07:どこまでも堕ちてきて、可愛い人

「貴方を堕とすのは簡単です。貴方にネクローシスの一員である者の魂を入れるだけです」

「……入れるだけって言いますけれど、そんな簡単な話だとは思えないんですけど」

「全部説明すると、確かに少し面倒かもしれません。なので貴方がわかっていればいい点だけ説明します。良いですか?」

「……どうぞ」

「魂を入れる、と言っても魂には相性があります。それは魔法少女も、そして私たち自身も、私たちが生み出す怪人にも共通した点です。異世界の魂を受け入れる素質、それこそが才能と言えるでしょうか」

「成る程……」

「私たちが魔法少女を狙って堕とすのには大きなメリットがあるからです。女神の戦力を減らせますし、そもそも魔法少女とは異世界の魂を受け入れるのに適した器であり、そこにネクローシスの一員である者の魂を取り込ませれば立派な怪人になる……と最初は考えられていたのですが、実際には予想外のことが起きました」

「予想外のこと?」

「魔法少女の魂を乗っ取れなかったという意味では失敗。けれど融合という形で魔法少女の力を維持したまま、怪人の力も獲得したという点では予想外の大成功でした。これが私たちが積極的に魔法少女をこちらに寝返らせようと動き始めた理由です」

「……そうですか」

「魔法少女の意識は残りますから、完全にこっちの言うことを聞いてくれる訳ではないですが、女神に敵対しているという意味では味方と言えます。ここまでは良いですか?」


 私が確認すると、鈴星さんは何とも言えないような難しげな表情で頷いた。

 思うところがあって当然なのだろうけれど、それについては私からも言うべきことがないので話を進めさせてもらう。


「では、そろそろ本題に入って肝心の魔法少女の堕とし方についてなんですが……かなりの苦痛を伴う場合があります」

「そんなにですか?」

「場合によります。なので、洗脳や改造というのはこちらの苦痛を軽減するための手段であって本命ではないんですよね。下手に人格を壊すと堕とすのも意味がなくなってしまうので。あくまで本人の意志で堕ちることを選ぶのが重要なんです。その点では鈴星さんは必要以上に処置はしなくても良いかもしれませんが、それでも苦痛は避けられないかもしれません」

