05:悪の幹部、組織の目標を魔法少女に語る
「へぇ、結構良い部屋に住んでるんですね」
「……貴方のその厚かましさに今、戦慄しているところですよ」
今、私の部屋には
事の起こりは、ネクローシスに寝返ると宣言して友好の握手を交わしてすぐ後だった。
『あぁ、今日は帰りたくないので家に泊めてください』
『は?』
そんな宣言があり、なし崩し的に泊めることになった。どうしてこうなったのかはわからない。でも断ると殺られそうでしたし……。
今もリビングに堂々と入り、ソファに座っている鈴星さんに呆れの溜め息が止まらない。
この人、本当に変わってしまったんだなぁ。最後の見た時は最強の魔法少女として相応しい人格者だった筈なのに。
「何か飲みます? コーヒーやジュースならすぐに出せますけど」
「……コーヒーで」
注文を確認して、手早くコーヒーを用意する。相良さんがこういったものを好むので、用意はすっかり手慣れてしまっていた。
好きで道具を集めてくるのは良いけれど、手際に関しては私の方が上手いから任されてしまう。そこにはちょっとだけ解せないという気持ちになりつつ、鈴星さんにコーヒーを渡す。
「はい、コーヒーです」
「……ありがとう」
「砂糖とミルクは?」
「……要りません」
鈴星さんは先程から難しい顔を浮かべたまま、コーヒーの香りを嗅いでから口をつけた。
その眉間に思いっきり皺が寄ったのを確認して、私は無言で砂糖とミルクを彼女の前に置いた。
「ブラックがダメなら素直にダメって言ってください」
「……砂糖とミルクを入れると子供舌のままなんですね、ってからかわれるんですよ」
「あぁ……成る程」
渋い顔で砂糖とミルクを入れてから口をつけて、ほぅと息を漏らす鈴星さん。
そんな彼女の横顔を眺めながらコーヒーを飲んでいると不思議な気持ちになってしまう。
この人が私たちの組織を壊滅まで追い込んだ最強の魔法少女だとは。そんな人がブラックコーヒーを前にして軽く涙目になっているなんてね。
「そうだ、
「はい、何でしょう?」
「丁度良いので、ネクローシスについて教えてくれませんか?」
ちびちびとコーヒーを飲み進めながら鈴星さんがそう言った。熱いのも苦手なんだろうかと思いつつ、私は言葉を返す。
「それは別に構いませんけれども。その代わり、こちらからも確認しておかなければならないことがあります」
「確認ですか?」
「えぇ、この話をすれば貴方は本当にこちら側に来るしかなくなるでしょう。最悪、女神は貴方から魔法少女としての力を取り上げる可能性が高いですから。それで良いんですね?」
「その話というのは、女神にとって
「えぇ」
「であれば問題ありません。それは所謂、社外秘のようなものですよね。えぇ、コンプライアンスの厳守は任せてください。もう子供じゃないので」
「……まぁ、別にその認識でも良いですけど」
鈴星さんの返しには何とも言えない脱力感を覚えつつ、私は気を取り直して話を続ける。
「私たち、ネクローシスはこの地球とは別の異世界から来たということは当然知っていますよね?」
「勿論、知ってますよ。でも逆にそれだけとも言えます。私は貴方たちが異世界から来た侵略者であり、侵略のためにこの世界の人間を怪人化させて操り、悪さをしていることしか知りません」
「間違っていませんが、間違ってないだけの情報ですね」
「仕方ないじゃないですか、女神の使いに詳しく聞こうにもはぐらかされてばかりだったし……」
「貴方たちにわざわざ教えることでもないですからね……」
「それが気に入らないんですけどね」
軽く唇を尖らせて面白くなさそうな表情を浮かべている鈴星さん。
そうしていると子供っぽく見えてしまうのだけれど、これで中身が十九歳だと言うのだから犯罪の香りがしてしまう。
「改めて聞きますけれど、ネクローシスはどうして地球にやってきたんですか?」
「私たちはある目的を果たすために集まって出来た組織です。その目的を果たすためには異世界に進出しなければならなかった。目的を果たすのに都合が良かったのが地球であり、この日本という国であったのです」
