第七章 4
ゲアリ司祭は人の欠点をできるだけ長所として捉えようとする傾向がある。どのような人でも、必ずなにかしらの美点があるはずだ、というのだ。
かつてはゲアリ司祭のこの考え方に賛同していたイアサントも、広い世界を見聞きしたいまでは、懐疑的だ。それを言うなら、悪魔にだって美点が見出せてしまうようになる。そんなはずはない。悪魔はすべてが闇に染まっている存在だ。
「では、悪魔を改心させようとされているのかもしれませんね」
「悪魔を改心? それこそ、奇跡が起きない限りは無理でしょう」
神の力を持ってしても、悪魔はこの世からは消えない。
あくまでも悪魔を滅するのは人の力でなければならないのだ。
「ラウジー司教殿がなにをお考えなのかは存じませんが、彼は彼なりの考えをお持ちなのでしょう。悪魔を捕らえ、その場で始末しなかったからと言って、彼が愚行を重ねているとは言えないと思いますよ」
やんわりとではあるが、ゲアリ司祭はラウジー司教を擁護した。
「それに、神の聖域である僧院内において、悪魔がその力を発揮できるはずがありません。ラウジー司教殿がどなたを僧院へ連れて行ったにせよ、その方に悪魔が憑いているのであれば、助ける目的に違いありません」
「悪魔を僧院へ入れるなど、正気の沙汰ではありません! 悪魔はすぐに殺さなければ!」
「そうでしょうか? それが神のご意志であれば、残念なことですね」
ゲアリ司祭は大きな溜め息を吐いた。
「多くの血を流し、悪魔を滅することを神が望んでいらっしゃるのであれば、これほど悲しいことはありません。悪魔が心を入れ替え、自身の魔を打ち破ることこそが、神の願いであるはず」
神の意志を問われ、イアサントは口籠もった。
これまで神が自分に人殺しを強要してきたことはない。けれど、聖賢の剣を与えられ、祓魔師として世界中を駆け回っているうちに、悪魔憑きの人間を殺すことが自分の使命だと考えるようになっていた。過去に聖賢の剣を手にした祓魔師たちも、騎士という呼称を得ることで、人を殺すことに躊躇いを覚えなくなっていたはずだ。
「イアサント祓魔師殿、あなたはあまりにも一方からしか世の中を見なさすぎます」
厳しい口調でゲアリ司祭は忠告した。
「ラウジー司教殿が悪魔を僧院に連れて行ったというのであれば、その先でなにが起きようとしているか、ご自身の目ではっきりと確かめなさい。ただ盲目的に悪魔を退治しているだけでは、世界はなにも変わりません。あなたの手が人の血で汚れても、神はまったくあなたにご慈悲を与えて下さるわけではないのです」
「自分がしていることが間違っている、とおっしゃるのですか」
「間違っているかどうかは、ご自身で判断すべきです。ただ闇雲に悪魔を殺したところで、あなたは救済されていません。犠牲になったあなたの妹と同じ存在を次々と増やしているだけです」
イアサントは顔を真っ青にすると同時に、椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
「悪魔は忌むべき存在です。しかし、殺すことでしか片付けられない存在でもないはずです。そもそも、なぜ悪魔が生まれたのか、あなた方は考えようとしない。悪魔がどのような意味をもって存在しているのかも、あなたは知らないでしょう? 誰も、悪魔については詳しく知ろうとしません。悪魔を知ることは悪魔に近づくことであると言って、神は敵を知ることを良しとしませんが、本当にそれが正しいのでしょうか? 悪魔は本当に消滅させなければならないのでしょうか? 悪魔について我々が詳しく知ることで都合が悪くなる方がいると考えることも、できますよね」
ゲアリ司祭はまっすぐイアサントを射貫くような視線を向ける。
「少しは、預言者の言葉の本来の意味を考えなさい。さもなくば、我々は世界から弾かれてしまう」
「弾かれる?」
「いずれ悪魔をこの世界から消滅させてしまうことがこの世の均衡を崩す行為として、大いなる存在に疎まれることになるのです」
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