「……そこは覚悟が出来ていますので大丈夫ですよ」


 口にした通り、覚悟を決めたような表情で頷いている鈴星さん。本当に潔い人だと思うのと同時に、ここにいるのが似合わない人だなとも思ってしまう。


「……一応、苦痛を快感に感じられるようになるとか、そういった手段も用意してますけど」

「ぶふっ!? ごほっ、ごほっ……! な、何てものを用意してるんですか! そ、そんないかがわしいものを!」

「あぁ、そういう知識はあるんですね……」

「身を守るために実例を調べたら、嫌でも知ってしまっただけですよ……!」


 顔を真っ赤にしながら、吹き出した唾を拭っている鈴星さん。

 それに軽く笑い声を零してから、私は一度息を吐いてから意識を切り替える。


「貴方は捕らえた魔法少女とは違いますからね。待遇については良くしたいと思ってます。潜伏を余儀なくされていますけれど、逆転を諦めた訳ではないので」

「……壊滅させたのは私ですけどね」

「だからこそ心強いと思っていますよ。では、鈴星さんに合いそうな魂があるか確認しましょうか。確認するためにも変身して貰っても良いですか?」

「……わかりました」


 鈴星さんが手を翳すと、そこに白い光が集まっていく。光はタロットカードのような形を象り、それを上に掲げた。

 光が弾けて、鈴星さんを包み込んでいくように変化していく。


「セフィラ、ライトアップ」


 鈴星さんの姿が光の中で変わっていき、エルシャインとしての姿となる。

 変身が収まり、改めて私と向き直るエルシャイン。その顔に思わず視線を奪われてしまう。


「終わりました。……どうかしましたか?」

「いえ、相変わらず可愛いな、と思いまして」

「……可愛いと言われても嬉しくなんてありませんよ。どうせ子供っぽいですからっ」


 可愛いというのは彼女にとっては地雷ワードのようだ。それは当然かな、と思いつつも笑ってしまう。

 するとジト目で睨みながら杖に力を込めているエルシャインが見えたので、慌てて咳払いをして、私も変身する。


「クリファ、フォールダウン」


 素早くクリスタルナとしての姿へと変身して、私は周囲に無数に置かれているガラスケースへと視線を向けた。

 その中にはぼんやりとした様々な色をした光が浮かんでいる。その一つに手を触れながら私は口を開く。


「このガラスケースは、ネクローシスの皆の魂が収められています」

「……これにですか?」

「えぇ。だいたいはかつて貴方に壊滅させられてから回復を待っていたのです」

「……そうですか」


 エルシャインが複雑そうな顔でガラスケースに収められた光を見つめる。

 この光がかつて自分が倒した者たちの姿なのだと思うと、それは複雑になるだろうと思う。


「この中に私と合う魂があれば、それを入れるということですか?」

「そうですね」

「……でも、魔法少女に入れられた魂は自分の意志で動けるようになる訳ではないですよね? それは良いんですか?」

「そこは気にしないでください。ある意味で、それは彼等も望んだことなのでしょうから」

「そうなんですか?」

「魔法少女を堕とす際に大事なのは、共感と共鳴なんです」

「共感と共鳴……」

「私たちは、死の間際の絶望と同化してこの世界の人の身体を得ることが出来ました。故に私たちが私たちであるためには、負の感情が必要なんです。怒り、妬み、悲しみ、憎しみ、そういった感情が私たちが抱いている根源ですから。そして、それは人である以上、魔法少女だって抱いている感情です。それは時に正しい思いや願い、祈りすらも焼き尽くす程に強い」


 エルシャインは私と同じようにガラスケースに近づいて、一つ一つ確認するように触れて行く。

 彼女の表情は暗く沈んでいて、何を思っているのか把握しきれない。……少しだけ、それが惜しいなと思ってしまった。

 あれだけ輝かしい人だったのに、こんなにその光が翳るようになってしまったのは今でも信じられない程だ。


「さて、誰か合う魂があれば良いのですが……」

「わっ!?」

「ん?」

「あ、あの、何か強く光ってる魂があるんですけど……」


 エルシャインの言う通り、ガラスケースの中に納められた光の一つ強く輝いていた。

 私はそれを見つめて、思わず笑みを浮かべてしまう。


「どうやら、相性が良い魂がすぐ見つかったようですね。すぐにでも処置を始めたいと思うのですが、本当に覚悟は良いんですね?」

「……はい、やってください」

「辛くなったらすぐ私に頼ってくださいね。……行きますよ」


 私がガラスケースを撫でるように触れると、ガラスケースが消えていく。中に入っていた魂は私の手の動きに合わせるように揺れた。

 そのまま私はエルシャインの胸に手を当てて、揺蕩っていた魂を彼女の胸に押し込む。

 溶けるようにして魂の光はエルシャインの内へと消えていく。そして完全に中に入った瞬間、エルシャインが咄嗟に口元を押さえて目を見開いた。


「ぅ……ぁっ、ぐ、ぁ? ぁ? ぇ? あ、あぁ、ぎっ、ぃぃっ、アァアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 混乱、焦燥、そして絶叫。目まぐるしく表情の色を変えたエルシャインはその場に膝をついて、そのまま自分の胸と喉を押さえるように掴んで苦しげに悶える。

