第三章 5
黒い煙を上げる畑は、島の貴重な食料だ。麦がほとんど取れない土地柄であるため、豆などの他、蕪や
島そのものの生活は豊かではないが、貧しくもない。足りない物も多いが、生きていくのがようやくというほどでもない。エルファ家のように事情があって本土から移ってきた者にとっては、不便な面もないわけではないが、安心して暮らしていくことはできる島だ。
「いまだって、連中はなにか理由をつけて見せしめ代わりに、あの辺りを焼き払っているんだ。この島は元々古い信仰が根強く残っている場所なんじゃないか? 教会も自分たちの勢力を強めるためにも、いずれはこの島の古い信仰を根絶やしにするつもりだったはずだ。悪魔召喚の預言は、連中にとって格好の機会となったわけだ」
「全部、お父様のせいだというの?」
父がカイロスの召喚に成功しなければ、この島に本土の教会から鏖殺師や他の聖職者たちが乗り込んでくることもなかったのだろうか。自分たちがこの島に越してこなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。
「機会を与えてしまったというだけだ。もしお前の父親がこの島で魔神召喚の研究を続けなかったとしても、いずれはなにか理由を付けて天主教の連中は島の者から古い信仰を奪っただろう」
淡々と燃やされていく大地を眺め、カイロスは断言した。
「そもそも天主教は、この世界の唯一神になろうと野望を抱いた名も無き神の一柱が、地上に召喚されたことから始まったことを知っているか?」
「……いいえ」
カイロスに視線を向けたメルローズは、首を横に振った。
天主教については、信徒でないため元々詳しくはない。
「この世には多くの魔神や精霊が存在しているが、俺のように名を持ち、力のある神は少ない。ほとんどは名前などなく、力も持たないような神々だ。精霊のように力がなくとも地上に存在することができればまだいいようなものだが、名も力も持たない神など、
そんな名も無き神の一柱が地上に現れる機会を得た、とカイロスは語った。
かつて魔術師は、現在のような魔法陣で魔神を召喚するだけではなかった。様々な手法によって神々を召喚しており、そのうちのひとつが地下へと魔法で紡いだ糸を垂らす方法だった。魔法陣であれば召喚すべき神の名をあらかじめ知っておく必要があったが、糸を垂らすだけであれば、名も知らぬ神であっても釣り上げることが出来る。まるで魚でも釣るような要領で、ある魔術師は地下に潜む名も無き神を地上へと呼び寄せ、契約した。
神には名がない。それゆえただ『
魔術師も神も、お互いに力を持たない弱小な存在だった。
その当時から魔術師には派閥があり、エルファ一族のような古くから強い神々を召喚できる魔術師もいれば、すでに廃れてしまった魔術を細々と受け継ぐ魔術師もいた。『神』を召喚した魔術師は、その後者だった。
この魔術師が釣り上げた『神』は神の力らしきものは片鱗もうかがわせることがなかったが、万象の書の存在を魔術師に伝えた。司書ほどではないが、かなりの内容を暗唱することができる記憶力を持っており、魔術師に世界の仕組みを伝えた。魔術師はこの『神』の知識を利用し、魔術ではなく信仰によって力を得ることを企んだ。
魔術師は『神』を唯一神として祭り上げ、人々に信仰を説いて回った。
魔術を否定し、他の神々を否定し、ただ『神』に対する信仰だけが清く尊いものであるという教義を成立させた。
それまで魔術師を中心に成立していた社会の仕組みに疑問を抱いていた人々は、この教義に共鳴し、やがて唯一神である名も無き『神』を信仰するこの宗教は、天主教と呼ばれ、多くの信者を獲得するまでに至った。天上天下、
やがて名も無き神は、唯一神として世界に君臨するため、他の神々を誅殺する行動を起こした。力なき自分たちが生き残るため、力ある神々を倒してしまわなければならないと考えたのだ。『神』は万象の書に記されていた聖賢の剣を探させた。あらゆる神を殺すことができるこの剣は、万象の書によればかつて神々による
魔術師は預言者として、『神』の言葉を人々に伝えるようになった。
神と契約した魔術師は、魔力そのものはほとんどなかったが、ほとんど不死に近い肉体を得た。いまでも教会本部の最奥の間で、最高位の聖職者として生きている。
長い時を生きている預言者がどのような姿となっているかは、預言者の世話をすることを許された高位の聖職者たちしか知らない。彼らは、預言者の預言を自分たちの教義に沿うよう解釈し、行動する。
そのひとつとして、悪魔祓いが行われるようになった。
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