13:欲するままに、望むままに、ワガママに
「いやー、今日のお酒は一段と美味しいわー! うーん、もう一杯!」
「飲み過ぎですよ、相良さん」
次々とビール缶を開けている相良さんを窘めつつ、私は溜め息を吐いた。
相良さんはよほど御嘉さんを気に入ったのか、なかなか見ない程に上機嫌になっていた。
それでビール缶を次々と開けられても困るのですが。ビールを切らして買いに行くのが面倒だっていつも言っているのに、学習しない人だ。
「御嘉ちゃんが仲間になってくれたのも嬉しいけどねぇ、やっぱり理々夢ちゃんに友達が出来たのが一番嬉しいわよねぇ」
「……ただの仲間、同僚になっただけですよ」
「またまたぁ! 理々夢ちゃんだって御嘉ちゃんのこと気に入ってるんでしょう~?」
「ふんっ」
「ごぇぁっ!? オェ……良いところに入った……吐きそう……!」
腕で引き寄せて無理矢理肩を組んでくる相良さん。あまりにも息がお酒臭かったので肘鉄を脇腹に叩き込んでおく。
女性として晒してはいけない醜態を晒している相良さんを無視して、つまみを口に運ぶ。
「えぇーん、理々夢ちゃんの照れ攻撃が一段と激しい……慰めて、御嘉ちゃん!」
「それ以上近づいたら、水道に口つけさせて直接水を飲ませます」
「ヒッ……!」
笑っていない目のまま満面の笑みを浮かべた御嘉さんに叩き落とされ、しょんぼりしながらちびちびとビールを口につける相良さん。大人しくなってくれたなら何よりだ。
「でも本心よ。理々夢ちゃんったら、ネクローシスが壊滅してからゲームばかりやるようになって……」
「母親みたいなこと言わないでください、偽ママさん」
「だから偽ママって呼ばないで! 心は本物のお母さんレベルよ!」
「本物のお母さんレベル」
「あー! 鼻で笑ったー! 酷いわ、酷いわー!」
「……なんというか、仲が良いんですね」
御嘉さんが相良さんに何とも言えない微妙な表情を向けながらそう呟く。
「まぁ、付き合いが長いものねー」
「そうなんですか?」
「肉体を失う前から家族みたいなものだったし」
「ただの知り合いだっただけです」
「つーめーたーいー! グッピーはちょっとした温度差でも死んじゃうのよ!?」
「相良さんなら宇宙に放り投げても生きていけますよ、自信を持ってください」
「肉体は死ぬわよ!?」
「一度死んでくれれば静かになりますかね……」
「死ねないからって気軽に死んでって言わないで!?」
「本当に仲が良いですね……」
呆れたような、でもどこか複雑そうな表情で御嘉さんが呟く。
それをちらりと横目で見た後、相良さんがビールを飲み干して机に置く。
「そうだ。理々夢ちゃん、私から直々の指令よ」
「はい? 急に何ですか」
「――貴方はこれから御嘉ちゃんと組んで、魔法少女たちを殲滅しなさい」
先ほどまでふざけきった態度を取っていた相良さんが、お酒など抜けてしまったかのように静かな声で言い放った。
私はそれなりに慣れているけれど、突然の変化に御嘉さんは呆気に取られている。
「殲滅って……二人で?」
「勿論、全面戦争にならないようには加減して欲しいけれど。本来想定していた嫌がらせの延長線だと考えていいわ。まぁ、二人が今までやってきたことをそのまま続けて貰えば良いわね」
「はぁ……」
「でもね、可能だったら全面戦争しちゃっていいわよ? 貴方にはそれを選べる力があるのよ、御嘉ちゃん」
ニッコリと笑みを浮かべながら、でも目だけは冷徹な光を宿して相良さんは言い切った。
そんな相良さんを御嘉さんは驚きながらも、けれど真意を確かめるように見つめる。
「……そんなこと言っていいんですか?」
「私はね、貴方にその気があるならネクローシスのボスの椅子を譲ってもいいと思ってるのよ」
「ちょっと、相良さん?」
「これは本気よ、理々夢ちゃん。その理由はね、御嘉ちゃんが人間だからよ」
「……私が人間だから?」
「幾ら魔法少女と言えど人間、だったら普通に考えれば私たちより先に死ぬでしょ?」
……そういう言葉を笑いながら、いつもの調子で言えるから相良さんは怖いんだ。
