第五章 4

「そういえば、薬なんてどうやって手に入れたの? この辺りにはそれほど大きな町もなかったようだけれど」


 川の水を手ですくって飲みながら、一緒に顔を洗いつつ尋ねる。

 医師や薬師など大きな町でなければ早々見つかるものではない。そう都合良く、どこにでもいるわけではないのだ。


「ちょうど寝ている薬師を見つけらものだから、たたき起こしたんだ」

「……寝ている、薬師?」


 まるでそこら辺に薬師がいくらでも寝転がっているような発言に、メルローズは目を丸くする。外見だけで薬師かどうか判断できるほど、特殊な格好をしているわけではないはずなのだが、魔神であれば見分けられるのだろうか。


「材料そのものは、シトラーに探させて手に入れた。案外、その辺りに生えているものでなんとかなるものだな」

「そ、そう?」


 なにを飲まされたのだろうかと、反対に不安になった。熱は下がったようだし、身体の怠さも治まったので、体調そのものは良くなったようだが、今度は腹を下したり、変な副作用が出たりしないものだろうか。


「どんな薬を作って貰ったの?」

「さぁ? 俺はよくわからない」


 首を傾げたカイロスは、とぼけているわけではなさそうだ。

 魔神が風邪をひいたりすることはないだろうから、薬草に関する知識がなくても別段不思議ではない。


(変な物を飲まされたりしていないわよね。でも、アルジャナンの夢なんか見てしまったし、鎮痛用とかいってへんとか混ぜられていたりして。お父様やアルジャナンは、市井の薬師の中にはたいした知識もなく適当に薬草や薬剤を混ぜる者もいるからって言ってあまり信用していなかったのに)


 魔術師である父とアルジャナンは調剤の知識もあったので、エルファ家では薬は自前で作るのが当たり前になっていた。薬剤さえ揃っていれば、基本的にどのような薬でも調剤できるので、以前住んでいた町での現金収入は主に薬師としての仕事だったくらいだ。

 母の病が癒えなかったのは、病を癒やせる薬が見つからなかったからだ。魔術師のえいを結集した薬でも、万能薬は存在しない。クラレンスはエルファ家が所有する魔術や薬に関する蔵書をむさぼるように読んだが、妻の病を治すことができる薬を見つけることはできなかった。


「まぁ、直ったんだから、問題ないだろ」


 物凄く適当なことを言われ、メルローズは恨めしげにカイロスを睨んだ。

 妙な副作用が出たら、すべてカイロスのせいにするしかない。


「調子がよくなったなら、しばらくは陸地を歩くぞ。タラムスが言うには、この辺りから川を上っていくと、目的地の港には遠回りになるらしい」


 水を操ることができるタラムスは、地図がなくとも川や海の流れだけですべてがわかるらしい。地下水脈や用水路などが通っているところであれば、川や海でなくとも彼の視野には入るという。


「港に着いても、お金がなければ大陸に渡る船に乗れないのではないの?」

「海峡を渡れる船さえあれば問題ない。船員がいなくても、タラムスが船を動かす」

 魔神を水先案内人のように使うのはどうかと思ったが、メルローズは黙っていた。魔神同士で決めたのであれば、干渉する必要はないだろう。

「ところで、これだけあれば、馬車には乗れるのか?」


 手を出せ、とカイロスに促されてメルローズが右手を出すと、その上に握っていた手を開いて硬貨をばらばらと落としてきた。


「やる。タラムスが持ってきた。川底や海底を漁ると、案外集まるものらしい」


 汚れているものやかなり古いものもあるが、銀貨、銅貨に混じって金貨もある。どこの国のものかわからない硬貨もあるが、大陸に渡れば使えるだろう。


「俺は使い方がよくわからないから、お前が持ってろ」


 持っていろと言われても、硬貨をしまっておく袋がない。ひとまずハンカチに包んでスカートの内ポケットにしまっておくことにする。まったくの無銭旅になる覚悟でいたが、必要になれば魔神でも硬貨を手に入れることができるものなのかと妙な感心をした。


「これなら、はたさえ見つけられれば野宿をせずに済むはずだわ」


 そう言って周囲を見回してみたものの、町どころか人家の影もない。旅籠がある町に辿り着くことができれば、という前提にはなるが、屋根のある場所で休めるとわかったとたん、気持ちが安らいだ。


「そうなのか?」


 本当に硬貨の価値がわからないらしく、カイロスは首を傾げている。


「贅沢さえしなければ、これでそれなりに足りるはずよ」

「そういうものか? じゃあ、またタラムスにこれを集めてくれるよう言っておこう。あいつも船を引っ張るだけよりは、川底を浚う仕事があった方が暇潰しになっていいだろうしな」


 魔神に川底の落とし物を拾わせるなど魔術師たちが聞いたら目を丸くするだろうが、他に頼む相手もいないのでメルローズは黙って頷いた。

 本土から僻地に引っ越して久しいメルローズは本土の物価には詳しくなくなっていたが、フロリオ島の数倍も値が張るということはないだろうと楽観視していた。

 うまくいけば、久しぶりに温かい食事にありつけるかもしれない。


(今日中に、どこか小さくてもいいから旅行者が泊まれる旅籠がある町に着けるといいのだけれど)


 旅慣れないメルローズはよくわからないまま、布団にくるまって眠れることを期待した。

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