第13話 クラスマッチ②



 芸術的なテクニックに目を奪われた。


 ライトブランの直径24.5㎝の球体が、大きな掌に吸い付くように収まっていく。前後の体の動きと左右のボールの軌道は、まるでサーカスでも見ているかのような気分にさせる。


 一人、また一人と抜き去っていくと、脅威と見た残党兵が群がるように大柄な男子にマッチアップする。

 普通なら焦ってミスの一つや二つ献上しそうな展開だが、その男子は天井に目でもあるかのように味方の位置を的確に把握していて、相手の死角を突くようにゴールを目指している味方に鋭いパスを入れる。


 何の無駄もない。的確なパスは味方の手によってリングに吸い込まれる。



 ピッという電子音が、三田村詩乃の意識を引き戻す。そして、慣れた手つきでデジタルタイマーの左下にある数字に2点を追加する。


 42ー20。さっきの2点でダブルスコア以上に点差が開いた。

 大体がさっきのような得点の入り方で、バスケ部の先輩たちは手も足も出ないといった感じだ。巨大な壁としてその場で強力な力を発揮しているその男子に、詩乃は見覚えがある。


 いや、見覚えどころか、今体育館の二階部分でキラキラと目を輝かせている親友の友人(?)であり、毎日の様に話を聞かされているので、そこらの人間よりも詳しいはずだった。



 大柄な男子はいとも簡単にボールを奪取すると、今度は味方と細かくパスを出し合いながら、スリーポイントラインよりも大分後ろからシュートを放つ。

 綺麗な弧を描いたシュートは、もはや最後まで見なくても結果が予想できる。


 シュッ、というボールがネットを揺らす音とともに、最後のブザーが体育館に鳴り響く。


 詩乃はデジタルタイマーをリセットして、手元の紙に結果を書き込む。


 《2年3組 45○ 3年1組 20》


 2年3組はバスケ部員なしで快進撃を続け、無敗で決勝トーナメント進出を決めた。







「花田先輩、コレ変えっこしてください」

「あぁ」


 中庭のベンチに腰掛けて、美少女とヤンキーが弁当の中身を交換している図がそこにあった。

 ヤンキーの弁当にちくわの磯辺揚げを入れ、小さな箸が唐揚げを持っていく。その唐揚げは少し大きめで、小柄な椎名の小さな箸が掴んでいるとより大きく見える。


「……ねぇ、うちらは何を見せられてるの?」

「さぁー」


 詩乃と美穂は眼前の光景に、微笑ましいような羨ましいような、それでいてあほらしいような色々な感情を抱いていた。桜ケ丘高校の中庭には屋根付きの机付きベンチが設置されていて、そこには今弁当箱が6つ広げられている。


 どうしてこうなったのか、時は少し遡る。







 午前中の試合を終えて、椎名たち3人は弁当箱を持って食堂を目指していた。

 普段は南校舎最上階の踊り場で、龍一と一緒にご飯を食べる椎名だったが、残念ながら今日はそうもいかない。

 龍一も、クラスマッチの日は踊り場には行かないと言っていたので、今日は久しぶりに親友と3人でご飯を食べるつもりだった。


 3人の会話は、さっき体育館で観戦した試合の話で持ち切りだった。といっても、基本的には椎名による龍一への賛辞であふれていたのだが、時折詩乃が技術的な部分を説明するという場面も見られた。


 3人は階段を降り切って、体育館の下にある食堂を目指す。すると、3人の視界に青色の弁当包みを持った大柄な男子の背中が飛び込んでくる。


「――あ、花田先輩!」


 椎名はそう言って大きく手を振る。椎名の声を聞いて、その男子は勢いよく振り返ったり、恥ずかしそうに小さく手を振り返している。その姿に、詩乃と美穂は互いに顔を見合わせる。


 椎名が早足で龍一の元へと歩いて行ったので、二人もその後を追う。近づけば近づくほど、大きくなっていく体に少しビビりながらも、楽しそうに笑っている親友の姿を見て徐々に緊張がほぐれていく。


「紹介します! しいちゃんとみっちゃんです!」

「――どうも」


 「棘の龍一」という悪名を持つ男子生徒は、右手で頭を掻きながら小さく頭を下げる。

 意外と小心者なのかと思った詩乃と美穂だったが、はたから見たら彼女たちの方が小心者に見えるほど、何度も小さく頭を下げていた。


 そんな中、ただ一人普段通りな椎名は龍一のお弁当を見つめながら口を開く。


「あの、今からお昼ですよね? よかったら――」

「おーい、花田ぁ! 一緒に昼飯たべようーぜ……って、あれ? 悪い、取り込み中だったか」


 椎名の言葉を遮るように、2人の男子生徒が現れた。

 一人はアシンメトリーな前髪の男子で、もう一人は以前校舎裏で見た、男子にしては小柄な坊主の男子生徒だった。

 さっきまでぺこぺこしていた詩乃から、鋭い視線が向いたのは、おそらく勘違いだろう。


 二人の男子生徒は龍一を昼食に誘おうとしていたところだったようで、椎名は口を閉ざす。


「……いえ、今日はしいちゃんとみっちゃんとご飯食べますね。花田先輩も忙しそうだし」

「いや、椎名」


 去ろうとした椎名の背中に龍一の引き留めるような声がかかる。しかし、その声よりも椎名の足を止めさせたのは別の人物からの一言だった。


「え、一緒に食べればいいじゃん。彼女なんでしょ?」

「……か、かの、かのじょ」


 驚いて振り返った椎名は顔を真っ赤にさせていた。言葉を発した坊主の男子――須郷はきょとんとしていて、もう一人の随員である佐藤は面白そうに笑っていた。


 何が起こっているのか分からない龍一だったが、流石にあの状態の椎名を放っておくことは出来ないので、須郷に事実を伝える。


「おい、椎名とはそんな関係じゃない。ほら、椎名も困ってるだろ?」

「あ、そうなんだ。ごめんな?」


 須郷は椎名に謝罪をする。


「まぁ、どっちでもいいけどさ。ほら、早くしないといい場所取られちまうぞ!」


 そう言って佐藤は全速力で中庭へと走っていく。サッカー部の俊足を生かして、佐藤が中庭の特等席を取ったのはその後の事だ。







「やっぱり花田先輩のつくる唐揚げは美味しいです!」

「いや、この磯辺揚げだって絶品だぞ」


 はたから見れば美女と野獣だろう。

 しかし、当人たちのやり取りや雰囲気を見ていると、これ以上に無い組み合わせの様にも感じる。

 純粋で、少し頑固な椎名こころと、強面で、それでいて心優しい花田龍一は、お互いのお弁当に称賛を送り合っている。


「……なぁ、二人っていつもこんな感じなの?」


 佐藤は詩乃たちにそう尋ねる。詩乃たちも一緒にお弁当を食べていることは知っていたが、その現場を目にするのは初めてなので、苦笑交じりの笑みを浮かべる。


「うちらも初めてみたので。でも、多分いつもこんな感じなんだと思いますよ」

「……あれって、ほぼ付き合ってるよね?」

「まぁ、一般的には?」

「だよなー」


 その場に一緒に居ながらも、どこか取り残されたような4人は、二人のやり取りを興味深く観察しながら、各々の弁当に箸をつけるのだった。


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