第九章 4

「聞いてるわよ。お父様に身体のことを考えて実験を減らすよう言ってくれるんでしょう? ありがとう」

「そうじゃなくて、先生に長生きして貰って、エルファ家はこれからも安泰だって安心してもらえるようにすべきじゃないかなって話なんだけど」

「エルファ家の将来のためにアルジャナンが弟子を取るのは良い考えだと思うけど、魔術師になるためにこの島まで来てくれるような人がいるかしら。住み心地は悪くないし、研究に没頭できる環境ではあるけれど、本土で生まれ育った人は不便に感じるんじゃないかしら」

「え? 僕は弟子は取らないよ。まだまだ先生から教えてもらうことがたくさんある立場であって、人に教えられるほどの知識はないからね」

「お父様の後継者がそんな弱気ではいけないわ」

「先生の後継者は僕ではなくて、君だよ、メル」

「あら、わたし、お父様の後を継ぐ気なんてないわ」


 どうやらアルジャナンと意見の相違があることに、ようやくメルローズは気づいた。


「魔術だってちっとも使えないもの。お父様の手伝いをすることはあっても、お父様はわたしに魔術を教える気なんてさらさらないのだし、わたしだって魔術師になるつもりはないわ。お父様はあなたに期待しているのよ」

「僕にできることは先生の研究を引き継ぐことであって、エルファ家そのものを継ぐのは君だってことだよ。先生は、エルファ家を再興させることを願っている。でもそれは、魔術師として世界中にエルファの名を轟かせることではない気がするんだ」

「お父様は魔術莫迦みたいな人よ? 魔術のことしか頭にはないわ」


 人生のほぼすべてを魔術に費やしているような父の姿しか、メルローズは知らない。


「確かに先生は魔術に没頭していることが多いけれど、でもきちんと君のことも考えているし、エルファ家の将来も考えているよ。いつかは君の子供がエルファを名乗ることを望んでいる」

「それは、難しいわね」


 思わずメルローズは苦笑した。


「なぜ?」

「だって、これからますます魔術師は異端視されるに違いないわ。いまはこのフロリオ島で穏やかに暮らしていられるけれど、十年後や二十年後には、エルファを名乗ることだって難しくなるかもしれない。エルファの血筋というだけで迫害される時代がくるかもしれないのよ?」


 本土を離れて以来、魔術師に対する扱いがどのように変わってきているのか、話に聞くだけで詳細はわからない。ただ、改善されているという話も聞かない。今度も、魔術師が冷遇されることに違いは無いはずだ。


「わたしと結婚しても良いなんて言ってくれる人、世界の反対側の果てまで探しに行かなければ見つからないでしょうね」

「そんな遠くまで行く必要はないよ」


 呆れたようにアルジャナンが顔を顰めた。


「僕がいるだろ」

「――――え?」


 空耳が聞こえた気がして、メルローズは聞き返した。


「メルにとって、僕はずっと先生の弟子でしかないのかな」

「アルジャナン、出て行くの? お父様のことを見限ってしまったの?」


 父にとってアルジャナンほど優秀かつ気の合う弟子はいないはずだ。彼に出て行かれては、父の研究は暗礁に乗り上げてしまう。自分では到底アルジャナンほどの手伝いができないことを、彼女は承知していた。


「出て行ったりしないよ。なんでそういう解釈になるのかな。君、ちゃんと僕の話を聞いてないね」

「聞いているわよ」

「じゃあ、僕の話が回りくどくて駄目なんだろうね」


 溜め息を吐くと、アルジャナンは遠くの空を見遣った。


「つまり……僕と結婚してください」

「――――はい?」


 しばらく黙り込んだ後、メルローズは夕焼けで真っ赤になっているアルジャナンを見つめた。どこからどう見てもアルジャナンだが、言動が彼らしくなさすぎた。


「やっぱり変な精霊に取り憑かれて……」

「僕はいたって正気だから」


 いささか苛立った調子でアルジャナンはメルローズの腕を掴んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る