04:最強の魔法少女はやさぐれていた
「はぁ……はぁ……お、落ち着きましたか? エルシャイン」
「……えぇ、一応」
あれからなんとか言葉を尽くして、私を滅多打ちにしそうなエルシャインを止めるのに数十分を費やしてしまった。
彼女が落ち着いたことでようやく助かったと実感して、そっと息を吐いてしまう。無駄に疲れてしまった……。
「……エルシャイン、改めて問わせて頂いてもよろしいでしょうか? ネクローシスに寝返るつもりがあるというのは本気ですか?」
「それは面接の質問と受け取ってもよろしいのですか?」
「……そう捉えて頂いて結構です」
「では、私はネクローシスに入ることを望んでいます」
「この求人募集が本気だと思っているんですか?」
「本気でなければ、貴方をこの世から消すまでです……」
「ま、待ってください。一体、貴方に何があったというのですか? 以前の貴方はここまで過激な人ではなかった筈ですが……」
私がそう質問すると、エルシャインの纏っている空気が二割増しほど重たくなり、冷気に変わっていく。
その冷え切った空気に息を止められそうになり、私の顔色は青くなっていることでしょう。
「……五年です」
「はい?」
「ネクローシスが壊滅した後から新しい魔法少女たちも増え、私自身が動かなければならない程の事件は減りました。それから私の魔法少女の活動が減って、五年が経ったんです……」
「はぁ……そうですか?」
「もっと貴方たちが派手に活動してくれれば私にも出番があったかもしれませんが、どうして出て来なかったんですか……?」
「いや、貴方が私たちを壊滅させたからですけど!?」
「そうでしたね」
「本当に一体、貴方に何があったんですか……?」
私がそう問いかけると、エルシャインの表情がこれでもかと言うほどに曇る。
そんな彼女の口から出てきたのは、奈落の底の亡者かと思う声だった。
「貴方たちを壊滅させてから五年間、私は学生として過ごして高校卒業も迎えました。ですが、その日々は私にとって魔法少女として戦っていた時よりも辛いものでした……」
「えっ、そんな、まさか……」
「そのまさか、なんですよ!」
強く杖を床に叩き付けながらエルシャインは憤る。その顔は怒りと悲しみで染め上げられ、小刻みに身体を震わせていた。
「見た目が子供のままで成長しないから周囲にはバカにされるし、好きな人が出来ても見た目が好みでないと言われ、挙げ句の果てに好きでもない勘違いした人が鼻息を荒くして迫ってくるんですよ、成長しなかったこの見た目のせいで……!」
「うっ……」
「無事に学校を卒業出来ても、親には成長しないからと病院を勧められ、社会人になっても子供扱いされ、勘違いした変態は数を増していきますし……この五年間、何か良いことがあったんでしょうかね?」
「えぇ……?」
「こんな思いをするために私は世界を貴方たちから守ってたんでしょうか? どう思います? どう思いますか、クリスタルナ……?」
「その……大変でしたね?」
「目を逸らさないでください! それに大変なんて言葉では済まされないんですよ!! これも全部、貴方たちが潜伏して逃げ回りながらちまちまと小さな悪事を働くから、私は魔法少女を止められなかったんですよ!!」
「あぁ、杖が! 杖が痛いです! 押し付けないで!」
ぐりぐりと杖を頬に押し込んでくるエルシャインに抗議するも、彼女の勢いと憎悪は簡単には止まってくれない。
「気付いてしまったんですよ……このまま魔法少女として生きても、私の青春は戻って来ないんだって……この溢れる憤りを貴方たちにぶつけたところで何も取り返せないんですよ……それに魔法少女が成長しないってここまで酷いと教えて貰えなかったのも許せないですし、最近はそれを察知してかまだ若い魔法少女のところに行って戻って来ないですし……!」
「あー……もしかして女神の使いがですか?」
「そうですよ!」
「成る程……」
