緊迫という言葉と共に浮かび上がる登場人物の表情

『野良犬の値段(下)』百田尚樹(幻冬舎文庫)  


 どういう結末が待っているのか。上巻を読んだ後ならばそんな思いを抱きながら下巻に入るのではなかろうか。逮捕か迷宮入りか。それはあえてここでは書かないが、読み始めた早々、戸惑った読者も多いはずだ。


 上巻で隠され続けていた人物がいきなり現れるのだから。一瞬、誰なのかと文字を追うのを止めたほどだ。その後に訪れる妙な納得感。とりあえずこれで全体像が見えたことにもなる。


 ただし、これはあくまで冒頭。ここからラストまでどんな駆け引きがあるのかと期待度も自然と増す。


 当初、ネットの悪戯書きだと警察も「誘拐サイト」を静観していた。TV局や新聞社に身代金を要求した犯人グループではあったが、誘拐されたのがホームレスということもあって支払いを拒否。それによって人質の生首が都内の繁華街に置かれるという残酷極まりない事件が発生。


 これによって警察もいよいよ本腰を入れることになる。世論の大半は残酷な犯人グループを非難したが、一方では支払いを拒否したTV局や新聞社にも厳しい眼が向けられた。犯人グループ、新聞社、TV局、そして警察との駆け引きは一刻の猶予もないほど緊迫していてそれぞれの苦悩の顔までが見えるようだ。あの手この手を駆使して犯人たちに迫る警察。


 面白いのは当初主役だと思った佐野光一がほとんどちょい役でしかないことだ。と言ってもその短いながらも重要な声には違いないだろう。放送作家という経歴を持つ著者であるがゆえ、物語の隅々に描かれる話もリアルかと思えるほど生々しい。


 そんな著者の初めてのミステリーを味わってみてはいかがだろうか。

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