利恵 二

 確かに家の外観と窓からの景色は悪くはないけど、これも、もう見飽きた。また、いくら、外観が良くても、バス停は遠いし、さらに、坂道と来ている。

 最初にお婆ちゃんに連れられてこの家を見た時は、こんなすごい家なら、お手伝いさんがいて、学校の送り迎えもしてもらえると思った。それなのに、実際はお婆ちゃんがお手伝いさんのくせに、ガミガミうるさいし、送り迎えも無し。毎日、バス停までの坂道、特にのぼりがこの上なく疲れる。ママはホテルの仕事がが口癖。本当は自分の車であちこち行ってる癖に。そこへ持って来て、この家には似つかわしくない雑種の犬がいる。美加が桃子とか言う友達から押し付けられたものなのに、この犬の名が「リク」だなんて、呆れてものが言えない。いくら、あの上田陸りくから見向きもされないからって、こんな貧相な犬に、リクと言う名前をつけるなんて、もう、笑う気さえ失せ失せってもんだ。そのくせ、この犬、私には寄り付きもしない。

 そう、ここに、この家に来てから、私はいつも一人…。



 夏休みになった。

 家の中は、相変わらず面白くないけど、家の外では、まずまずってとこ。確かにこの大きな家と、ホテルの社長の娘と言う、のお陰で、学校ではそこそこ知られた存在。


はいいよねえ」

「ホント、うちみたいな貧乏と違って」


 アンリエとは、私の名前を縮めたもの。


「まあ、家だけはね」

「そんな家だけだなんて、家だけでも大したものなのに「別荘」もあるじゃない」

「別荘?そんなのないわよ」

「まったまた、あるじゃない」

「そうよ。ホテルと言う名の、別荘」

「いつでも泊まれるんでしょ」

「いいわねえ」

「ないない」

「ああ、やっぱり、宿泊はお客優先かぁ」


 そんな、ホテルが満室になるなんて、それこそ滅多にないことだ。また、一度として泊めてもらったことなんて無い。ホテルの内情を何も知らないくせに。のん気なんだから、この子たち。


「でも、レストランなら、フリーパスよね」

「そう。私たち、ホテルのレストランなんて行ったことないし…」

「行ってみたいよね」

「そりゃあ、行ってみたいわよ」


 私だって、レストランに行ったのは一度きり。それもコーヒーとケーキだけ。ホント、うちの、安藤の連中って、美加には金使うくせに、私にはケチなんだから。何も知らない彼女たちがある意味、羨ましい。


 どうやら、傍目には、私はすごいお嬢様で、優雅に暮らしているとみられてるようだ。実際は違うのに。

 でもさっ、まあ、悪い気はしないけど。気はね…。


 その後も彼女たちの、ホテルのレストランに、行きたいコールは続いた。要は、連れてけってこと。ここまで言われたんじゃ、私も知らん顔は出来ない。

 ある日の午前11時。ホテル前に召集を掛けた。みんな精一杯のおしゃれしてやって来た。


「いいこと。ファミレスじゃないんだから、あまり大きな声は出さないでよ」

「わかってるって」

「それくらい、わきまえてるって」

「大丈夫だから、早くはいろ。いえ、入りましょ」


 まだ、ちょっと早い時間のせいか、客はいなかった。最初こそ緊張気味の彼女たちだったが、その後、新たな客が入り、料理が運ばれてくる頃にはわきまえつつも、その食欲は旺盛だった。


「おいしかった」

「ごちそうさま」


 と言うことで、レストランを出ようとした時だった。


「あの、お会計を」

「はっ?なに言ってんの。私はここの」

「お会計を」

「あんたさぁ。私のこと、知らないの。私はこのホテルの社長の娘よ。失礼にも程があるって言うもんでしょ」

「先ずは、お会計を」


 そうこうしていると、ウェイターやウエイトレスもやって来て、何やら言っていた。そこへ、ママがやって来た。


「ママぁ」


 そうだった。ママはこの時間はレストランにいる筈なのに、気が付かなかった。


「利恵、こんなとこで何やってるの!」

「何って、みんなで食事してたの。そしたら」

「実は…」


 と、レジ係の女がママに何やら言っていたかと思うと、すぐにママの目が吊り上がった。そして、友達はすぐにレストランから追い出され、ママは私の腕をつかんだ。


「ママ、痛いじゃない」


 ママはずんずん私を引っ張っていく。レストラン奥の洗い場、厨房から事務所へと引っ張られ、立ち止まったかと思えば、いきなり、ほっぺたを引っ叩かれた。

 

「何すんの!」

「まだ、自分が何やったかわからないの!」

「別に」

「本当に、顔から火が出たわよ!」

「何が」

「何がじゃないわよ!よくも無銭飲食なんかやってくれたわね!それもこの忙しい時間帯に」

「無銭飲食?何のこと」

「ああ!もう、駄目!裏口で待ってなさい!」


 何が何だかわからないままに、裏口で待っていると、ママの車がやって来た。乗り込んだ私は早速に聞いた。


「どこ行くの」

「うるさい!」


 何のことはない。着いたところは家だった。それなのに、ママの形相はそのままに、お婆ちゃんの前に連れて行かれた。そして、何か喚いてたかと思えば、今度はお婆ちゃんの顔が変わった。


「利恵っ!何てことしてくれたの!」

「何よ。ちょっとくらいいいじゃない」

「何がちょっとよ!」

「何なのよ。ちょっと、友達と食事しただけじゃないの」

「食事をして、金も払わずに出ていく。それを何と言うか知らない。無銭飲食と言うの。よくも、そんな恥知らずなことをやってくれたわね!」

「だって、私はホテルの社長の娘よ。娘なら、それくらい当然じゃない」

「当然な訳ないでしょ!」

「はああぁ。それじゃなに。美加は良くて私はダメって言う訳」

「美加ちゃんは関係ないでしょ」

「何がよ。美加だって、ホテルから学校に通っていたことあるよね。その時は、それこそだったじゃない」

「あの時は美加ちゃんのお母さんが入院してて、家に一人では置いて置けないからってことで。でもねっ、ちゃんとお金は払ってたそうよ。それが経営、商売ってものよ」

「でも、1回くらいいいじゃない。みんな、私がホテルの社長の娘だから、フリーパスだから、連れてけ連れてけってうるさいんだから」

「利恵!!」


 その後も、ママとお婆ちゃんからこっぴどく怒られた。いや、怒鳴られた。それだけではない。更なる、屈辱が待っていた。


 



 


















 






































 


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