14:私以外の魔法少女の話をするんだね

「ちょっと、そこの君たち」

「はい? なんでしょうか?」

「君たち、学生じゃないか? こんな時間に学校も行かずに何を……」

「私、十九歳ですけど? こちら、身分証明書です」

「えっ、あっ? え? ……あ、ほ、本物、す、すいませんでした!」

「もう行っても良いですか?」

「し、失礼しました!」


 まだ若い職務に忠実そうな警察官が慌てた様子で去っていく。それを私は身分証明書を慣れたように取り出していた御嘉さんと一緒に見送る。

 警察官の姿が見えなくなったところで、私は堪えきれずに笑い声を零してしまう。それに御嘉さんが拗ねたように唇を尖らせた。


「……ぷっ、くく……! 手慣れてますね……!」

「笑うところじゃないから……もうっ! 折角のお出かけなのに!」

「まぁまぁ、いっそ反応を楽しみましょう。さっきの顔、見ました?」

「他人事だと思って……理々夢だってまだ学生って言っても通じる見た目でしょ?」

「戸籍上は成人してますよ」

「嘘ぉ!? あ、でも戸籍上はね……」

「中身は年齢不詳ですからね。晩酌が一人で寂しいって相良さんが喚いた結果、居酒屋に入れるようにって偽造した戸籍ですけど」

「わー……悪っぽーい」


 そんな会話を交わしながら私は御嘉さんと一緒に街中を歩いて行く。

 見た目が学生にしか見えないのか、道行く人の視線が向くのを感じつつ気にしないようにして進む。


「やっぱり家で時間を潰した方が良かったんじゃないですか?」

「それは勿体ない。それに……」

「それに?」

「中学校まではネクローシスと戦うので放課後なんてほとんど遊ばなかったし、高校になってからも仲の良い友達がなかなか作れなくて……こうしてショッピングに行くのって憧れだったんだ」


 私の方へと視線を向けながら、御嘉さんは私と手を繋ぐように指を絡めてくる。


「……嫌?」

「別に嫌じゃありませんよ」

「そっか。それじゃあ時間までお買い物しよう。何から見ようかな」

「御嘉さんが行きたいお店を片っ端から行きましょう」

「いいの?」

「付き合いますよ。私たちはパートナーでしょう?」


 相良さんからもなるべく一緒に行動するように言われているし。

 隠密行動をするなら一人の方が気楽なのだけれど、御嘉さんもまだまだこちらに来たばかりで心を許せる人がいた方が良いとも言っていた。

 彼女をこちら側に引き込んだ責任者としても、御嘉さんの面倒を見るのは当然の話だ。


「……パートナー、パートナーか。それじゃあ今日は目一杯私に付き合ってね!」

「時間までは、お付き合いしますよ。お嬢様」

「それじゃあ、まずはね――」


 互いに手を繋いだまま、そうして私たちは人が行き交う街の喧騒へと紛れ込んでいった。



   * * *



「こちら、ご注文の特製ジャンボデラックススペシャルパフェです」

「……御嘉さん、これ、私たちで倒せます?」

「気合い!」

「あ、はい」


 御嘉さんが一人だと気後れして見て回れないと言っていた服屋さんを見て回った後、こちらも一度来てみたかったというカフェへと入った。

 このカフェの名物である目眩がしそうな大きさのパフェに私は引き攣った顔を浮かべつつ、その山にスプーンを向けた。いや、減らないのですけれどこれ?


