白い花 二

「お婆ちゃん!どうしたのよ!しっかりして!」

 

 真理子は何か言ったがよく聞き取れなかった。


「お婆ちゃん!」


 利恵りえは真理子を揺さぶった。


「美加ちゃ…美加ちゃ…」

「美加がどうしたのよ!」


 一瞬、ひょっとしてとの思いがよぎったが、そんなことはないと否定しつつ、真紀に電話した。


「ママ、お婆ちゃんがおかしいのよ。なんか、ぼおっとして。何かあったの」


 今度は利恵が言葉を無くす番だった。

 何と、美加が亡くなったと言う…。

 まさか、そんな、そんな…。




*****************


 一体、何があったと言うのだ。

 誰が、誰が、殺せと言った。


 いや、これは単なる事故だ。

 誰が考えても、石段から足を踏み外した事故だ。


 ならば、いっそ死んでくれた方がいいのか。


 そうかもしれない。


 死んでくれた方が…。


 それにしても、まだ、携帯は繋がらない…。


***************




 やっと、あきらとで電話が繋がった。利恵は急いでトイレに駆け込む。


「ちょっと、何てことしてくれたんだっ。こっちは大変な事になってんだから」

「ああ、済まん済まん。それがな、サトミの奴がお前と俺のこと疑ってな。それがもう、うるせえの何のって」

「そんなサトミの事なんかどうでもいいわっ。それより、一体何があったと言うのっ」

「だから、そのサトミがやって来て、お前とのこと、変に疑ってよ。それでどうにもこうにも…」


 サトミと言うのは、今、昭が付き合っている女であり、そのことは利恵も知っている。


「だからっ、サトミの事なんか、今どうでもいいってっ」

「いや、それ言わなきゃ、話は先行かない」

「だからぁ!」


 つい、利恵は声が大きくなった。今は家には真理子しかいないが、いくら真理子が美加の死のショックでぼんやりしてるとは言え、やはり、真理子には聞かれたくないし、こんな時に自分の部屋に駆け込んでは、後で変に思われてしまう。だから、トイレで小声で話しているのに、どうにも話が嚙み合わないから、つい、声が大きくなってしまう。


----いけない。落ち着かなくては。

「あ、ゴメン。それで、サトミがどうしたのよ」


 今夜、昭がようとした時だった。サトミがやって来るなり、昭の胸倉を掴まんばかりの勢いで、追い詰めて来た。それは、昭と利恵の仲を邪推しての事だった。確かに、ここのところ、昭と利恵はよく会っていた。ただ、それはあるのためなのだが、サトミはそれを浮気と思ってしまったようだ。

 昭は必死で否定するが、嫉妬に狂ったサトミにはそれが通じない。一刻も早く出かけなければならない昭であるが、それなら自分も付いて行くと言い出す。それだけは出来ない。絶対にダメである。

 その後も何とかサトミをなだめようとしたが、さっぱり聞く耳を持たないどころか、今夜はどこへも行かせないと言う。


「そんなわけで、身動き取れなくてよ」

「それなら、どうして連絡しないのよっ」

「それが、スマホも取り上げられ、トイレにまで付いてくる始末なんだから」

「まさか、ガラケーを見られたんじゃ」

「それはない。大丈夫だ。だから、こうして電話してるんじゃないか」


 今回の計画のやり取りはスマホではなく、ガラケーだった。

 スマホ全盛の今でもガラケーは使える。まだ、機種も販売されている。


「えっ、それで今、サトミは」

「今、コンビニで買い物をしている。だから、車の中でこうして電話、あっ、サトミが戻って来た。じゃ、また」

「そんな女とはさっさと別れなっ」


----ああ、やっぱり、事故だったんだ。でも、まさか、死ぬとは…。


 その時、何か空恐ろしさを感じた。



 




 美加が来た…。

 真理子はひつぎに取りすがり、狂ったように泣いている。耕平はうなだれたまま。そんな中、真紀が葬儀からすべて取り仕切った。


 利恵は、恐る恐る柩を覗いたが、すぐに目を背けた。意識して人の死に顔を見たのは初めてだった。

 やはり、気持ち悪い…。

 真紀があまりに白い、美加の顔にチークを施していたが、利恵にとってはどうでもいいことだった。それよりも、葬儀の間中、ひょっとして美加が起き上がって来るのではないかとの思いに苛まれていた。

 

 やがて、美加は小さな骨になった。

 本当は、こんなことが目的ではなかった。本当は…。


 








  






























 

 






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