 先程まで覚悟を固めていた表情は恐怖と苦痛によって歪んでいて、私という存在を認識出来ているのかどうかも危うい。


「だから言ったじゃないですか、かなり苦しいですよって」

「ひゅーっ……、ひゅーっ……、っぁ、がアァ、アァァッ……!」

「ただの人間では、魂を撫でられただけでも拒絶反応が凄いでしょうね。肉体の痛みとは根本的に違うんですよ」


 私の声が聞こえているだろうか。それもわからない。

 今にも喉や胸を掻きむしってしまいそうなエルシャインの様子を注意深く見つめ、いつ自傷に走っても止められるように構える。


「うぅーっ、ぐぅ……ぁ、はぁっ……! ぐぅ……ぎっ、ぃぃ……!」


 驚くことにエルシャインは必死に自分を抑え込み、虚空を睨みながらも意識をしっかり保っているようだった。

 胸や喉を押さえていた手を地について、身体を起こそうとして失敗している。無様に転びながらも、それでも彼女は立ち上がろうとする。


「わ、た……し、は……私、私は、……わた、し、は……」


 目の焦点が合っていない。今だって精神が内側から掻き混ぜられているような苦痛を受けている筈だ。普通の魔法少女だったら、もう気を失っていてもおかしくないのに。

 立ち上がろうとして失敗して、そのまま腕や足で這いずるように、何か見えないものに手を伸ばそうとしている。


「……見てられませんね」


 その姿を私はとても醜悪なものだと思った。けれど、それ以上に美しいとさえ思えた。

 苦痛に悶えているのは醜くて浅ましい姿の筈だ。それでも足掻こうとする彼女の姿にどうしても目を奪われてしまう。

 すると、自然と身体が動いていた。彼女が伸ばしていた手に自分の手を重ねる。


「エルシャイン……いいえ。――鈴星 御嘉みか、私を見て」


 顎を掴んで持ち上げて、無理矢理に視線を合わせる。彼女は焦点の合っていない目で私を捉えて、かすれるような声で喘ぐように息を繋いでいる。

 彼女の手を引いて身を寄せて、そのか細い呼吸をしている唇を塞ぐように口付ける。


「ん……」


 不規則な呼吸をしていた彼女に、正しい呼吸を教えるように息を吹き込む。

 反射で背けようとする顔を押さえつけ、閉じようとする唇を舌でこじ開ける。


「んん……!」


 貪るような深い口付けに抵抗の力もろくに残っていなかった彼女は為すがままだ。

 うっすら目を開きながら私は彼女の状態を確認しながら、そっと口付けを終える。


「そう、私を見て。私に集中して。夢を見るように、その意識を私に向けて。そう、良い子ね……」


 夢に幻、現に嘘を。幻覚、幻惑、これこそが私の得意とする魔法。精神や認識に作用する魔法の扱いに関してはネクローシスの中でも一番だと自負している。

 私の力が浸透した証として、彼女の瞳の中に淡い光が浮かび上がって紋様のような形を象る。私の力を使って彼女の苦痛を誤魔化し、私という存在に溺れるように意識を誘導する。

 その成果が出たのか、震える彼女の手が縋るように私に伸びてきた。その手を取って頬を撫でさせながら私は微笑む。


「……放って置いても貴方なら耐えたのでしょうけど、でも、何故でしょう」


 苦しむ姿を眺めるより、もっと早く、貴方に――堕ちて欲しいと思ってしまって。


「ほら、受け入れて。向き合って。怖くないですよ。目を背けたくなっても、その闇は貴方の一部です。恐れないで、全部溶け合って、ほら、一つになりますよ」


 子供に子守歌を聴かせるように、リズムをつけて背中を叩きながら私は囁く。

 あぁ、どうしてなのか。笑みが浮かんできて、仕方がないの。



「――もっと醜悪に美しく堕ちてきて、可愛い人。私がいつまでも抱き締めてあげますから」



 そう言って、私はもう一度吸い込まれるように彼女に口付けをしてしまう。

 私からの口付けを受け入れるように彼女が目を閉じると、視界を遮るほどの闇が彼女から溢れ出した。

 そして、全ては闇に呑まれて真っ黒に塗り潰されてしまった――。

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