サクラとユメコ【KAC2022 7回目】

ほのなえ

出会いと別れは桜の咲く頃に

サクラとユメコが出会ったのは3月の終わり、桜の咲く頃だった。


来月から小学5年生になるユメコは、人、物、動物など…とにかく「かわいらしいもの」が大好きな女の子だった。

そのため初めてサクラと出会った時、ユメコはサクラの持つかわいらしい雰囲気に衝撃を受け、他の子には目もくれず、迷わずサクラを選んだ。



それからというもの、ユメコが遊びに行くときは常にサクラと一緒で、学校の友達と遊ぶ時にもサクラを連れて行った。


サクラの誕生日には必ず一緒に遊びに行き、ケーキこそ買えなかったが、シロツメクサの花冠を作ってあげたり、お気に入りのキャラクターのシールをあげたりと、ささやかなプレゼントを用意した。



中学校に入ってからは、学区が広がり自転車通学になった関係で、毎日サクラと一緒に通学できるようになり、これまでよりもいっそうサクラと一緒の時間が増えていった。

そしてこの関係は高校まで続き、高校を卒業するまでユメコはサクラと一緒に通学し続けた…。



しかし高校生になってから、ユメコはサクラがかわいらしすぎて、今の自分には似つかわしくないと感じるようになっていた。

それだけではなく、今まではサクラ一途で一番大切にしてきたのに、他の新しい子にも魅力を感じるようになっている自分に気がつく。


(もうそろそろ…サクラとは一緒にはいられないかも)


ユメコはそう思いつつも、罪悪感にさいなまれる。

(これまで姉妹のように思ってたのに…こんなこと思うなんて。大人になったから仕方ないと思ってたけど…大人になるって、冷たい人になるってことでもあるのかな…)


「あんた、サクラのことどうするか決めた?」


ある日のこと、大学進学と下宿先が決まり、引っ越しの準備をしているユメコに母親が尋ねる。

「うん、連れて行かないことにする。それに、私がいないのにここにいても仕方ないし…向こうで新しい子見つけるから…」

ユメコは、これまで言うのをためらっていた一言を口に出す。

「サクラとは…お別れしようと思う」

「そう、わかった。じゃあ準備のために…連絡しとくわね」

「うん、サクラの誕生日の…3月27日にお願い」


ユメコは覚悟を決めてそう言うと、部屋の壁にかかっているカレンダーの3月27日の欄にピンク色のマーカーで「サクラとのお別れ」と書き込む。



ユメコはサクラの誕生日の2日前、3月25日に誕生日を迎える。


25日の0時、18歳になったユメコは、布団の中で考えを巡らせる。

(18歳…まだお酒は飲めないけど、選挙は行けるようになったし、私も大人になったんだ。だから…明後日あさってのサクラとのお別れもちゃんとしなきゃ)


そう決心したユメコは、サクラとの出会いからこれまでを振り返りながら眠りに落ちる―――――。



*  *  *  *  *  *  *  *  *



サクラとユメコが出会ったのは3月の終わり、自転車屋さんでのことだった。


来月から小学5年生になるユメコは、人、物、動物など…とにかく「かわいらしいもの」が大好きな女の子だった。

そのためユメコは淡いピンク色で少しラメの入っている、かわいらしい雰囲気の自転車に一目惚れし…他の自転車には目もくれず、迷わずその自転車を選んだ。


あまりの気に入りようで自転車に名前を付けることにしたユメコは、桜のようなピンク色の車体や、出会ったのが桜の季節だったことも考えて、自転車に「サクラ」と名前を付けた。



それからというもの、ユメコが外に遊びに行くときは常にサクラと一緒で、学校の友達と遊ぶ時にもサクラに乗っていき、かわいいお気に入りの自転車を友達に自慢した。


自転車なのに誕生日まで決めることにしたユメコは、サクラと出会った3月27日をサクラの誕生日とした。

そしてサクラの誕生日には必ずサクラに乗って、桜並木のあたりをサイクリングしたり、お花見したりすることにした。


さすがに自転車相手にケーキは買わなかったが、ささやかなプレゼントとして、シロツメクサで花冠を作って自転車のハンドルにひっかけてあげたり、プレゼントとして、お気に入りのキャラクターのシールを車体に貼ってあげたりした。



中学校に入ってからは、自転車通学になったことで毎日サクラに乗って通学するようになり、これまでよりもいっそうサクラに乗る機会が増えていった。

そして高校も自転車通学だったため、高校を卒業するまでの間ユメコはサクラに乗って通学した。



しかし高校生になってから、ユメコはサクラのデザインや色がかわいらしすぎて、今の高校生の自分が乗る自転車としては似つかわしくないと感じるようになっていた。

それだけではなく、今までは自転車はサクラ以外に考えられなかったのに、便利な電動自転車やスタイリッシュなデザインのマウンテンバイクなど、最新の自転車に魅力を感じるようになっている自分に気づく。


(もうそろそろ…自転車買い替えようかな)


ユメコはついにそんなことを考え始める。

(今の志望校に受かったら、大学は下宿する予定だし…引っ越しで持っていくくらいなら向こうで新しいの買った方がいいかも。それでサクラはもう…動きも鈍くなってきたから、新しい自転車買ったら乗らなくなるだろうし、それならサクラ家に置いといても意味ないってお母さんに言われそうだし…それなら…サクラはもう…)


「あんた、サクラのことどうするか決めた?」

ある日のこと、大学進学と下宿先が決まり、引っ越しの準備をしているユメコに母親が尋ねる。

「うん、持って行かないことにする。それに、私がいないのに家に置いといても誰も乗らないよね。向こうで新しい自転車見つけたら私も乗らなくなるだろうから…」

ユメコは、これまで言うのをためらっていた一言を口に出す。

「サクラはもう、捨てようと思う」

「そう、わかった。じゃあ準備のために…連絡しとくわね」

「うん、廃品回収をお願いする日は…3月27日にお願い」


ユメコは覚悟を決めてそう言い、カレンダーの3月27日の欄にピンク色のマーカーで「サクラとのお別れ」と書き込む――――。


*  *  *  *  *  *  *  *


3月27日…サクラの最後の誕生日、ユメコは今年もサクラに乗って家の近所の桜並木の道を走る。

(サクラと一緒にいるのも夕方まで…サクラに乗るのも今日で最後かぁ)

そんなことを思いながら、ユメコは自転車サクラを走らせる。


桜の下で少しお花見することにしたユメコは自転車サクラを止め、近くのベンチに腰をおろし、カゴの中に入れていたコンビニの袋の中から小さなショートケーキを取り出す。


「サクラ…今年も誕生日おめでとう。今までありがとね」

そう言ってユメコはサクラを眺めながら、ショートケーキを一口食べる。


その時、風が吹いた拍子に桜の花びらが一つ、ケーキの上に落ちる。それと同時に、自転車サクラのハンドルにかかっているシロツメクサの花冠がゆらゆらと揺れた。





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サクラとユメコ【KAC2022 7回目】 ほのなえ @honokanaeko

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