第14話 クラスマッチ③




 久しぶりのバスケなのに、怖いぐらいに冴えていた。


 龍一は、一人、また一人と抜き去って、相手陣内を切り裂いていく。

 自分が動けば、相手は数人がかりで止めに来る。後ろには既に二人を置き去りにしていて、前方の二人若しくは三人がマークに着けば、必然的に他の味方はノーマークになるわけで、好き勝手に動き回れる。


 勿論、全てがそういう展開になるわけではない。

 特にバスケ部員が多いクラスは味方のマークを徹底していて、パスコースがない場合もある。そんな時は一人でマークを振り切って、ライトブラウンの球体をリングに吸い込ませる。


 鈍っているはずなのに、指先まで神経が研ぎ澄まされているように感じる。


 ぱっと体育館の二階部分を見ると、ベージュ色の髪の少女が笑っていた。

 その姿を見るだけで、不思議と力が湧いてきて、今でさえ冴えていると思う自分の体が研ぎ澄まされていくように思える。



 覚醒した龍一はその後も無双し続け、2年3組は決勝まで駒を進めた。







 2年3組の教室は、異様な盛り上がりを見せていた。


 女子は最初のリーグ戦で負けてしまったようで、決勝トーナメントに勝ち上がることは出来なかったが、男子の方は快進撃を続け、決勝戦にまで勝ち進んだ。

 バスケ部員が一人もいないという事で、当初は圧倒的不利だろうとされていたにもかかわらず、だ。


 中でも一番活躍をしている龍一の近くには、男子たちを中心に沢山の人が集まっていた。

 以前なら考えもできない光景だが、こういうことになれていない龍一は終始人の顔色を伺い続けていた。


 そんな時、一人の女子が龍一に近づいて来る。


「男子凄いね! 特に花田くん、私感動しちゃった!」


 それは、少し茶色がかった髪は少し波打っており、少し垂れ気味の目が特徴的な女子だった。クラスメイトであることは自明の理だが、名前と顔が一致しない。確か……。


「……三浦、だっけ?」

「あ、名前、覚えてくれてたんだー!」


 龍一の良心が少し痛む。

 しっかりと覚えていたわけではなく、半分当てずっぽうだったからだ。

 しかし、目の前の女子は嬉しそうに笑っているので、龍一はぐっと言葉を堪える。少し気を抜いたら謝ってしまいそうだったが、それは何とかこらえた。


 三浦という女子は嬉しそうに笑った後、ひらひらと手を振る。


「応援してるから、決勝戦も頑張ってね!」


 そう言って体を翻すと、さっきまで話していた女子の集団にあっという間に溶け込んでいった。

 どうやら、コミュニケーション力が龍一とはかけ離れているらしく、どこにでもすんなりと入り込めるタイプの人間の様だ。


 隣にいた佐藤は、その後姿をまじまじと見送ると、感慨深そうに言葉を発する。


「三浦っていいよなぁー。俺、結構タイプ」

「珍しいな、佐藤が女子について話すの」


 一年の時から同じクラスだった須郷が、佐藤の言葉に驚く。

 確かに、見た目はチャラそうなのに、佐藤の口から女子の、特に容姿についての話が出てきた覚えがない。


「そうか? まぁ、ちょっと前まで彼女いたから、そういう話って出来なかったんだよなぁー」

「え、まじ!? だれだれ?」


 須郷は前のめりにそう聞く。

 佐藤もそうだが、須郷がこういう類の話に興味津々なのも珍しい気がする。いや、もしかしたら以前からそうなのかもしれないが、こと龍一の前でこういった話が繰り広げられるのは初めてだった。


 そんな須郷の質問に、佐藤は少し考えるそぶりを見せる。龍一の目には、あまり言いたくない事なのだろうと思えた。


「……秘密、だな」

「別に言えばいいじゃん、女バレの伊藤先輩でしょ?」

「おい、磯部! ばらすんじゃねぇよ!」


 ふらっと現れた磯部によって盛大にバラされて、佐藤は少し怒る。

 しかし、磯部は特に悪びれた様子もなく笑っていた。龍一は、何かあっても磯部には絶対に相談しないでおこうと心に決めた。


 佐藤の怒りが静まったころ、須郷は改めて質問を投げかける。


「……それにしても、なんで別れちゃったのさ」

「うーん。まぁ、なんていうかー、姉ちゃんみたいな感じであんまり彼女って感じじゃなくなったんだよなぁー」


 佐藤は少し冷めた、それでいて少し遠い目をしていた。

 龍一は恋をしたことが、本当に遠い昔にたった一度だけしか経験がないので、彼の言う事があまりピンとこない。しかし、その目がひどく懐かしくも感じた。


 佐藤の言い分に、須郷は「ふーん」と相槌を打ってから、佐藤の顔を覗き込む。


「佐藤って年上好きなの? 三浦さんも大人っぽいもんなー」

「はぁ!? 別にそうゆうのじゃないぞ?」

「……さぁーどうだかねー」

「おい、磯部。お前はマジで許さないかんな」


 わちゃわちゃと繰り広げられる恋バナを、龍一は蚊帳の外から見物する。


 姉ちゃんみたい、か……。


 佐藤が言った言葉を思い返す。

 それが、本当の事なのかは龍一には分からないが、少なくとも関係性に何らかの変化があったのは容易に想像できる。

 以前読んだ若者向けの雑誌にも、付き合ってから見えなかった一面が見えた、付き合う前の方が自然に話せたなど、そう言った言葉が赤裸々と語られていた。


 みんなそれぞれに関係性を持っているのだ。それは佐藤だって、須郷だって、磯部だってそうだ。それに……。


 俺にとって、椎名って何なんだろうな。


 龍一の頭の中に一人の少女の事が浮かぶ。そして龍一は、答えの出ない問いをひたすらに自分に課すのだった。


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