「御嘉さん、クリームが頬についてますよ?」

「嘘、どっち?」

「左……逆ですって、ほら、ジッっとしててください」


 美味しそうにパフェを頬張る御嘉さん。一生懸命になる余り、頬にクリームがついていたのを指摘するも、上手く取れていないので代わりに取ってあげる。


「あ、ありがとう……」

「いえ、大丈夫ですよ」

「理々夢って甘い物苦手?」

「もっと落ち着いた甘みの方が好きですね。いえ、たまに集中状態が続いた時はこういったカロリーの暴力を味わいたいと思いますが」

「カロリーの暴力」

「これは暴力でしょう」

「そうかもね!」


 今度、相良さんが何かやらかしたら罰ゲームと称してこれを一人で完食してもらうことにしよう。これを見たらさぞ、いい顔をしてくれることだろうし。

 そんなことを考えつつ、黙々とクリームの山を崩していく。御嘉さんは小さな身体のどこに入っているのかと言わんばかりに私よりも食べている。その嬉しそうな顔に、本当にこのパフェを頼みたかったんだろうな、と伝わってくる。


「美味しいですね、御嘉さん」

「うん!」


 可愛い、とは絶対に口にしないし、表情にも出さない。

 こういう時ぐらいは子供っぽくても良いと思うのだけれど。いい大人なのに子供っぽい駄々をこねる時がある我らがボスもいるし。


(……服も、ちょっと背丈に合わなそうな服ばかり見てたし)


 大人になりたい、見られたい。でも、本当に好きなものはちょっと子供っぽい。

 そんな矛盾を御嘉さんは抱えている。その思いが彼女を不安定にさせて、歪な形に整えてしまった。

 けれど、それを敢えて指摘する必要はない。あの相良さんが極端な二面性を持つように、御嘉さんの二面性だってそのまま受け入れてあげるべき個性なのだろうから。

 そんなことを考えていると御嘉さんに悟られる前に思考から追い出す。別のことを考えよう。


「そう言えば、御嘉さん」

「んにゅ? ……ごほん、な、何かな?」

「御嘉さんって魔法少女の知り合いとかいないんですか?」

「魔法少女として知ってる子は何人かいるけど、誰が変身してるとかは知らないよ」

「そうですか。たとえば、その中で気をつけた方が良い魔法少女っています?」

「うーん……」


 パフェの山を崩して口に運び、そのままスプーンを咥えたまま御嘉さんは悩ましそうな声を上げる。それから暫く唸った後に質問に答えてくれた。


「あの子たちは結構、手強そうかな」

「あの子たちというと?」

「私の次に魔法少女になった三人組。この付近で活動してる魔法少女たちの中で一番強いんじゃないかな? 私よりも三つか四つ下だった筈だから、今は高校生だと思う」


 御嘉さんから聞いた話に、ふと私の頭の中にある情報が浮かび上がってきた。


「三人組……もしかして、エルクロノス、エルユラナス、エルユピテルの三人ですか?」

「理々夢も知ってた?」

「えぇ。確かにエルシャインである貴方を除けば、力ある魔法少女としてあの三人の名前が挙がるでしょうね」

「……ふーん」


 御嘉さんことエルシャインにネクローシスが壊滅させられた後、私たちだって復活のための計画は幾つか進めたことがある。

 その中でも比較的大きな計画を潰したのが、今名前を挙げたエルクロノスを中心とした魔法少女三人組だ。

 その話をすると、御嘉さんはどこか気のないような相槌を打ちつつスプーンでパフェを掬い取った。



「――あの子たちだったら私の次くらいに強力な魔法少女だから……うまく見つけれたらこっちに堕とせると思うんだけどなぁ」



 口の端についたクリームをぺろりと舐め取りながら、御嘉さんはうっとりとした表情で呟いた。

 先ほどまで子供のように無邪気にパフェを突いていたのに、今の仕草は妖艶さすら感じさせた。


「うまく見つけられると良いんですけどね」

「そうだねぇ。どうやって探そうか?」

「御嘉さんを除いて最強格なら、このまま魔法少女を狙って辻斬りしてれば自分から出てそうな気もしますけど」

「あー、そうだね。あの子たちも魔法少女らしい子たちだし。困ってる人は見過ごせないし、自分たちの後に魔法少女になった子たちがやられてるって聞いて黙ってられないと思う」


 クスクスと笑いながら、御嘉さんは崩れそうだったパフェの山の中心にスプーンを突き立てた。



「――本当、お人好しで可愛いよねぇ」


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