突然訪れるかもしれない物忘れの恐怖

『明日の記憶』荻原浩(光文社文庫)


 顔は知っているが名前が出てこない。恐らく誰にでもある経験だと思います。


 それは歳だからではなく若いときでも普通にある。脳にしまった記憶の引き出しが見つからないんでしょう。大抵は時間差もありますが、ふいに頭に浮かんでくる。

 

 ホッとしながらも場合によっては自分自身に呆れて笑った記憶もあるのではないでしょうか。中には靴下の場所もわからないなどと言う強者の話も耳にしたこともありますが、人間の脳と言うのは不要と思われるものは忘れていくんだそうです。


 しかし、ごく当たり前のことを思い出せないとなると話は別。誰もがそれは年寄りになった証拠だと笑ったりもするでしょうが、いわゆるボケとも称されるアルツハイマーは若い年齢でも発症するらしく、今回の主人公もその突然訪れた病に振り回される。


 若年性アルツハイマー。


 なんとも怖い病気です。特に若いときは進行も早いのか、日に日に物忘れが酷くなる。見慣れたはずの道に迷ったり、人の名前を間違える。


 広告代理店に勤める佐伯は50歳にして若年性アルツハイマーと診断される。いうなれば働き盛りです。そのためいろいろ仕事にも不備が出て、ついには退社を余儀なくされる。一人娘は結婚を間近に控えて、せめて結婚式までは部長でありたいという佐伯の心情も心を打ちます。


 さらには長年連れ添った妻との生活。脳に積み上げてきた様々な思い出が徐々に薄らいでいく。もしもこれが自分の身に起こったならと考えるだけで佐伯同様のパニックに陥るのではないでしょうか。


 病魔との格闘は恐怖以外何物でもなく、ページを捲る指すらも重々しくなる気がします。

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