03:面接希望者は組織を壊滅させた人だった

 日の光を溶かし込んだような金色の長髪。それをツインテールに括り、真っ直ぐ私を見下ろす朱金色の瞳。

 纏う衣装は白と金で彩られ、どこか神々しさすら感じさせる。手にした美しい装飾を施した杖を突きつける彼女は、まるでこれから審判を下す裁定者のようだ。


 ――〝エルシャイン〟。この地球で女神が最初に見出した〝最強〟の魔法少女。

 彼女は長きに渡ってネクローシスと戦い、その戦いの中で成長して私たちを阻み続けた。数年前に私たちが壊滅状態となり、潜伏活動を余儀なくされてしまったのも彼女が原因であった。

 そんな最強の脅威が私の前に現れている。まさか、魔法少女を誘き出そうとしてこんなジョーカーを引き当ててしまうなんて運がなさ過ぎる。


「それで、貴方は誰ですか? 私をエルシャインと呼ぶのなら間違いなくネクローシスの残党ですよね?」

「……私を倒しに来たんですか? わざわざ貴方が? 最近では後続の魔法少女に活躍の場を譲っていたように思うのですが?」

「質問をしているのは私ですが?」


 顎を持ち上げられるように杖で押し上げられる。見た目は可憐な少女だと言うのに、その目は歴戦の戦士と言わんばかりに鋭い瞳をしていた。

 ……エルシャインってこんな鋭い目をしていましたっけ? 以前はもっと少女らしい目をしていたように思うけれど、どうしてこんな数多くの戦場を駆け抜けてきたような擦れた目をしているのかが気になった。


「聞こえているのですか?」

「くっ……」

「名乗らないのですか? 別に変身しても構いませんよ」

「……余裕ですね。私が変身しても相手にならないと?」

「しないんですか? するんですか?」


 私の質問に答えず、冷ややかな目で見下ろしながら問いかけてくるエルシャイン。

 変身しても敵わない相手なのは間違いないけれど、今のままでは逃走するのも不可能だ。なら相手が何を考えているのかわからないけれど、変身するしかない。



「――クリファ、フォールダウン」



 私が手を翳すと、宙に黒い光が浮かび上がる。それは見る人にはタロットカードのようにも見えるだろう。

 そのカードに絵柄が浮かび上がるのと同時に、そのカードをそのまま下に降ろすように引く。するとカードが弾けて、黒い光が私を包み込んで殻を纏わせるように変化していく。



「……あぁ、貴方だったんですか。――〝クリスタルナ〟」



 地味な茶髪の髪は銀色へ、焦げ茶の瞳も蒼銀の色へと変わっただろう。

 身に纏う衣装は紫と黒のゴシックロリータ、そして銀の鎖などのシルバーアクセで飾られている。

 これこそが私の本来の姿。ネクローシスの幹部が一人、クリスタルナとしての姿だ。


「わざわざここまでご苦労様ですね。何年ぶりですか? エルシャイン」

「五年……そう、五年ですよ。貴方たちが潜伏するようになってから」

「あぁ、もうそんなに経ったんですね。この世界の時の流れというのは、案外早いものです」

「……暢気なものですね。ここで私に倒されるかもしれないというのに?」


 エルシャインは私に杖を押し付けながら呟く。それに対して私は不敵に微笑んでみせた。


「出来るのならとっくの昔にやっているのでは? 最強の魔法少女さん」

「私はそんな風に呼ばれるような人じゃないですよ」

「私たちを壊滅に追い込んでおいてよく言いますね。……むしろ、貴方こそなんで暢気にしてるんですか? 余裕のつもりですか?」

「そんなつもりはないですよ。私は貴方に用があってここに来たんですから」

「……他の仲間の居場所についてなら吐きませんよ?」

「いいえ、それには興味ないですけど」

「え?」



「――貴方が面接官なんですよね? 魔法少女経験者ですけど、本気で面接してくれるのでしょうか?」



 ……少し待って欲しい。

 私は大きく深呼吸をしてから、再度エルシャインに視線を向ける。


「すいません、今なんと?」

「面接希望に来たのですけど」

「はぁああああッ!?」


 この子は一体何を言い出しているのか。えっ、面接? 本気で? こんな胡散臭い求人募集に!?


