知恵の実のなんと美味しいことか。
五木史人
人にさよなら 獣にこんにちは
人類は、知恵の実を食べたはずだった。
神への反逆の結果、その効能が薄れ始めているらしい。
今となっては、神への反逆が何を意味するのかすら解らない。
そして、少しずつ文明を維持する能力は失って行った。
半導体と呼ばれていた装置は、作れなくなってしまった。
技術者たちはどうやったら作れるのか、解らなくなってしまったのだ。
製造マニュアルは存在するのだが、それを理解する解読力が喪失していた。
何を書いているのか、解らないのだ。
そして人類は、獣になりつつある。
まだわたしは人でいられている。
そして、今、瓦礫の下に身を潜めている。
銃を持った獣から逃れる為に。
肉食の猛獣のような雄叫びを、あげながら走る獣だ。
元々獣の様な人間は、獣化が激しいらしい。
わたしは棍棒を持っていた。
その姿は、まるで猿人。猿人ならましな方だ。
銃を持った獣の背後に回り、獣の頭に一撃を加え、武器を奪った。
「ふう、銃を手に入れた」
これで弾丸が持つ間は、良い暮らしが出来る。
人間らしい暮らし。
人間でなくなれば、それも無理だろう。
獣になりたくない。
噂によれば賢者の里に辿り着けば、なんとかなると言う話は聞いたことがある。
わたしはモトクロスバイクを手に入れ、その里へ向かった。
ガソリンが持つだろうか?
行き先々で獣同士が殺し合い食らい合っていた。
まだどこかで農業をやっているのかは解らないが、流通が途絶えた以上、食料は絶望的だ。
どのくらい走ったかは解らない。
どうやらその里らしき場所に近づいたのが解った。
自家発電らしき灯が見えた。
人間らしい暮らしだ!
だが獣らしき集団が、獲物を狙う肉食獣のように、襲い掛かっていた。
「解らないのか!?」
獣にはその人間らしい暮らしの価値が解らないのだ。
わたしはバイクで突入した。
何か!人の暮らしの欠片が手に入るかも知れない。
走らせると人の少女が獣に襲われていた。
人の少女は明らかに知性の輝きを秘めていた。
わたしは残り少ない弾丸を使い、獣を撃ちまくった。
途中、弾切れを起こしたが、恐怖に駆られた獣は逃走した。
「大丈夫ですか?」
わたしは言葉を発した。きっとたどたどしく聞こえたはずだ。
わたしは賢者の里の少女と視線を合わせた。
懐かしい文明の香りがした。
「知恵の木を!知恵の木を守らないと!」
「知恵の木?」
そう言う事が、知恵の木がこの里の知能を守っていたのか。
「乗ります?」
わたしは少女を誘った。
「はい」
里は獣の群れの襲撃にあっていた。
中央広場にある建物の中庭に、その知恵の木はあるらしい。
しかし、その建物は燃え上がっていた。
何かが引火したのかも知れない。
「お願い行って」
少女に言われるまま、建物に突入した。
人で居られるかの瀬戸際なのだ。
建物を抜けると中庭が見えた。
すでに中庭は炎に包まれていた。
知恵の木に近づくと、ちょうど上から知恵の実が落ちてきた。
終わりを悟った知恵の木が、知恵の実を託したのかも知れない。
知恵の実を掴むと、わたしたちは建物を脱出した。
もしかすると、わたしは人でいられるかも知れない。
完
知恵の実のなんと美味しいことか。 五木史人 @ituki-siso
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