第19話 とあるバイトとOLさん




 入店時の独特な音楽を耳にして、一人の女子高生はぱっと視線を上げる。

 大通りに面していないコンビニだから、あまり客の入りは良くないのだが、17時を越えて帰宅時間になったサラリーマンやOL達、そしてそこらの高校や中学に通っている生徒たちがちらほらと来店し始める。


 品出しをしていた美穂は、レジに列ができているのを見て、一旦やっていた作業を中断して、稼働していないレジへと移動する。そして、美穂がレジに向かっているのを目ざとく見ていたサラリーマンがフラッと列を抜け出して、我先にともう一台のレジの前に並ぶ。


 正直、2番目に待っていた人に譲るべきだと思うのだが、何事もなかったかのように商品のバーコードを読み込んでいく。

 ピッ、ピッという機械音は昔は何故か好きだったのを何となく思い出す。どうして好きだったのかは分からないのだが。


「――五点で合計720円です」


 美穂がそう言うと、サラリーマンはさっとカードを出す。無言で「早くしろ」とせっつかれる感じがして正直気分が良くない。

 これから帰るなら、別に1、2分くらいは遅くなってもいいじゃないか。そんな事を心の中で毒づきながらも、表面上は笑顔で接客する。


 レジにカードを読み込ませ、パネルに「一括」と書かれたボタンを押す。

 たったこれだけの作業を終え、ささっとレジ袋に商品を詰めて手渡す。すると、何も言わずに乱雑に商品を受け取って駆け足で走り去っていく。どうせ、他の客からいい顔をされないから逃げるように帰っているのだろう。


「ありがとうございましたー」


 美穂は心にもない感謝を口にして、次の接客に挑む。



 コンビニバイトは、忙しい時間が時たまあるが、それ以外は基本的には暇だ。

 勿論、仕事なんて探せば幾らでもあるのだが、高校一年生に任せられる仕事は少なく、せいぜい接客と品出し、あとは掃除くらいのものだった。


 そのため、美穂は色々な人を観察していた。


 例えば、この間の感じの悪いサラリーマン。

 あの人は火曜日の夕方によくやってくるお客さんで、いつも何故か急いでいる。急いでいても「ありがとうございます」や、「カード決済で」くらいは口に出してもらいたいものだが。


 後は、美穂がシフトに入っていると沢山やってくる男子中学生。

 彼らはいつも頬を真っ赤にさせてやってくる。じろじろと見られているのがあまりいい気がしない。極まれに話しかけてくる子には、冷ややかな視線を送るともう来なくなる。


 コンビニバイトを始めてわかったことは、変な人が多いという事。勿論、そこには自分も入っている。



 ただ、時々そうではない人もいる。


 

 18時を過ぎて、一人のOLさんが店に入ってくる。綺麗な茶髪のボブカットで、いかにもお仕事が出来そうなカッコ可愛いOLさん。


 商品を買ってくれた時、いつも「ありがとう」と笑顔で言ってくれるので、美穂もつられて笑顔になる。おそらく、親友の椎名と一緒で心の底から純粋なんだろう。



 美穂は自然とそのOLさんを目で追う。いつもはお弁当を一つと天然水を一本買っていくのだが、今日は少し様子がおかしい。雑誌コーナーのあたりで地面をきょろきょろと見つめている。


 今はあまりお客さんがいないので、美穂はレジを離れてその女性に近づく。


「どうかしましたか?」


 美穂が尋ねると、そのOLさんはぱっと視線を上げる。いつも優しい笑顔なのに、今日は困っているのか、眉が八の字になっている。


「あ、すみません、ちょっと探し物をしてまして。これくらいのおもちゃの指輪なんですけど、落とし物の中にあったりしますか?」

「えっと、ちょっと待っていてくださいね」


 美穂はそう言って一度事務所の方へ向かう。店内の落とし物は事務所で管理することになっている。


 事務所に入ってすぐの落とし物コーナーを見る。しかし、どうやらさっきのOLさんが言っていたようなおもちゃの指輪は無いらしい。


「すみません、落とし物には上がってないみたいです……」

「そうですか……。どうもお手数おかけしてすみません」

「いえ」


 そのOLさんは、ぱぱっと商品を選んでレジに並ぶ。勿論、割り込みなんてしないし、レジが遅くても笑顔で待っている。


 会計が終わると、そのOLさんは店内を見渡して美穂を見つけると、さっと近づいて来る。


「さっきはどうもありがとうございました。お仕事、頑張ってくださいね」


 そう言い残して店を出ていった。優しいし、気遣いもできる。何より、おもちゃの指輪すらも大事に扱うところが好感を持てる。


「やっぱり、綺麗な人だなー」


 美穂は独特な音楽を聴きながら、そう呟いた。






 2日連続のシフトは精神的に疲れる。

 今日は水曜日ということもあって、いつもよりも早くシフトに入った。その分少し早くシフトを上がれるので文句はないのだが。


 着替えを終えてシフトの時間まで事務所で過ごす。といっても20分くらいのもので、あともう少しでシフトインしなければならない。

 ぼーっと事務所の椅子に座っていると、店長が事務所に入ってくる。適当に挨拶をして、また普段通りにぼーっとし始めるのだが、今日は店長のある行動が目に留まった。


 何かを落とし物コーナーに入れた。普段ならば、別に気になるような行動でもないのだが、今日に限っては気になってしまった。それも、片手でつまめるサイズの物だったから、なおさらだ。


 美穂はゆっくりと立ち上がって店長に近づく。すると、昨日OLさんが言っていたサイズのおもちゃの指輪が落とし物コーナーに入っていた。


「――あ、これ!」

「え、それがどうかした? 昨日、清掃中に出てきたものなんだけど」


 美穂の突然の大声に、店長が反応する。


「それ、お客様の落とし物です。昨日、落とし物に上がってないかって尋ねられたんです」

「あー、そのなの?」


 店長は、途端に興味を失ったように自分の仕事に戻っていく。美穂は、まだ20分ほどシフトの時間には早いが、急いで店頭に出ていった。




 18時頃、独特な音楽と共に一人の女性が入ってくる。美穂は待ちに待った来店に、すぐにレジを離れて事務所へ向かい、落とし物コーナーから例のおもちゃの指輪を手に取って、その女性の元へ向かう。


「お客様! これ、昨日見つかったそうです」

「――え、本当ですか! あぁ、良かった……」


 美穂がおもちゃの指輪を手渡すと、そのOLさんは頬ずりしそうな勢いでそれを受け取り、愛しい我が子を愛でるような目でそれを見つめていた。


 美穂は気になって尋ねる。


「あの、それとても大事にされてるんですね」


 美穂の問いかけに、一瞬寂しそうな表情が浮かぶ。


「えぇ、コレ私の息子がくれたものなんです。もう、10年以上前のことですけどね」

「そう、なんですか」


 10年前以上前に息子から貰った物。そんなものをずっと大事にしているという事に、美穂は少し踏み込んではいけないラインに踏み込んでしまったのではないかと後悔した。しかし、当の本人は特にそうは思っていないようで、いつもの優しい笑顔を美穂に向ける。


「本当にありがとうございます!」


 綺麗な笑顔と元気なお礼。美穂は彼女の持つ二つの表情が忘れられなかった。



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