15:お名前を知りたいならまずは自己紹介から

 空には赤みが差し、夕焼けに染まっていた。

 そんな空の下、高層ビルの屋上で街を見下ろすように私と御嘉さんは並んで立っていた。


「そろそろ魔法少女たちが動き出す頃かな?」

「そうですね。バラまいた餌に食いついてくれれば良いんですが……」

「〝ネクロシード〟だっけ? 人の絶望に反応して寄生して、徐々に怪人化させていくって奴」


 御嘉さんが唇に指を当てながら問いかけてくる。その問いに対して私も頷いてから答えを返す。


「えぇ、怪人になるのは運に左右されるんですけどね。ネクローシスや魔法少女のように才能の有無によって決まるので」

「仕組み自体は同じなの?」

「ネクロシードには魂は入っていませんけどね、あくまで力だけです。なので怪人化しなければ寄生者の絶望が吸われるだけですね。絶望を吸い終わったネクロシードが自立するようになりますが、大抵次の寄生先を見つける前に魔法少女にやられます」

「ふーん……そんなに強くなさそうだね」

「弱いですよ、戦うのがそんなに得意でもない私でも倒せる程度には。知能もない、力もそんなに強くない獣程度ですから」

「正面からって……理々夢はそもそも正面から戦わせてくれなかったと思うけれど?」

「それが私の戦い方ですから」


 私は所謂、絡め手を駆使して戦うテクニックタイプだ。だからテクニックが一切通用しない相手には滅法弱くなってしまう。

 そういう意味では御嘉さんだって私とは相性が悪い相手とも言える。なので真っ向から戦うことは絶対にしない。


「それにネクロシードで怪人化しても、増大した欲望に振り回されて自爆してしまうことも多いです。なので、なかなか使える人材に育たないんですよ」

「でも囮としては十分使える、と。――ほら、引っかかったよ」


 御嘉さんが薄らと笑みを浮かべながら見下ろした先。視線の先にはビルが入り組んで出来た路地裏があり、そこには普通の人では知覚することが出来ない空間が形成されていた。

 現実の世界と重なるように存在しながら、魔法を扱うことが出来るものでなければ認識することも出来ない空間。

 ネクロシードの獣も動き回る際に展開する空間だけれど、それでもせいぜい自分の周り程度だ。あれだけ広い空間となれば、展開しているのは魔法少女だということになる。


「んー……この感覚は外れかな」

「弱いですか?」

「うん。まぁ、いいや。情報源にはなるだろうし、さくっと制圧しちゃおう」


 そう言ってから、御嘉さんは手を胸の前で翳した。

 彼女の手の中に現れたのは――黒い光。それがカードのように形を取っていく。


「――クリファ、フォールダウン」


 御嘉さんが薄らと笑みを浮かべたまま呟くと、黒い光が弾けた。

 光を纏い、御嘉さんの姿が変わっていく。そして、そこには堕ちたエルシャインが現れる。


「……んん、なんだろう。変身する時は気分が上がる感じがあったんだけど、この姿になるようになってから、また違った感じになるなぁ」

「そういうものですか?」

「そういうものなの。……あ、そうだ。折角だから相良さんに言われたことを実践してみようかな」

「……アレですか? いや、私は全然構いませんけれど」

「魔法少女相手には効果的だと思うんだよねぇ、嫌がらせにもなるし」

「……お好きにどうぞ。私はあのノリには付いていけませんので」

「正直に言えば、私もちょっと恥ずかしいけど……お仕事だと思って頑張りまーす」

「はい、では頑張ってくださいね」

「うん! じゃ、行ってきまーす!」


 とん、とビルの床を蹴って。彼女はそのまま真っ直ぐ現場まで落下していくのだった。



   * * *



「これで終わりよ!」


 黒い影の塊のような、辛うじて獣と言える形をしたネクロシードの獣が魔法少女の攻撃を受けて真っ二つに両断される。

 その場にいる魔法少女は二人。一人は杖から光の刃を出して槍のように振るっているオレンジ色の髪の子。もう一人の魔法少女は杖を構えて、前に出ていた子を援護していた薄緑色の髪の子だ。


「ふぅ……やったね、エルカペラ!」

「お疲れ様、エルアトリア」


 二人は喜びを分かち合うようにハイタッチをして笑みを浮かべている。

 何とも微笑ましいやり取りに、普通の人だったら心温まる光景だと思うのだろう。


「でも、最近ネクロシードの数が多いね……」

「ふふん! こんなの余裕よ! 相手にならないわ!」

「……でも、なんか最近凄く強い怪人が出回ってるんじゃないかって噂も流れてるよ?」

「それは、まぁ……だから一人で活動しないようにって言われたばかりだしね。でも、私と貴方が組めば大丈夫でしょ! 何だったら私たちが倒して、他の皆を安心させてあげましょう!」

「……うん、そうだね!」

「そうでしょう!」


 ……あぁ、なんて微笑ましいのだろう。

 さて、あの子たちの話を聞いている限り、他の魔法少女の情報も持っていそうだ。

 それに私が魔法少女を襲撃していることも勘づかれている。理々夢、もといクリスタルナが記憶処理をして何か強い怪人に襲われた、と思うように暗示をかけていたけれど、今度からその必要もなくなる。

