利恵 二
確かに家の外観と窓からの景色は悪くはないけど、これも、もう見飽きた。また、いくら、外観が良くても、バス停は遠いし、さらに、坂道と来ている。
最初にお婆ちゃんに連れられてこの家を見た時は、こんなすごい家なら、お手伝いさんがいて、学校の送り迎えもしてもらえると思った。それなのに、実際はお婆ちゃんがお手伝いさんのくせに、ガミガミうるさいし、送り迎えも無し。毎日、バス停までの坂道、特に
そう、ここに、この家に来てから、私はいつも一人…。
夏休みになった。
家の中は、相変わらず面白くないけど、家の外では、まずまずってとこ。確かにこの大きな家と、ホテルの社長の娘と言う、肩書のお陰で、学校ではそこそこ知られた存在。
「アンリエはいいよねえ」
「ホント、うちみたいな貧乏と違って」
アンリエとは、私の名前を縮めたもの。
「まあ、家だけはね」
「そんな家だけだなんて、家だけでも大したものなのに「別荘」もあるじゃない」
「別荘?そんなのないわよ」
「まったまた、あるじゃない」
「そうよ。ホテルと言う名の、別荘」
「いつでも泊まれるんでしょ」
「いいわねえ」
「ないない」
「ああ、やっぱり、宿泊はお客優先かぁ」
そんな、ホテルが満室になるなんて、それこそ滅多にないことだ。また、一度として泊めてもらったことなんて無い。ホテルの内情を何も知らないくせに。のん気なんだから、この子たち。
「でも、レストランなら、フリーパスよね」
「そう。私たち、ホテルのレストランなんて行ったことないし…」
「行ってみたいよね」
「そりゃあ、行ってみたいわよ」
私だって、レストランに行ったのは一度きり。それもコーヒーとケーキだけ。ホント、うちの、安藤の連中って、美加には金使うくせに、私にはケチなんだから。何も知らない彼女たちがある意味、羨ましい。
どうやら、傍目には、私はすごいお嬢様で、優雅に暮らしているとみられてるようだ。実際は違うのに。
でもさっ、まあ、悪い気はしないけど。気はね…。
その後も彼女たちの、ホテルのレストランに、行きたいコールは続いた。要は、連れてけってこと。ここまで言われたんじゃ、私も知らん顔は出来ない。
ある日の午前11時。ホテル前に召集を掛けた。みんな精一杯のおしゃれしてやって来た。
「いいこと。ファミレスじゃないんだから、あまり大きな声は出さないでよ」
「わかってるって」
「それくらい、わきまえてるって」
「大丈夫だから、早く
まだ、ちょっと早い時間のせいか、客はいなかった。最初こそ緊張気味の彼女たちだったが、その後、新たな客が入り、料理が運ばれてくる頃にはわきまえつつも、その食欲は旺盛だった。
「おいしかった」
「ごちそうさま」
と言うことで、レストランを出ようとした時だった。
「あの、お会計を」
「はっ?なに言ってんの。私はここの」
「お会計を」
「あんたさぁ。私のこと、知らないの。私はこのホテルの社長の娘よ。失礼にも程があるって言うもんでしょ」
「先ずは、お会計を」
そうこうしていると、ウェイターやウエイトレスもやって来て、何やら言っていた。そこへ、ママがやって来た。
「ママぁ」
そうだった。ママはこの時間はレストランにいる筈なのに、気が付かなかった。
「利恵、こんなとこで何やってるの!」
「何って、みんなで食事してたの。そしたら」
「実は…」
と、レジ係の女がママに何やら言っていたかと思うと、すぐにママの目が吊り上がった。そして、友達はすぐにレストランから追い出され、ママは私の腕をつかんだ。
「ママ、痛いじゃない」
ママはずんずん私を引っ張っていく。レストラン奥の洗い場、厨房から事務所へと引っ張られ、立ち止まったかと思えば、いきなり、ほっぺたを引っ叩かれた。
「何すんの!」
「まだ、自分が何やったかわからないの!」
「別に」
「本当に、顔から火が出たわよ!」
「何が」
「何がじゃないわよ!よくも無銭飲食なんかやってくれたわね!それもこの忙しい時間帯に」
「無銭飲食?何のこと」
「ああ!もう、駄目!裏口で待ってなさい!」
何が何だかわからないままに、裏口で待っていると、ママの車がやって来た。乗り込んだ私は早速に聞いた。
「どこ行くの」
「うるさい!」
何のことはない。着いたところは家だった。それなのに、ママの形相はそのままに、お婆ちゃんの前に連れて行かれた。そして、何か喚いてたかと思えば、今度はお婆ちゃんの顔が変わった。
「利恵っ!何てことしてくれたの!」
「何よ。ちょっとくらいいいじゃない」
「何がちょっとよ!」
「何なのよ。ちょっと、友達と食事しただけじゃないの」
「食事をして、金も払わずに出ていく。それを何と言うか知らない。無銭飲食と言うの。よくも、そんな恥知らずなことをやってくれたわね!」
「だって、私はホテルの社長の娘よ。娘なら、それくらい当然じゃない」
「当然な訳ないでしょ!」
「はああぁ。それじゃなに。美加は良くて私はダメって言う訳」
「美加ちゃんは関係ないでしょ」
「何がよ。美加だって、ホテルから学校に通っていたことあるよね。その時は、それこそ食べ放題だったじゃない」
「あの時は美加ちゃんのお母さんが入院してて、家に一人では置いて置けないからってことで。でもねっ、ちゃんとお金は払ってたそうよ。それが経営、商売ってものよ」
「でも、1回くらいいいじゃない。みんな、私がホテルの社長の娘だから、フリーパスだから、連れてけ連れてけってうるさいんだから」
「利恵!!」
その後も、ママとお婆ちゃんからこっぴどく怒られた。いや、怒鳴られた。それだけではない。更なる、屈辱が待っていた。
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