現代という時から遠い過去へと誘う小話の妙

『堪忍箱』宮部みゆき(新潮文庫)  


 読み始めるやはたして今が何の時代なのかと頭に疑問符を浮かべるほど、一気にアスファルトの無い時代に連れ去ってくれる。まるで時代劇の一場面に連れ去られたかに読みながらキセルでも咥えたくなる。


 やはり時代小説はこの語りが大事なのだと改めて感じる。とにかく連なった文字が古さを感じさせるのに新鮮である。もちろん古さと言うのはスタイルではなく時代だ。全8篇からなる短編集はどれもそれぞれの主人公が浮き出ている。


 頃合いの良い長さも加わり、途中でどのように読むのかと難儀しても先がある程度みえるので乗り越えられる。もちろん知識を備えた方ならばその限りでないことを付け加えておく。


 表題作となったのは最初に登場する『堪忍箱』である。タイトルからして興味を抱かせる。いったいどんな箱なのか。題名からあれこれ推測するのもまたしかりだろう。


 師走も半ば、菓子問屋の近江屋の台所から出た火はたちまちのうちに広がった。火の手のない場所、さらには誰もが寝静まった時間も災いして家人も使用人も逃げるのが危ういほど。当主清兵衛の孫娘であるお駒は、台所から離れた場所に母親のおつたと枕を並べていたが、大事な箱だからとおつたはそれを取りに行く。


 命と引き換えに守ったもの。それが近江屋に代々伝わる黒い文箱で、開けたら災いが降りかかるという堪忍箱である。


 いったい何が入っているのか。いつしか主役を交替するほど箱の存在が物語を支配する。開けるなと言われれば開けたくなるのが人の心理で、読み進めても気になるのはこの一点。


 自分だったらどうするか、などと考えながら読むのも良い。

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