 私は彼女たちより高い位置から、拍手をしながら姿を現す。


「――誰!?」


 槍を構えていたオレンジ色の髪の子、エルアトリアって呼ばれていた子がすぐさま睨み付けるように私を見た。

 一拍遅れて、エルカペラと呼ばれた薄緑色の髪の子も杖を構えてこちらを見る。


「アンタ、誰よ!」

「人の名前を知りたいなら、先に自己紹介からって習わなかった?」

「はぁ? いきなり出てきて何言ってるのよ! 馬鹿にしてるの!?」

「エルアトリア、落ち着いて」

「むぐ。……そっちこそ何者よ、先にアンタから名乗りなさいよ!」

「失礼な子には名乗りたくないなぁ。今の魔法少女ってこんな感じなのかなぁ、ふーん」

「やっぱり馬鹿にしてるでしょ! ……あっ、もしかして! アンタが最近、魔法少女を襲っているっていう奴ね!」


 私を指さしながらエルアトリアちゃんが吼えた。隣に立っていたエルカペラちゃんの表情が緊張して、一気に引き締められた。


「……もし、そうだとしたら?」

「ふふん、私たちの前に出たのが運の尽きね! やられた魔法少女の代わりに私がボコボコにしてあげるわ!」

「怖いなぁ、理由とか聞かないの?」

「悪さをする奴の言い分なんてどうして聞かなきゃいけないのよ!」


 エルアトリアちゃんが一気に踏み込んで私のところまで飛んで来る。その槍の一撃を躱しながら、私は彼女たちと同じ高さの場所へと降り立つ。

 すぐさまエルアトリアちゃんが向かってくるけれど、私はその攻撃をのらりくらりと躱し続ける。


「この、この! 大人しくやられなさいよ! 悪者め!」

「嫌だって言ったら?」

「それでもぶっ飛ばす! 悪者は、さっさと退治されてれば良いのよ!! エルカペラ!!」

「援護するよ!」


 エルアトリアちゃんの動きに合わせて、エルカペラちゃんが光弾を杖から放ってくる。

 うん、エルアトリアちゃんにせよ、エルカペラちゃんにせよ、二人の戦い方って私が知る魔法少女に共通したものだ。

 後はそれぞれ魔法少女としての個性を持っているとは思うのだけれど、一体どんな力なのかはちょっと気になるかも。


「この、ちょろちょろとさっきから! いいから喰らいなさいよぉッ!!」


 槍を形成していた光が炎へと変わる。尾を引くように残光を描いて迫った一撃だ。

 私はそれを無造作に片手で掴んで抑え付けた。手は魔法で保護しているので、炎も刃も一切通らない。


「――え?」

「ふぅん、炎。確かに性格にはぴったり合いそうだね、でも少し血の気が多いんじゃない?」

「こ、の……! 離しなさいよぉ……!」

「さっきから人の話は聞かないくせに、自分の言うことだけは聞けって勝手だとは思わない?」

「悪者のくせに! ごちゃごちゃとうるさいのよ!」

「エルアトリアから、離れて!」


 後ろに回り込んでいたエルカペラちゃんが私に杖を向ける。そこから放たれた風の刃だ。それはエルアトリアちゃんを避けるように、私を左右から挟み込むように迫ってくる。

 炎と風の組み合わせのペアか。確かに相性は良い子たちなのかな、と思いつつエルアトリアちゃんの槍から手を離して距離を取る。


「エルアトリア、大丈夫!?」

「大丈夫よ! でも、アイツ……強いわよ、エルカペラ!」

「う、うん……!」

「仲が良くて良いね。でも、これは正義の味方ごっこじゃないんだよ? 遊びなら止めておいたら?」

「ごっこ遊びなんかしてないわよ! 私は魔法少女として、悪者を退治して平和を守ってるんだから!」

「だから悪者は問答無用で退治されろって? 世の中、そんな単純じゃないってまだ知らないのかな……知らないよねぇ。見たところ、まだ中学生? 高校生にはなってないかな」

「この……!」

「落ち着いて、エルアトリア!」


 また激昂して飛びかかってきそうなエルアトリアちゃんをエルカペラちゃんが諫めている。

 そんな二人を見ていると……なんか、少しイラッとしてきたな。


 私はずっと一人だったのに。全部、一人でやったのに。

 気付いたら新しい子たちがいて、その子たちは仲良くチームを組んでやっていて。

 どうして、私だけ一人だったんだろう。今更、なんで魔法少女が増えたんだろう。


 私は、どうだったっけ? こんな理由も聞かずに攻撃していたっけ。

 知りたいって思わないのかな。悪いことをする人は、ただ本当に悪い人なだけだったのかな。

 そう思わなかったから、私はずっと問いかけ続けて――。


(――今、思い出すことじゃない。はぁ、もういっか……終わらせよう)


 軽く頭を振ってから、私は改めて二人の魔法少女と向き直る。

 黒い光が手の中に集まっていき、それが杖となって私の手に収まった。


「貴方たちは魔法少女、私はただの悪者。だから黙って倒されろって言うなら、私もこう返してあげるわ。――せめて、倒してから言いなさい」

「何ですってッ!」

「それに、私はただの悪者じゃないわよ」


 口の端が持ち上がる。イメージしたのは相良さんのように微笑むこと。


「私は、エルシャイン」

「……は?」

「え……?」

「……だった人よ。今はね、ネクローシスの幹部をやってるの。改めて名乗りましょうか?」


 言葉をなくして目を見開く二人に対して、私は笑いが込み上げてきそうになりながら告げる。



「――ネクローシスの〝エルシャイン・ダークネス〟よ。簡単に壊れないでね? 元後輩ちゃんたち?」


   

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