったように淡々と言い放った。

 その言葉にエルクロノスは目を見開き、傷ついたように一歩後ろに下がってしまっている。


「それに、もう私は魔法少女のエルシャインじゃないの。ネクローシスのエルシャイン・ダークネス、それが今の私よ」

「ッ……!」

「ふざけたことを言ってるのはどっちかしらね? まぁ、でも許してあげるけれど。貴方たちは飛んで火に入る夏の虫、そっちからわざわざ来てくれてご苦労様だわ」

「狙いは私たちだったと?」

「あらあら、それは穏やかじゃありませんわねぇ」


 エルシャインが薄らと笑みを浮かべながら言うと、エルユラナスとエルユピテルが険しい表情へと変わって戦闘態勢に入る。

 その空気の変化を悟ったのか、エルクロノスもまた苦しげな表情のまま大鎌を構えた。


「エルクロノス、エルユピテル! 相手はあのエルシャインさんだ! 出し惜しみなし!」

「承知しています!」

「……ッ!」

「やる気があっていいね。でも――」


 初手はエルユラナスだった。彼女が杖を掲げると彼女の周囲で無数の光が集い、それが結晶の矢となっていく。


「穿て――ッ!」

「――蹴散らせ」


 無数の結晶の矢が複雑な軌道を描いてエルシャインへと襲いかかる。それをエルシャインは無造作に振った杖から、同じ数だけの光弾を出して相殺していく。

 次々と砕かれていく結晶を見てエルユラナスが目を見開く。そして頬を引き攣らせた。


「くっ、前なら相殺まではされなかったのに――ッ!」

「ですが、隙だらけです! お覚悟を!」

「――誘ったんだよ、エルユピテルちゃん」


 ドレスの裾を靡かせ、踏み込んだ一歩が爆発するように弾けて加速するエルユピテル。

 雷鳴のような音を轟かせてエルシャインに迫るも、その速度に難なく反応して迎え撃つ。

 杖と剣が交差して甲高い音が鳴り響いた。押し負けたのはエルユピテルの方だった。


「こんな、一撃が重く……!?」

「隙だらけなのはそっちだったね?」

「エルユピテルッ! やらせない!!」


 剣を弾かれ、体勢が崩れたエルユピテルに追撃をしようとするエルシャイン。

 そこにエルクロノスが割り込む。大鎌が盾のようにエルシャインの杖を抑え込み、二人の間で力の奔流が弾けた。

 エルクロノスの周囲にはエルユピテルを庇うように結界の膜が展開されていて、それがエルシャインの力を拡散させて弱らせようとしているのが見えた。


「あぁ、そんな固有能力だったっけ。〝浄化〟、相手を無力化することに特化した個性。凄い力だよ、でもね――今の私には追いつかない」


 エルシャインが更に一歩、踏み込むように杖を押し込んだ。

 がしゃん、とガラスが勢い良く砕けるような音が響き渡ってエルクロノスの結界が叩き壊される。


「あぁ――ッ!?」

「エルクロノス!」

「二人とも、大丈夫!?」


 結界を破壊された反動なのか、エルクロノスが悲鳴を上げて身を仰け反らせた。

 そのままエルユピテルと共に弾き飛ばされ、エルユラナスの足下に転がる。

 支え合うように三人で立ち上がろうとしているところに、一歩、また一歩と悠然とエルシャインが歩を進める。


「近接戦ではエルユピテルちゃんが、遠距離戦ではエルユラナスちゃんが、固有能力のぶつけ合いだったらエルクロノスちゃんが、それぞれ三人の得意分野だったら私に勝ってたよね。でも、今の私はその全てで上を行く。その意味がわかる?」


 薄らと笑みを浮かべながら、杖にどんどん力を溜めていくエルシャイン。

 そして彼女は楽しげに笑うように告げる。



「――勝ち目なんて、貴方たちにないんだよ?」



 そして、三人に向けてエルシャインが攻撃を加えようとした瞬間だった。



「――その争い、ちょっと待って!」



 ――そこに空気を読んでいない場違いな声が聞こえてきた。

 声を上げたのは掌サイズの白い翼を持った小人だった。サイズと翼に目を瞑れば、まだ愛らしい少女と言える。


「エルシャイン! もう止めて! こんなことをしても貴方のためにならないわ! 私の話を聞いて頂戴!」


 目に涙を浮かべて、懇願するかのように両手を組む。

 そうして女神の使いであるミトラは叫んだのだった。

  

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