第三章 6

 『ディー』と預言者は自分たちの勢力を強めることに熱心だったが、配下の聖職者の中には財を増やすことに熱意を燃やした者もいた。教義を利用していかに財力をつけるかを検討した結果、浄化という名目で人々の財産を没収することを思いついた。寄進を奨励し、それに従わない場合は悪魔憑きとして私財を奪うのだ。この手法は、悪魔として他の神々を抹殺したい『神』の本意に沿っていたこともあり、奨励された。

 人々は、いったん悪魔憑きと聖職者たちから指摘されれば、多額の寄進をして悪魔祓いをして貰うまで、異端者として扱われるようになった。寄進を拒めば、宗教裁判にかけられ処刑された。財産はすべて没収され、浄化が終わるまで教会の資産となった。この方法については、当初各国の統治者が難色を示したが、教会が王侯貴族に『浄化が済んだ』土地や財貨を贈るようになると、途端に口を噤むようになった。


「『神』はいまでも世界で唯一の神となるため、信徒たちを使って神殺しを続けさせている。預言者は魔神が召喚されるのを察すると、鏖殺師を派遣し、魔神を殺させようとする。『神』も地下にまでは手を出せないため、他の神々が地上に現れるのを待ち伏せるようになったんだ。魔術師を全滅させないのは、他の神々が地上に召喚される機会を残すためだ。万象の書では、神々が地上の生命に干渉する機会を細かく定めており、無闇に地上に姿を見せられるものでもない。かといって、魔術を否定する自分たちが魔術師を育成するわけにもいかず、いわば他の神々を殲滅させるために一部の魔術師は生かしている状態だ。お前の一族もそのために生きながらえた」


 もっとも、最近では地下の神々の数も減ったが、とカイロスは残念そうにぼやいた。

 天主教の『神』と預言者の熱心な布教活動と悪魔抹殺活動の結果、多くの神々がこの世から消されたのだという。


「だから、魔法陣で召喚を試みても、まったく反応がなかったの?」

「それもあるが、魔神たちも用心して地上からの召喚に応じなくなった。天主教の『神』は我々から見ればたいした力もない存在だが、万象の書に記された『万象の約定』に従ってあれだけの勢力となった。我々も『万象の約定』に従うとなれば、いくら力があってもそう簡単にあの『神』が邪魔だからといって地上から抹殺できるものでもない。神々が地上で戦うにはそれなりの取り決めがある。結論からいえば、人を介した代理戦争としなければならない。つまり、こちら側もそれなりに戦える者を集めなければならないのだ」

「天主教の『神』を殺すのは、人でなければならないということ?」

「そうだ。地上での神殺しは、人の手で行わなければならない。だからこそ、『神』と預言者も、鏖殺師などという者を使って、神殺しを実行しているのだ」


 聞いているうちに、ぞくりとメルローズの背筋に悪寒が走った。

 世界の仕組みが『万象の書』に縛られているのであれば、いまのままでは天主教によって神殺しは続けられることになる。神が天主教の『神』の一柱を残して存在しなくなれば、魔術師もこの世から消されることになる。

 エルファ家の繁栄どころではない。

 魔術の存続の危機だ。


「面倒事に巻き込まれるのを嫌がる神々の中には、魔術師の召喚に応えないものも多い。俺のように、危険を承知で召喚される神は減った」


 その理屈でいくと、カイロスが召喚に応じたため、父は死に、アルジャナンは身体を奪われ、島は天主教の聖職者たちによって焼かれていることになる。

 魔神を召喚しようとしたクラレンスが元凶なのか、クラレンスの召喚に応じたカイロスが元凶なのか。

 いわば両者の利害が一致した結果がこれ、ということなのだろう。


「なんであなたは、お父様の召喚に応じたの?」

「退屈だったからだ」


 炎を上げて次々と燃え広がる畑に視線を向けたまま、カイロスは素っ気なく答えた。


「それに、地上の魔術師たちは減る一方だ。この機会を逃せば、俺が地上に召喚されることはないかもしれない。ちょうど、名も無き神が熱心に神殺しをしているという地上にも興味が湧いていたところだ」


 傍迷惑な理由ではある。


「召喚に応じて地上に留まるためには契約に応じなければならないし、万象の書の『万象の約定』に縛られることになる。それでも俺は、この地上の変わり様を見てみたかった」

 空を覆う雲は、ますます赤く染まりつつあった。


「魔術師の一族の繁栄が、契約者の望みだ。天主教が一大勢力としてのさばるこの地上で、魔術師たちが力を取り戻すなど、考えただけでも興奮する。魔術師が増えれば魔術師は大勢の神々を召喚し、やがて人間を操った神々による代理戦争が起こるだろう」

「世界が無茶苦茶になるわ。それに、うちの一族はもう途絶えたも同然なのよ」


 アルジャナンが無事であれば、エルファ家の魔術も次の世代に伝えることができたかもしれない。なぜカイロスが憑いたのが自分ではなく、アルジャナンだったのか。

 メルローズは恨めしげにカイロスを睨んだ。


「お父様の資料も研究用の書物も、全部失われてしまったわ。オリヴィエのところにあった物もタラムスによって破棄されてしまったし。エルファ家は繁栄どころか、絶滅よ」

「この俺と契約した以上、必ずお前の一族を繁栄させてやる。天主教や名も無き神など、俺の敵ではない。ふたたび世界で魔神たちが召喚される時代にしてやる」


 胸を反らし、自信に満ちた表情でカイロスは宣言した。


「無理よ」


 力なく、メルローズは呟いた。

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