桜の季節
野村絽麻子
出会いと別れ
通学路の桜並木はちょうど桜吹雪の頃でした。
まるで入学を祝うフラワーシャワーのように花びらが私を包んで、とても嬉しくなって踊るように小道を駆けていきます。
学校へつながる三差路にさしかかった時、そこに小さなお地蔵さんがいることに気がつきました。
「こんにちは」
気持ちが高揚しているのか、普段はしない挨拶なんかしてしまいました。世界が輝いて見えて、これから最高の高校生活が始まるような気がしました。
まだ人影もまばらな校門を抜けて、正面玄関で靴を履き替えていると、誰かが笑った気配がします。
「お前……っ!」
声の主は男子生徒です。
「なっ、なによ?」
見覚えはないのに、遠慮なく笑う姿に少しムッとして口調が強くなります。
男子生徒は、笑った顔のままで自分の鼻の頭を指差して見せました。
「花びら、付いてんぞ」
「えっ!?やだ!」
確かに。指で触れると桜の花びらがくっついています。
今度こそ声を出して笑いながら遠ざかる後ろ姿に、私は「もー!」と声をあげました。なんとなく心臓の鼓動が跳ねてしまって、それを誤魔化すためでもありました。
それから、彼とはクラスメートだという事が判明したり、委員会が一緒になったり、女バレと男バスで体育館の使用権を争ったり、泣いたり笑ったりしながら三年間を過ごしました。
楽しかった。この三年間を終わらせたくないと思うほどに大切な時間だったし、願わくばこうやって毎日彼と過ごしたいと思うくらい、私は彼に恋をしていました。
そこで私は手紙を書きました。初めて出会った時に印象が最悪だったこと、同じクラスで過ごす内、それが変わっていったこと。彼を大好きになったこと、卒業後に別れてしまうのが寂しいと思っていること。シンプルな白い封筒には桜の花弁がエンボス加工されていて、ちょっとだけ背伸びしたい私にはぴったりです。
今日は素直に気持ちを伝えよう。そんな想いが伝わったのか、彼もちょっと緊張した面持ちで、呼び出しの場所へ来てくれました。
「……なんだよ、用って」
校舎裏の自転車置き場の傍には桜の老木が立ち並んでいて、長い年月をかけて広げた枝に、たくさんの花を咲かせています。
「あの……あの、ね」
「お、おう」
「わ、私、あんたのこと……」
好き、という言葉が喉まで出かかった時、ひときわ強い風が吹いて桜の枝を震わせました。花びらが舞い散り、まるでフラワーシャワーのように降り注ぎます。私は右手で髪を抑えました。
ひらり。
反対側の手元から、真っ白な封筒が春風の中へ舞い上がりました。私たちは口々に「あ!こら!」「待って!」と封筒に呼びかけながら駆け出します。春のそよ風はいたずらで、なかなか返してくれません。私も彼も、一生懸命走りました。走って、走って、風は更に吹き荒れて、封筒も更に舞い踊ります。それでも私たちは止まりません。走って、走って。走って、走って、走って走って走って走って
———— その時、私たちの走る速度が、ついに光速を超えたのです。
通学路の桜並木はちょうど桜吹雪の頃でした。
まるで入学を祝うフラワーシャワーのように花びらが私を包んで、とても嬉しくなって踊るように小道を駆けていきます。
学校へつながる三差路にさしかかった時、そこに小さなお地蔵さんがいることに気がつきました。
「こんにちは」
気持ちが高揚しているのか、普段はしない挨拶なんかしてしまいました。世界が輝いて見えて、これから最高の高校生活が始まるような気がしました。
桜の季節 野村絽麻子 @an_and_coffee
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