たったひとつの「ものさし」 後編
ある秋の終わりのこと。渡り鳥たちは冬になる前に森を離れなければいけません。次の満月には出発だというとき、一羽が怪我をしてしまいました。このままでは仲間と一緒に旅立つことが出来ません。熊が懸命に世話をしましたが、渡りの時までに治ることはありませんでした。熊は気の毒に思って、自分の巣穴に誘いました。
「この森は冬がとても厳しいので、この巣穴でひと冬過ごしませんか?」
渡り鳥はたいそう喜んで、熊の巣穴で冬を過ごすことにしました。
今まではひとりぼっちだった冬眠に、今年は渡り鳥が一緒です。熊はとても嬉しくて、小さな友達がウロで少しでも居心地よく過ごせるようにはどうしたらいいだろうかと考えました。いつもはしたことのない柔らかい苔を集めてきて地面に敷いたり、香りのいい松脂を拾ってきたり。
ウロの準備の合間に、熊はたくさんたくさん木の実やキノコを食べて体を大きく太らせました。渡り鳥は熊のしつらえてくれたふかふかのウロに、できるだけたくさん森の恵みを貯めこみました。熊と渡り鳥は、居心地のいい巣穴で一緒に冬を過ごしました。
冬が半分ほど過ぎたころ、渡り鳥は巣穴に貯めていた木の実を食べきってしまいました。
「熊さん、木の実がなくなってしまいました。外に出て餌を探そうと思います。」
熊は寝ぼけた声で言いました。
「とんでもない!真冬に外に出るなんて。」
渡り鳥はぐぅぐぅ鳴るおなかをさすってまたひと眠りしました。しばらくして、また渡り鳥は熊に言いました。
「熊さん、おなかがすいて目がまわりそうです。外に出て餌を探そうと思います。」
熊は寝ぼけた声で言いました。
「とんでもない!もうひと眠りすれば春ですよ。」
渡り鳥は仕方なくぐぅぐぅ鳴るおなかをさすってまた横になりました。
雪がとけ春になりました。熊は目を覚まして、隣で寝ている渡り鳥を起こそうとしました。
「渡り鳥さん。春ですよ。さあ!餌を探しに行きましょう!」
でも熊がいくら声をかけても、渡り鳥が目を覚ますことはありませんでした。
冷たく動かなくなった渡り鳥を抱えて、熊は大声で泣きました。
おーん!おーん!
おーん!おーん!
その声は雪がやっと解けた森中に響き渡り、まだ巣穴にこもっていた全ての生き物たちの目を覚まさせました。
「熊さん、どうしたのですか?」
寝ぼけまなこのリスが聞きました。熊は泣きながら渡り鳥のことを話しました。
冬もこの森で暮らしている鳥たちが渡り鳥の周りに集まって温かさを分けようとしてくれましたが、渡り鳥の体が温かくなることはありませんでした。リスやウサギたちが重い病のときに使う野草の新芽を探してきてくれましたが、渡り鳥の命を呼び戻すことはできませんでした。
冬眠の途中渡り鳥が何度も外に出たいと言ったのに、自分は平気だからと渡り鳥の言葉をしっかり聞かなかったことを熊は心の底から後悔しました。
熊は鳥たちが冬眠できるほどの栄養を体に貯めておけないことを知りませんでした。リスやネズミのように小さな生き物は、熊のようにひと冬寝ていられるだけの栄養を体に貯めておけないことを、知りませんでした。
熊はみんながそれぞれの「ものさし《やりかた》」を持っていることに気づきませんでした。熊は自分の「ものさし《やりかた》」こそ素晴らしくて正しいと思い込んでいたのです。
おーん!おーん!
熊の悲しい鳴き声は、赤い実をつける森中を震わせました。
おーん!おーん!
おーん!おーん!
熊の鳴き声はだんだん力を失い、とうとう聞こえないくらい小さくなってしまいました。その時小さな小さな羽音が聞こえました。
「熊さん。」
それは一番最初に熊の森にやってきた蜜蜂でした。
「これはとても特別な蜂蜜。女王様だけが食べることの出来る食べ物です。
熊さん、これを渡り鳥さんに。」
熊は泣きすぎて真っ赤に腫れた目で、蜜蜂を見つめました。
「蜜蜂さん、ありがとう。
渡り鳥さんも、これでもうおなかがすいたりしないですよね。」
熊は大きな手のひらをできるだけ小さく丸めて爪の先のその先で小さな蜜蜂から白く輝く特別な蜂蜜を受けとると、渡り鳥のくちばしにそっとたらしました。特別な蜂蜜が渡り鳥の喉をゆっくり通っていきました。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
熊は優しく渡り鳥の体を撫でました。
その時です。渡り鳥の体にぽぉっと温かさが戻ってきました。渡り鳥が羽をゆっくり震わせるのを見て
「渡り鳥さん!ごめんなさい。」
熊は一番にそう言いました。
「蜜蜂さん、鳥さんたち、リスさん、ネズミさん、ウサギさん、他のみんなも。
本当にごめんなさい。」
熊はひとつしか知らなかったやり方をみんなに押し付けようとしていたことを、謝りました。
「それから、みんな。ありがとう。」
それから熊はまた
おーん!
おーん!
と大きな声で泣きました。
でも今度は嬉しい泣き声でした。
おしまい
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