「だから思ったんですよ。それならいっそ、全て私のために利用しても許されるのでは? と……」
「突然怖いこと言わないでくれます?」
冗談に聞こえないのが本気で笑えないですし、実際この子なら達成出来てしまう恐れがあるのが本当に怖いのですよね。
恐らく、今この世界で最も強い個人ですよ、この子。
「貴方たちが存在する限り、私が魔法少女から解放されることはないですし、魔法少女であることから解放されても失った青春は取り戻すことは出来ないんですよ……! だから貴方たちを利用するつもりで近づいたんですよ」
「そこでそう思えるのは凄い長所だと思います……」
「ありがとうございます。では、面接の結果を教えてください」
「面接扱いになってた!? えぇ……?」
「行く行くは悪の総帥を目指すのも悪くないと思っています」
「組織の乗っ取り宣言!?」
「さぁ、どうしますか? クリスタルナ、私に従ってネクローシスに迎え入れるか、私に逆らって全てを奪われるか……面接の可否を教えてください」
「だ、誰がこの子をここまで追い詰めたのですか……!」
「さぁ、誰でしょうねぇ? で、どっちですか?」
「わかりました! わかりましたから、杖に力を溜めないで! 私は肉弾戦派ではないんですよ!!」
あぁ、数日前の徹夜で頭がおかしくなった自分に言いたい。
お前のやっていることは、これから訪れる災厄を招くだけの愚かな真似だと……!
「では、契約は成立したということで。これから新入りとして是非、よろしくお願いしますね」
私の了承を聞いた途端、エルシャインは思わず私でも見惚れてしまいそうな可憐な笑みを浮かべた。
最強の魔法少女にして、最大の宿敵。そんな彼女がまさかこんな形で私たちの下に来るだなんて……。
「ひとまず話も済みましたし、ここを片付けましょうか」
「わざわざ窓を割って入ってきましたからね……」
「取り逃がしたくはなかったので」
そう言ってエルシャインは杖を軽く回して、床をとんと叩いた。
砕けていた窓のガラスや窓枠、散乱していた破片がまるで巻き戻しのように戻っていく。
その光景を私は目を細めながら見ていた。あぁ、もう何度も見慣れてしまった光景だ。
どんな破壊をもたらそうとも、私たちの力で破壊されたものは元に戻すことが出来る。
だからこそ、ネクローシスである私たちも、魔法少女である彼女たちも日常を送ることが出来る。
何の痕跡も残さず、降り積もった雪が全てを覆い隠していくように……。
「そうだ。折角、仲間になるのですし、私だけが貴方の姿を知っているのは不公平ですよね」
元の姿を取り戻した世界、夕陽に照らされる部屋でエルシャインが纏っていた衣服などが光の粒子となって剥がれていくように消えていく。
金色だった髪は黒髪へ、朱金の瞳は穏やかな赤茶に。神々しいとさえ思っていた姿が消え去れば、そこにはただ可憐な少女がいた。
これがクリスタルナである私がこの世界の日常に紛れ込む姿とは逆の、この世界で生きる彼女の真実の姿だ。
「――改めて、初めまして。
エルシャイン――鈴星 御嘉はその可憐な容姿に似合わぬ大人びた笑みを浮かべてそう挨拶をした。
夕陽が青と赤、そして紫のコントラストを描いていた。そんな不思議な空の色を背景にしていたからか、とても不思議な感慨を胸に覚えてしまう。
彼女の挨拶に合わせるように、私もこの世界で生きる人としての姿に変わる。
地味な茶髪に焦げ茶色の瞳、日常に違和感なく溶け込むための普通の姿に戻って彼女と向き直る。
「クリスタルナ、改め……
私が名前を名乗ると、御嘉は満足げに笑ってから私に手を差し出した。
その手をつい見つめてしまう私だったけれど、彼女の意図を汲み取って自分の手を差し出す。
出会ってから十年、再会するまで五年。常に敵対していた私たちは、こうして友好の握手を交わすのだった。
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