第七章 3
バッコス港から馬を乗り換えて不眠不休でここまで辿り着いたシャンティの麓にある町に利用して辿り着いたイアサントは、さすがに身体が限界に近い状態だった。馬もすでに力尽きかけており、僧院へ向かうには新しい馬が必要だ。それでも、この町で唯一の教会へと真っ直ぐ向かった。
町の教会は、天主教の総本山である僧院が近いということもあり、多くの巡礼者たちが立ち寄る場所だ。また、僧院へ向かう聖職者たちも頻繁に出入りしているため、たいていの物はここで手に入れることができる。
早朝に教会の扉を叩いたイアサントは、すぐ中に通され、司祭の居間へと案内された。
「これはこれは、イアサント祓魔師殿」
日の出前だというのに、教会の司祭ゲアリは整った礼服姿で出迎えた。まるで、イアサントが訪れるのを待ち構えていたようだ。
十年以上この町の司教を勤めている彼は、
祓魔師であるイアサントは、かつてゲアリ司祭の下で助祭を務めたこともある。まだ幼いイアサントが相手でも神に仕える兄弟として慇懃な態度で接してくれる、優しい大人だった。一方で、イアサントが祓魔師への道を選んだ際は、教会を出て行く彼に対して激励の言葉のひとつもかけなかった。悪魔を倒す際、その悪魔に憑かれた人間も殺さなければならないことを知っていたゲアリ司祭は、人を殺してまで悪魔を祓うやり方を常々非難していたのだ。
かつて世話になった司祭なだけに、イアサントはシャンティの僧院へ戻る際はできるだけこの教会に顔を出すようにしている。現在は助祭が二人、ゲアリ司祭の下で勤めているが、彼らがゲアリ司祭をとても尊敬していることは一目でわかる。
祓魔師という道を選んだことを少しだけ後悔することがあるとすれば、それはゲアリ司祭に理解してもらえないまま祓魔師になったことだけだ。
「お久しぶりです、ゲアリ司祭殿」
深々とイアサントが頭を下げると、ゲアリ司祭はそれを途中でとどめ、椅子に座るよう勧めた。
「イアサント、どうも顔色が優れないように見えますよ。あなたは長旅で僧院に戻る途中だと聞きました。あいかわらず、お忙しいようですね」
「はい。実は、馬を一頭お貸しいただきたく――」
「あぁ、もちろん構いませんよ。すぐに用意いたしましょう」
飲み物を運んできた助祭に視線で指示し、ゲアリ司祭は鷹揚に頷いた。
「ところで、ラウジー司教殿が僧院に戻られたかどうかをご存じありませんか」
温かい香草茶を飲みながら、イアサントは尋ねた。
「ラウジー司教殿、ですか? さぁ、どうでしょう。こちらには立ち寄られませんでしたが、一昨日辺りに馬車が僧院へ向かうのは見かけました。どなたの馬車なのかは存じませんが、司教専用車だったように思いますよ」
馬車は専用の物でなければ僧院へ向かうことができないが、これは僧院までの道が狭いため、普通の馬車では走れないからだ。馬であれば、道の狭さもそう問題ではない。巡礼の道でもある僧院までの山道は傾斜がきついが、道幅の問題で馬車の際は一頭立ての専用車両でなければ上がれないため、いつのまにか特別な者しか馬車では僧院へ向かえない不文律が出来上がっていた。
「あなたが馬を酷使してまで僧院へ戻るのは、ラウジー司教殿と関係があるのですか?」
硬い木の椅子に腰を下ろしたゲアリ司祭は、背筋を伸ばし、真正面からイアサントを見つめた。
「そうです。彼は、悪魔を僧院へ連れ込み、神を冒涜しようとしている疑いがあります」
「まさか! ラウジー司教殿がそのような軽率な真似をなさるとは」
「間違いありません。彼は悪魔憑きの人間と接触したという証言があります」
実際にはイアサントは、オルドリッジの港でも、バッコス港でも、ラウジー司教が悪魔憑きの男を捕らえようとしていたという目撃証言を得ていた。
祓魔師ではないラウジー司教には、悪魔祓いはできない。せいぜい悪魔から身を守る聖水で悪魔を弱らせるか、香木を焚くくらいだ。いくら司教とはいえ、悪魔を退けるだけの力がない以上、通常は自ら進んで近づいていくことはない。
イアサントとともにフロリオ島へ行った司教たちでさえ、島には上陸したが、悪魔が召喚された場所まで同行しようとはしなかった。司教たちにとっても悪魔は得体の知れない恐ろしい存在なのだ。
「ラウジー司教殿は悪魔を捕らえ、僧院で悪魔祓いをしようとなさっているのではありませんか?」
「まさか。彼がそのような手の掛かる真似をするはずがありません」
思わずイアサントは鼻で笑ってしまった。
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