「こうして変身して来ないと信じないかと思いまして」

「いや、それはそうですが……えっ、本気ですか!?」

「本気ですが」

「えぇ……?」


 本当にエルシャインなの、この子? いや、本人以外にあり得ないのはわかっているのだけど、すぐには受け入れられない。


「では、改めて。求人募集を見て面接を受けに来ました、魔法少女のエルシャインです。よろしくお願いします」

「えっと……ご応募ありがとうございます? あの、これってネクローシス、つまりは悪の組織への勧誘なんですけど……?」

「はい」

「待って? 何故、貴方が!?」

「理由が聞きたいのですか?」

「それは勿論……」

「貴方たちのせいですよ」

「はい?」


 どうして私たちのせいにされるのか、理由がまったく想像出来ずに私は目を丸くして驚いてしまう。


「私と貴方たちが出会ってから、つまり私が魔法少女になってから何年経っていますか?」

「え……っと、十年くらいでしょうか?」

「そうです。十年、当時九歳だった私が十九歳です……」

「大きく……なりましたね?」

「この姿でも?」


 私の一言にエルシャインは、今にも私を射殺さんばかりの眼力で睨み付けてくる。

 確かに今のエルシャインは、最後に私たちが出会った五年前……つまり見た目として中学生、下手すればもっと下に見られるかもしれない容姿のままで。


「貴方たちに、私の苦しみがわかりますか……!」

「く、苦しみとは……?」

「もう、五年ぐらい成長を実感出来てないんですよ! 魔法少女になった影響で、私の成長は! ここで止まってるんですよ!」

「あぁー……」


 壮絶な様子で訴えるエルシャインに、私は思わず理解を示して納得してしまう。


「それは……仕方ありませんね。貴方たち、魔法少女は〝女神の寵児〟ですし」

「えぇ、だから私はこれからも〝子供〟のままなんですよ!」


 ――魔法少女は成長しない。もっと正確に言えば〝少女に留められてしまう〟からだ。

 それは仕方ない。魔法少女に力を与えている〝女神〟がそういった性質の神だし、その女神の力を受け入れたからこそ、彼女たちは魔法少女なのだ。


「ですが、例外がありますよね?」

「……まさか、それで私たちを探していたと……?」

「えぇ、その通りです」


 エルシャインは据わった目のまま、私の首に突きつけていた杖を更に押し付けてきながら鬼気迫る様子で言った。


「貴方たちなら、この魔法少女に課せられた制約を壊せる筈ですよね?」

「いや、出来るかと言われれば出来ますけど……」

「だったら私もネクローシスに入りましょう。そのために来たんです」

「成る程……成る程? いやいや、おかしいですよ! どうしてしまったんですか、エルシャイン! 貴方が最強の魔法少女であったのは、貴方が誰よりも女神に愛され、女神に近しい存在だったからの筈です! そんな貴方が何故!?」


 これは、もしかして魔法少女たちによる作戦の一環なのでは? こちらの作戦を読んで、こうして素っ頓狂な策をぶつけることでこちらを混乱させようとしているのでは?

 そんな考えが脳裏に浮かぶけれど、般若のように表情を歪めたエルシャインを前にして口に出せる程、私は図太くはなれなかった。


「さっきも言いましたが、十年です」

「はい?」

「私は、今、何歳ですか?」

「……十九歳、ですか?」

「昨年、高校を卒業したんですよ」

「……お、おめでとうございます?」

「この年齢のまま成長がなくて……私がどれだけの悔しさを飲み込んできたか、貴方たちに何がわかるって言うんですか? この求人も私をおちょくるためのお遊びだとでも……!?」

「ヒッ……!」


 あぁ、なんてことでしょう。キレやすい若者の流れが魔法少女にまで!

 怒りに打ち震えるエルシャインに遂に私の身体は震えを隠せなくなってきた。いや、本当に怖いのですけれど。


「良いですか、クリスタルナ? 貴方が選べる選択肢は、私を仲間に入れるか、私に泣いて謝るまで殴られてこの世から退場するかです」

「ま、待ってください! どうして悪の組織の幹部である私を魔法少女の貴方が脅してるんですか! こんなのはおかしいですよぉ!」


 杖を突きつけられたまま持ち上げられて、今にも滅多打ちが始まりそうな状況に私は泣き叫ぶことしか出来なかった。

 

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