たった一行のオチに心を振り回される

『幸福な生活』百田尚樹(祥伝社文庫)


 ズシリと重さを感じる長編を読み始める時の期待感も悪くはない。ただ、ちょっとした時間で読み切れる話もファーストフードのように腹を満たすことは可能だ。


 さらにそれが味わい深く呆気にとられるスパイスが効いていたならより魅了することは間違いなし。


 今回の百田尚樹の小説はまさにそれにあたる。いわゆる短編集だが、それぞれの話が長編に出来るのではないかと、つい思ってしまうほど濃い。それをあえて短く凝縮して提供する。なんとも贅沢な料理だ。


 飽きっぽくて、長いのはちょっと、という方には打ってつけの一冊でもある。


 深夜、強い雨が降る中、眠い目をこすりながら工藤安夫はタクシーを運転していた。客もつかまらず諦めて帰ろうと思った時、一人の女性が手を挙げる。雨の中、傘も差さない女を仕方なく乗せ、目的の場所まで向かって行くのだが、ミラーを覗いた時、その女は消えている。


 すぐに席を移動しただけだと気付いたものの、家まで送ると女は金が無いのだという。一度は耳にしたような話でもラストの一行は痛快だ。


 もちろんそれぞれの話が読者を引き込まで、最後に落としてくれる。それも計算されたかの如くページを捲った一行だからたまらない。


 これが癖になってつい次の話が読みたくなる。今日は一話だけで寝ようと決めていたのにと、読まれた方ならその楽しい後悔も納得していただけるはず。


 中にはそのオチが分り難く、混乱する話もあって、慌てて数ページ遡ったりもさせる。まるで試されているかのようだ。こうなると目もさえてしまう。


 改めて短編はオチが大事だと気付かされた一冊である。

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