「貴方が派手に戦って失敗しても、私たちはまた潜伏すれば良いだけ。だから一時的に貴方に主導権を譲っても私は何も困らない。貴方に任せて成功すればそれで良いし、失敗してもちょっと回り道するだけ。何も損はないわ」
「……そう、ですか」
「言ったでしょ、御嘉ちゃん? 何を望むのって? だからね、変な気遣いも、遠慮も、もう貴方はしなくていいのよ」
唇の両端を持ち上げるような薄ら笑いを浮かべながら、相良さんは囁くように言う。
「思うままに生きなさい。遠慮も、配慮も、思慮もいらない。時には獣のように欲望に従って貪るように楽しみなさい。人間の一生なんて花火みたいに一瞬よ?」
「思うままに、ですか」
「えぇ、どうせどんな風に生きても最後には死ぬのよ。まぁ、私たちはこうして悪事に手を染めないと死ねないのだけどね!」
ケラケラと笑いながら相良さんは言う。先ほどから御嘉さんの表情は複雑になりすぎて顔のパーツが落ちてしまいそうだ。
「御嘉ちゃん。貴方はもっと好き勝手に生きなさい。誰かの顔色なんて窺わなくていいの。自由に生きて、欲しいものは素直に欲しいと言いなさい」
「……相良さん」
「私たちは死に向かう者、後悔まであの世に持っていく必要なんてないでしょ?」
ぱちん、とウィンクをして相良さんはおちゃらけたような笑みを浮かべた。
「もっと仲良くしましょう? 出会った時間なんて関係ない程に。騙されたと思ってね?」
「……はい。ありがとうございます、相良さん」
「よろしい! それじゃあ乾杯でも……」
「あ、まだ十九歳なので遠慮します」
「もーーー! 年齢不詳で通してるくせに理々夢ちゃんもお酒は飲んでくれないし、私は寂しいーーー!」
* * *
あれから相良さんははしゃぐようにビールを飲み、今は床でクッションを抱きながら転がっている。
一応、毛布は被せてあげたけれど明日には身体が痛いって泣き言を言っているかもしれない。無視するつもりだけれど。
「……こうしていると、本当によくわからない人だね。相良さんって」
「変な人でしょう? 怖い人でもありますが」
ふざけたように調子良くコロコロ表情を変えるのも、氷みたいに心を凍てつかせたように振る舞う相良さんもどちらも心からの本心だ。
だからこそ怖い。二つ心があるといっても疑わないと思う。それ程までに極端に違う内面を抱えながら笑えているのが凄い。
「でも、楽しい人だと思う」
「言ってあげたら喜びますよ? 泣きながらハグしてくると思いますが」
「遠慮したいかな……ちょっと暑苦しいし、胸大きいし……」
「そんな今にも掴みかかって胸を揉み千切りそうな顔をしないでください……それに御嘉さんもこれから成長すると思いますよ」
「そう?」
「貴方は魔法少女のままではありますが、女神の寵児ではなくなりましたからね」
「……そっか」
小さく消え入りそうな声で呟いてから、御嘉さんは私に寄りかかるようにして腕を絡めてきた。
甘えてくる子供のような仕草に可愛いな、と思いつつ御嘉さんの好きにさせる。
「……相良さんって本当にボスというか、上に立つ人だなって思った。何か見透かされたような気がして」
「まぁ、そうですね。観察力や洞察力は高い人だと思いますが」
「本当は、ちょっと嫉妬したの。二人が仲良くて」
「……長い付き合いですからね」
もう何年になるかもわからない付き合いで、運命共同体とも言える相手だから。
家族と事あるごとに相良さんは口にしているけれど、内心では私もそれを否定しきれないでいる。
まぁ、母だとは絶対に認めないけれど。こんなだらしない人を母とは呼びたくないので。
そんなことを思っていると、身をすり寄せるようにしながら御嘉さんが私を見上げてきた。
期待して縋るように。小さく残る不安の影も残しながら、御嘉さんは私に問いかけてくる。
「もっと理々夢と仲良くしていい?」
「……えぇ、勿論」
あぁ、本当に可愛い人。表には出せない感想を心の内で呟きながら、私は御嘉さんと額を合わせるようにくっつけながら微笑んだ。
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