第二章 3

「じゃあ、もしあの鏖殺師おうさつしがお父様の魔神召喚を邪魔したとしても、それはあなたがこの地上に召喚される日が先延ばしされるだけだから、さっさと決着をつけるためにも魔神は召喚させてしまえ、ということ?」

「要約するとそんなところだな」

「でもそれなら、もしあの男がお父様が魔神を召喚するのを止めに現れていたら、お父様はまだ生きていたかもしれないということ?」


 虫がいい話ではあるが、イアサントが魔神召喚の代償として召喚者が魂を喰われることを知らなかったとしても、彼がクラメンスを止めてさえいれば、メルローズは父とアルジャナンを失わずに済んだということになる。


「もしあの男が今回俺の召喚を未然に防いだとしても、一時しのぎにすぎないということだ。この地上で魔神を召喚できる魔法陣を描ける者はごく一握りだ。しかも、魔神を召喚できるだけの魔力を持つ者もいまとなっては数が限られている。両方の条件を兼ね備え、俺の召喚に成功できる者は、現在この地上でお前の父親をおいて他にいないはずだ。だからこそ、いずれはまたお前の父親は俺を召喚するために魔法陣を描き、遅かれ早かれ召喚に成功して俺に魂を喰われていたということになる。どのような道筋を辿るにせよ、結末は代わらないものだ」


 さらりとカイロスがメルローズの希望を打ち砕く。


「じゃあ、なんのために預言するのよ」

「迅速な対応をするためだろう。あの男のように」


 カイロスはイアサントを顎でしゃくった。


「速やかに敵を探しだし、できるだけ早く抹殺する。それが鏖殺師たちの任務だ。連中がいうところの悪魔を祓うまでにどのような犠牲が出ようとも、奴らには関係ない。組織が命じるまま忠実に悪魔憑きと呼ばれるものを殺していくだけだ」

「アルジャナンはまだ生きているのに、悪魔が憑いたと言って祓う努力もせずに殺すというの!?」


 メルローズが叫ぶと、カイロスは冷ややかに告げた。


「いったん悪魔に憑かれれば、助かる道はない。だから祓うなど時間の無駄。被害を最小限に抑えるためにも、憑かれた人間ごと悪魔を殺してしまうのは一番確実。それが、愚かなあの連中の言い分であり効率的だと考えるやり方だ」


 悪魔と呼ばれようがけなされようが、自分が魔神の中でも高位であるという矜持がカイロスの中にはあるらしい。


「冗談じゃないわ! わたしは絶対にそんなことは認めない!」


 だんっと足を踏みならし、メルローズは憤慨した。


「ちょっと! そこの無能な鏖殺師っ!」


 イアサントに向かって指を突きつけ、声高に叫ぶ。


「私は祓魔師だ。そのような不快な名で呼ぶな」


 ぶっきらぼうにイアサントは反論したが、メルローズは耳を貸さなかった。


「あなたはこの悪魔は祓えないと断言したけれど、人間と契約した魔神は契約が完了すれば消えるんだから! あなたは悪魔のことには詳しいようだけれど、魔神については専門外でしょうが! 悪魔と魔神の区別も付かない者が、神の預言なんてものに踊らされて罪もない人間を殺すなんて絶対に認めないわ!」


 その挑戦的な態度に、イアサントが顔を顰める。


「で、具体的になにをする気だ?」


 さすがにカイロスもメルローズの勢いに気圧された様子で尋ねる。


「もちろん、魔神との契約を無効にする方法を探して、アルジャナンの助けるのよ!」

「そのような愚行を、私は認めない。悪魔を逃がすなど」


 強い口調でイアサントが断言する。


「この場でいますぐ決着をつけてやる。覚悟しろ」


 剣を握り直したイアサントは、灰色の雲で覆われた空に向かって刃先を突き上げる。


「聖賢の剣よ! 我は請う! 聖なる雷で、この悪魔と異端者に鉄槌を下したまえ!」


 イアサントが朗々と唱えると、彼の真上の辺りに墨色に近い積乱雲がわき起こる。


「……あれ、なに?」


 メルローズは自分の目を疑った。


「雷をここに落とす気らしい。まずいな」


 雲の隙間で稲光が走る。ゴロゴロと雷鳴も鳴り響き始める。


「なんで祓魔師ごときがそんなことできるのよ! 魔術師じゃなくて、ただの聖職者なんじゃなかったの!? あの剣はいったいなんなのよ!」

「だから、あいつらは敵を倒すためには手段を選ばないんだ。こんなところに雷を落としたら、あいつだって黒焦げだっていうのに、本当に容赦ない連中だな」

「どうするのよ!?」


 振り返り、カイロスのシャツを掴んでメルローズはわめいた。

 徐々に暗雲が垂れ込め、雲間では電光が弾ける。

 強い風がイアサントの足下から沸き起こり、彼の長衣の裾や髪がひらひらと踊る。

 空気中の静電気量が増えているためか、メルローズは自分の顔や腕などの皮膚にぴりぴりとした刺激を感じた。気圧が変化しているのか、耳の奥がキンと詰まったようになり、唾を飲み込む。


「そうだな。まぁ、ひとまず逃げるか」


 やれやれ、とため息をつくと、軽く腰を落としたアルジャナンは、メルローズの膝に両手を回し、そのまま肩の上まで抱き上げた。


「なにするのよ!」


 肩に担ぎ上げられた格好となったメルローズは、両足をばたつかせてカイロスの胸を蹴り抗議するが、当然ながら無視された。


「逃がさん!」


 激しい怒声とともに、イアサントは勢いよく剣を振り下ろす。

 ぶんっと空気を切り裂く音が響くと同時に、雲の中から落ちてきた閃光が剣先に宿る。


「ちょっと! あの人、本当に人間!? あんな精霊を酷使しまくった荒技、いまどき魔術師だってできないわよ! 絶対おかしいわよ! 実は彼の正体って祓魔師に取り憑いた魔神じゃないの!?」


 いくら聖なる剣とはいえ、とても人間の所行とは考えられない荒技に、メルローズは悲鳴を上げる。


「聖賢の剣であんな物騒なことできるなど、俺も聞いたことないぞ。百年ほど俺が地上と疎遠になっているうちに、剣が進化したのかもしれんが」

「あんなふざけたことができるなんて、聖剣どころじゃないわ! 呪われた剣よ! 魔剣だわ!」

「舌噛むから黙ってろ。あと、耳を押さえて目も瞑っていろ」


 恐慌状態のメルローズの口を閉じさせると、アルジャナンは走り出した。

 同時に、真っ白な稲光が襲ってくる。

 慌ててメルローズは言われた通り両手で耳を押さえ、瞳をきつく閉じた。

 激しい衝撃が空気を震わせる。

 はっと息を飲んだときには、周囲が轟音と閃光で溢れていたが、なぜか「くそっ」とカイロスが毒づく声だけは、鮮明に聞こえた。

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