「ネクローシスの目的とは?」
「予想ぐらいはしているんじゃないですか?」
「はぐらかさないでください」
「……そんな怖い目で睨まないでくださいって。わかりました、ちゃんと答えますから。あ、お茶菓子も出しますね」
軽く探りを入れると不機嫌になってしまった鈴星さんの機嫌を取るために、
今度、同じものを買って棚に入れておかないと。バレたら相良さんがうるさいだろうし。
「えぇと、それで何でしたっけ。ネクローシス、私たちの目的ですか」
「はい」
「……そうですねぇ。権利を取り戻すためでしょうか」
「権利、ですか?」
「はい」
「その権利って何の権利ですか?」
「――〝死ねる権利〟、ですね」
私がそう言うと、耳に痛い程の沈黙の時間が訪れた。
その無言の時間を終わらせたのは、眉をこれでも寄せた鈴星さんだった。
「……何ですか? その権利は」
「言った通りですよ。私たちはその権利を女神に奪われているんです」
「……もしかして、死ねないんですか? 理々夢さんたちって」
「そうですよ」
何かが腑に落ちたのか、鈴星さんは眉間に指を添えて俯いて大きな溜め息を吐いた。
「もしかして、何度倒しても少ししたら復活してたのも……」
「死ねないからですね。勿論、手酷くやられると再生には時間がかかるんですけどね」
「はぁー、そうだったんですか。何かカラクリがあるんじゃないかと思ってたんですけど……単純に死なないし、時間をかければ再生すると」
「そういうことです」
「……その、じゃあ理々夢さんたちは死ぬために戦ってたんですか?」
険しい表情のまま、私に真っ直ぐ視線を向けて鈴星さんは問いかけて来た。
あぁ、その表情は昔と変わらない。五年前のあの日までずっと、私たちを見つめて来た最強にして最大の敵であった貴方そのままだ。
「その場ですぐ死にたかったかと言われれば返答に困るところですが、概ね最終目標としては死ぬことにあります」
「……死ぬのは怖くないんですか?」
「貴方がそう考えるのは当然の話でしょう。かつて私も普通に死ぬ存在でしたからね、死の恐怖に怯える気持ちはわかりますよ」
私はそこで一度言葉を止めて、コーヒーを口に含む。
今の気分で飲むには、砂糖とミルクを入れすぎたコーヒーは口が求めていた味ではなかった。
「突然ですが。鈴星さんは私が何年程生きたと思いますか?」
「え? ……えっと、見た目通りの年齢ではないですよね?」
「そうですね。見た目通りの年齢ではないです」
「……それならわかりません。想像も付く程、親しくしてきた訳でもないですし」
「それを言われればそうですね。なら、言ってしまいましょう」
私は甘みの過ぎたコーヒーを一気に飲みきって、テーブルの上にコーヒーカップを置く。それから改めて鈴星さんに向き直って答えを口にしました。
「もうわかりません」
「……わからない?」
「私たちは死の権利を奪われた代わりに永遠の時間を手に入れました。でも、そのせいで時間に区切りを感じる感覚も薄れてしまいました」
「時間の区切り……?」
「一年が過ぎたのか、その一年だと思ったのが十年だったのか、それとも百年だったのか――時の経過が何の意味も成さなくなったんですよ。ずっと死なず、変わらずに生きているので」
鈴星さんが何を言われたのか、いまいち理解が出来ていないというように難しい表情を浮かべた。そんな彼女の反応につい初々しいと感じてしまう自分がいる。
「私たちは終わりが欲しくなったんです。過ぎゆく時間、変わっていく世界、そして自分自身。それを取り戻したくなったんです。それは女神が統治する世界では叶わない夢でした」
「……女神が、貴方たちから死を奪ったから?」
「――はい、その通りです。だから私たちは異世界に進出し、この世界の人間と同化することによって女神に抗う手段を手に入れました。私たちがこの世界を支配したいのは、いずれ女神と戦い、私たちの支配権を奪い取るためなのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます