06:口に合わない苦みが、この空気にはよく合う

 私が伝えた事実に鈴星さんはコーヒーカップを両手で握ったまま、沈痛な面持ちで俯いてしまった。

 そんな様子の彼女に声をかけることも躊躇われたので、コーヒーを淹れ直そうと思って席を立つ。


「……それじゃあ、貴方たちは私が疎ましかったんじゃないですか?」


 ぽつりと、コーヒーを新しく煎れていると鈴星さんがそんな問いを投げかけてきた。

 振り返ってみても彼女は俯いたままで、飲みかけのコーヒーを見つめている。


「何故ですか?」

「何故って……貴方たちの邪魔を一番していたのは私ですから……」

「仕方ないことです」

「仕方ない……?」

「何をどう言おうとも、私たちのやっていることは〝悪〟だからです」


 カップにコーヒーを注いで、今度は砂糖もミルクもなしのブラックで口に含む。

 少し顔を顰めるぐらいの苦さと熱さが今の気分には心地好い。


「私たちから見れば女神は死を奪った敵です。でも、女神から見れば私たちは正しい統治を否定する反逆者です。そして私たちは女神の世界では少数派でした。女神によって死を避けることが出来るのを喜ぶ者たちも当然いるのです」

「それは……」

「女神に反逆するために異世界の人間を利用し、その支配をも企む私たちは果たして正しいと言えるのでしょうか? いいえ、そんなことはないでしょう。だって、貴方こそが正義の側で戦っていた筆頭なのですから」

「だから私のことを何とも思ってないと……?」

「そうですね、貴方と会ったことがある人でそれぞれ感想は違うと思いますが……私は特に恨んではいませんよ」

「本当に?」

「恨んでいたとして、鈴星さんは何かするべきだと思うんですか? 貴方が私たちを阻んでいたのは間違いなく正しいことですよ。私たちは自分たちのやっていることを正当化するつもりはありませんから。……今の貴方だってそうじゃないんですか?」


 私がそう言うと、鈴星さんは眉間に皺を寄せたままコーヒーを一気に飲み干してしまう。

 そして私にカップを差し出して、真っ直ぐ見つめながら問いかけてくる。


「私にもおかわりいただけますか?」

「はい、どうぞ」


 鈴星さんからカップを受け取ってコーヒーを注ぐ。そして鈴星さんにカップを返すと、彼女はそのまま何も入れずにコーヒーに口をつけた。


「……苦いですね」

「えぇ、そういうものです」

「でも、今はこういう味が欲しかったところです」

「えぇ。気が合いますね、私たち」


 苦くて熱いコーヒーをそのまま飲みながら、私たちは互いに微笑を浮かべながらそう言い合うのだった。



   * * *



「理々夢さんって料理も上手なんですね」

「慣れですよ、料理は」


 夕食を食べ終えて、洗い物を片付けながらそんな会話を鈴星さんと交わす。

 図々しく家に上がり込んできたかと思えば、何もしないで座ったままでいるのは落ち着かないといって洗い物を片付けるのに手伝ってくれている彼女を見ると、人の良さが透けて見えてしまう。


「さて、洗い物も終わりましたし……済ませることを先に済ませてしまいましょうか」

「済ませること?」

「貴方がこちら側に来るなら、処置を受けてもらわなければいけません」


 処置、と私が口にすると鈴星さんの表情が険しく引き締められた。


「早速ですか。処置を受けるのは構わないんですけど……」

「怖くないんですか?」

「ネクローシスに着くともう決めてますから。それに処置を受けなければ魔法少女としての力を奪われるかもしれないでしょう?」

「そうですね。だから染める必要があるんですよ」

「染める……洗脳、ということですか?」

「洗脳、改造、当て嵌める言葉は色々とありますね。ともあれ、私たちが干渉しているのは魂です」

「……過去にネクローシスへ寝返った魔法少女たちも、魂に何かされたということですか?」


 目を細めながら鈴星さんが問いかけてくる。それに私は軽く肩を竦めてから彼女に声をかける。


「そういうことですね。……軽蔑しますか?」

「いいえ。貴方たちの目的を知った今、軽々しく非難するような気持ちになりません。それに私も貴方たちに着くと決めた以上、清らかな身でいられると思ってません。ただ……」

「ただ?」

「それでも気に入らなくて、最後まで納得出来ない場合もあるかもしれませんね」

「……成る程。貴方は面白い人ですね、鈴星さん。私、貴方みたいな人は好きですよ」


 折れず、曲がらず、真っ直ぐで。その切っ先がブレたとしても、その芯までもブレることはない。故に目的を定めたら後は一直線に突き進める人。

 だからこそ鈴星さんは私たちの宿敵であったのだろうという納得。壊滅に追い込まれたのも納得だ。改めて、彼女が持つ輝きを思い知って目が眩みそうだ。


「流石、最強の名を冠する魔法少女なだけあります」

「……ですから、私はそんな大層な人じゃありませんって」

「そんな事はありませんよ。魔法少女として十年も活動出来ている。それこそ貴方の魂が強いことの証明です。もしくは、貴方に与えられた魔法少女の力の源と余程相性が好かったか……」

「魔法少女の力の源、ですか?」

「あれ? もしかして、それも知らないんですか?」


 私たちは思わず互いの顔を見合わせてしまう。そして鈴星さんはゆっくりと首を左右に振った。


「女神の使いは単に魔法少女の素質があるからだって……理々夢さんの話が本当なら、私の魂そのものが魔法少女の力の源じゃないんですか?」

「違いますよ。確かにエネルギー源にはなりますが、それを魔法少女の力として出力するのは別の力です」

「それは一体……?」

「鈴星さんは、私たちネクローシスがどうやって人の身体を手に入れたかご存知ですか?」

「……知りませんけど」

「簡単な話ですよ。私たちも魔法少女と同じ仕組みでこの世で身体を手に入れたんです」

「え……?」

「女神が私たちの方法を見て模倣したのか、それとも女神が秘匿していた手段を私たちが偶然知ってしまったのかはわかりませんが……私たちの身体は、元となった人間の魂と融合して塗り潰したことで自分のものにした身体なんですよ」


 私がした説明に鈴星さんの視線が鋭くなる。それでも何も言うことはなかった。

 無言ではあるものの、射貫こうとするかのような視線が話の続きを促しているように思えたので説明を続ける。


「私たち、ネクローシスが取り憑くことが出来る人間は死の間際の人間が多いです。というより、恐らくはそれ以外は無理なんでしょうね」

「……死の間際の人だけ?」

「女神から聞いていませんか? 私たちの世界は時の経過で何かが欠けることがない世界。永遠に不変であり、平和が約束され続ける世界。私たちの肉体は遠い過去に失われて、魂だけの存在になっているんですよ」

「……それって、つまり幽霊みたいな……?」

「幽霊、精霊、妖精、そういった実態の分からない存在。この地球で知られている概念に当て嵌めるならそんな存在が近いですね。私たち、ネクローシスは絶望して死に向かっているような人の魂としか融合出来ないんですよ。そして死に向かう魂だからこそ、付け入る隙が大きい。魂だけの存在で活動出来る私たちの方が優位に立てる。だから混ざり合った後に主導権を得て、私たちは今の私たちになったんです」

「……魔法少女も同じ仕組みってさっき言いましたよね?」

「私たちと魔法少女の仕組みは同じでも、中身が真逆と言えます。貴方たちに与えられた魂は善良な思念に呼応して融合します。そして融合した魂によって、魔法少女としての性質や能力が決まります。私たちとは逆で魂が主導権を渡しているからこそ、貴方は貴方でいられているんですよ」


 鈴星さんは何とも言えない表情になって、手で顔を覆ってしまった。


「……本当、私たちって肝心なところが説明されていないんですね」

「知る必要もない話ですからね。だから貴方たちが魔法少女でなくする方法は簡単なんですよ。女神が与えた魂を回収してしまえばいい」

「……だから女神はいつでも私の力を奪えるということですか?」

「そうですね。なので、これからする処置はそれを防ぐために必要なことでもあります」


 そう言ってから私は指を鳴らした。ぱちん、と音が響くと部屋の空気が一変していく。

 リビングだった部屋はその面影を無くして、薄暗く不気味に。そして淡い光が浮かぶケースが無数に並べられた部屋へと変貌した。

 一瞬にして変貌した部屋に鈴星さんは腰を浮かしかけて、汗を一筋流しながら周囲を見渡している。


「私たちは、本来の世界では魂だけの存在。私たちの魔法とは魂側、つまり霊的な情報を書き換えることによって現実の情報を書き換えることで成立します。ここも現実世界に重ねるようにして作り上げた私たちの拠点の一つです」

「……普通の家かと思ってたんですけど、ここはもう立派な拠点だったってことですか」

「その通りですよ。それでは、早速始めましょうか。貴方を堕とすための処置を」

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