白い花 一
今夜もまた、救急車が…。
どうやら、近くらしい。
その夜の玄関チャイムは続けざまに鳴った。さらに、ドアすら叩かれた。
何事だろうかと、玄関に向かったのは、耕平の後援会長の息子、孝之だった。美加の誕生パーティに招待されたのだが、今日も父の運転手であるからして、酒は飲んでない。他の大人たちは、皆かなり飲み、動きそうになかった。
「美加ちゃんが、石段から落ちて、救急車で運ばれ…」
ドアが開くのももどかしく、息せき切った中年女の声がした。
「えっ、美加ちゃんなら家にいますよ」
「えっ、じゃあ、あれは…。いや、確かに美加ちゃんだった。白いワンピ、ドレス着てた」
「美加ちゃん!」
孝之は叫んだ。
----おかしいな。つい、さっきまでいた筈なのに。
「美加ちゃんっ。あの、今探してきますので、どうぞ、中へ。あ、美加ちゃん見なかった?」
利恵は首を振った。それが精一杯だった。
誰あろう、美加の帰りを待ちわびていたのは、他ならぬ、利恵であった。それこそウキウキ、ワクワクで待っていた。
それなのに、一体、何があったと言うのだろう。
「美加ちゃんいませんかぁ」
「大きな声出して、どうしたんだ」
「それが、今、近所の人が美加ちゃんが石段から落ちて、救急車で運ばれたって」
「えっ!!」
それから、美加探しが始まったが、美加は家のどこにもいなかった。
「部屋にもトイレにもいない」
「とにかく、病院に行ってみましょう。孝之、運転頼む」
「はい」
と、孝之は駆け出して行った。
「どうして、こんな時間に美加ちゃんが外へなんて…」
「私も病院に行くわ」
「いや、お義母さんは、家にいて下さい。ひょっとして、美加が戻って来るかも知れない」
「そうね、それがいいわ。何かの間違いだと思うけど、病院へは私と耕平が行くから」
と言って、真紀と耕平は孝之の運転する車で病院に向かった。真理子は近所の主婦に上がってもらい、状況を聞くことにした。
坂道を挿んで、片側は新しい家が建っているが、反対側には少し古い家も残っていた。特に上の方になると道も狭く車が入れないところもあり、その辺りの住人はバス停近くの駐車場を利用している。今夜もそんなサラリーマンの一人が、ちょうど石段のところまで来た時だった。
最初に白いものが目に入り、それは一瞬、月明かりに横たわる白い花のように見えた。何だろうと近づいて見れば、そこには、白いドレス姿の若い女と言うより、少女が倒れていた。
「おい、どうした」
少女が弱弱しい声で何か言ったが、それより救急車を呼んだ。救急車がやってくる頃には、近くの家から人が出て来た。
「まあ、美加ちゃんじゃない」
「美加ちゃん、しっかりして」
「大変、すぐに知らせてあげなきゃ」
と、やって来たと言う訳だ。
「利恵。美加ちゃんと一緒じゃなかったの。気が付かなかった」
「私は、何も…。トイレに行ったんだと思ってた…」
「真理子さん、タクシー呼んでもらえませんか。気になるので、私たちも病院に行ってみます」
美加の母、加代の実兄だった。妻、息子娘とともに招待されていた。
「じゃ、もう一台呼んで」
耕平の妹の悦子が気だるそうに言った。そして、残ったのは、真理子と利恵。
「利恵、本当に知らないの」
「うるさいわね。知らんもんは知らんわ!」
「そんな、うるさいって。みんな、美加ちゃんを心配してるのに、その言い方はないでしょ」
「だから、知らないものは知らないって言ってるじゃないの!」
「だって、利恵たちと一緒にいたんじゃないの」
最初こそ、皆でテーブルを囲み、美加を中心に話をしていたが、やがて、大人たちと、若者グループに分かれ、真理子も気分良く酔っていた。
「やあ、真理子さん。いつも美加をかわいがっていただき、ありがとうございます」
美加の伯父だった。
「そうですよ。美加ちゃんから聞いてます。お婆ちゃんがやさしくしてくださるって」
伯父の妻も言った。
「いいえ、美加ちゃんはしっかりした、いい娘さんです。もう、加代さんのお人柄がしのばれます」
「そう言っていただくと、嬉しいです。いや、正直言って私達も最初は心配してたのですよ」
妹・加代の死後、半年ほどで耕平は再婚した。その再婚相手と言うのが、シングルマザーとは言え、派手な若い女だった。だが、その女の母も同居することになった。
美加は若い継母より、義祖母の方に親近感を覚え、二人はすぐに意気投合した。
「それに、真紀さんはホテルの仕事を頑張ってるそうじゃないですか」
と、真紀にも好感を持ってくれているのが嬉しかった。
そう言えば、利恵の話がなかったのが、今は利恵も美加と仲良くやっている。
今夜のパーティーにしても、そのほとんどを利恵が取り仕切った。ケーキの注文から、飾り付けまで、何よりも熱心だったのが、美加のドレス選びだった。ネットで探したのは、真っ白ではないけど、生成りでもなく、ちょっと抑えた感じの白色のドレスだった。
「わあ、素敵ぃ…。これで、後はベールがあれば、姉さん、花嫁さんみたい」
「だから、利恵。白は美加ちゃんの結婚の時にって言ったじゃない。他の色にすればよかったのに」
「そんなことないわよ。このドレス見た時、絶対これだと思ったの。ほら、今日の姉さんにぴったりじゃないの。でしょでしょ」
恥ずかしそうにしていた、美加の顔が目に浮かぶ。
それにしても、まだ連絡はない。ケガの治療ならもう、終わってるのでは。それとも、思ったより重傷なのだろうか。いやいや、そんなことはない。夢にもない。
早く、連絡、来て…。
----もう、あのバカ。早く電話に出ろっ。それにしても、一体何をやったんだろ。美加が石段から落ちるだなんて…。ああ、私も病院に行けば良かった…。
利恵は部屋を歩き回った。とても、じっとしてられない。本当に、
渉は利恵が中学の頃、付き合っていた高校生である。真紀が耕平と結婚する前、真理子が二人を別れさせたが、少し前に偶然再会した。
そこで、利恵はある計画を思いついた。その実行日が今日の美加の誕生日だった。なのに、ちゃんと電話で確認取ったはずなのに、肝心の美加が石段から落ちるとは…。
渉に電話するために、自分の部屋に駆け込んだが、電話もつながらない、メールも無視。さらに、病院からも連絡がない。
いつの間にか、利恵は頭を掻きむしっていた。どうすることも出来ない、このもどかしさ…。
だが、このまま部屋にいては、また真理子から何か言われてしまう。ここは真理子の側にいた方がいいと、利恵は部屋を出た。階下が静かだと言うことは、まだ、連絡はないのだろうか。
「お婆ちゃん!」
そこには放心状態の真理子がいた。
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