第十章 負のスパイラル

利恵 一

 誰が、誰が、殺せと言った…。


 いや、これは単なる事故だ。

 誰が考えても、石段から足を踏み外した事故だ。

 それにしても、まだ、携帯は繋がらない。 

 何やってんだ、あのバカ!!



 もう、忘れたいのに…。

 あの忌まわしい夜の事は、今も鮮明に、頭の中に張り付いている。



 こんな筈じゃなかった…。

 元はと言えば、お婆ちゃんがいけないのだ。



  私の名は、安藤、利恵りえ。高校1年生。面白くもない毎日を過ごしている。あれは中二の冬。お婆ちゃんがやって来て言った。

 ママがホテルの社長と付き合っている。その社長の奥さんは今、病気で死にかけている。何としてでも、その社長とママを結婚させたい。

 ママとその社長が結婚すれば、それこそ、夢のような暮らしが待っていると、散々焚きつけたではないか。

 そのためには利恵も協力しろ。それはもう、喜んで協力した。いや、私の協力があったからこそ、ママの結婚がうまく行ったのだ。

 そして、私もホテルの社長の娘になることが出来た。名も高良たから利恵から、安藤利恵となり、美加と言う姉も出来た。だが、私のはこれだけではなかった。何としても、高校に行けと尻を叩かれ、勉強嫌いの私がもう、半泣きで勉強して、無事、私立の女子高に合格した。

 その時はママもお婆ちゃんもものすごく喜んでくれた。入学祝として、ディズニーランドに連れてってもらったし、からも祝い金をもらった。さあ、これから、本当の「夢ぐらし」が始まると思った。



 思えば、この時がピークだったかもしれない。

 現実は違った。いや、違い過ぎた。

 こんなお城のような家だから、お手伝いさんがいて、高校からは送り迎えもしてもらえると思っていた。この家からバス停までちょっと距離があり、それも坂道、行きはいいけど帰りはきつい。また、美加の高校は近いけど、私は駅で乗り換える。そして、最近バス停が学校前にされたとは言え、遠いことには違いない。だが、そんなことより、薄々は感じていたが、まさか、ここまでとは思わなかった。


「美加ちゃん」

「お婆ちゃん」


 と、お婆ちゃんと美加はすっかり

 二人で語らい、二人でお茶を飲み、二人で台所でママゴト遊びのようなことをしている。お婆ちゃんもすっかり変わってしまった。美加には優しいくせに、私にはきつく当たるようになった。


「美加ちゃんをごらんなさい。何でもちゃんとやってるでしょ」


 と、何かにつけて、比較した。

 それだけではない。ある時、美加の部屋のドアが半開きになっていたので、声を掛けたがいなかった。トイレにでも行ったのだろうと部屋で待っていた時、ふと、机の上に無造作に置かれた貯金通帳が目に入った。

 好奇心でその通帳を見て驚いた。何と、百万円を超す金が記載されていた。その時、美加が入って来たので、急ぎ通帳をその場に置いたが、やはり、衝撃は大きかった。

 高校生が百万もの金を…。

 この時、これはきっと、パパだけでなく、ママもお婆ちゃんも陰で、美加に金をやっているのだ。そりゃ、私も美加の親戚から入学祝いをもらったけど、美加には日頃から何かにつけて、みんなみんな、金をやっているのだ。そうでなければ、こんなに預金がある筈がない。

 

 ああ、そう…。

 何たって、美加は安藤家の正式な後継ぎなのだ。いくら、パパと養子縁組しているとは言え、所詮は、後妻の連れ子。それもある程度は仕方ない。

 今は別れたが、お婆ちゃんの再婚相手のジジイに実の孫との差を付けられたものだ。だから、それが現実であることも、今の私には理解できるけど、まさか、それに、自分のママとお婆ちゃんまでもがしているとは…。

 もう、悔しくてどうしようもなかった。また、この美加がブスのくせに、八方美人と来ている。いや、ブスだからこそ、周囲に媚びを売るのだ。

 いやいや、本当のところは、自分こそ安藤家の正統であると自負している。そのことに、特にお婆ちゃんは家事をすると言うことで、この家に一緒に住めることになった。それも、ホテル(会社)の社員として。その時は、私も嬉しかった。だが、それには美加の口添えがあったと言うことを後で知った。だからこそ、余計にでも美加の機嫌を取りまくる訳だ。その反動か、私にはきつく当たる様になった。

 それまでのお婆ちゃんは、パート行ってその金で私に小遣いくれたり、何か買ってくれたりしてたのに、今は何も買ってくれないどころか、その金を、美加に回し、弁当のおかずや、おやつまで差をつける。


 もう、お婆ちゃんもママも、嫌い!!

 特に、美加は…。



 そんな頃だった。わたると再会したのは。

 この渉とは中学の頃、付き合っていた高校生。お婆ちゃんがママと今のパパを結婚させるためには邪魔とばかりに別れさせた。最も、その時、いくらか貰った渉は大喜びだった。

 その渉と久しぶりに会った。



 相変わらず、湿気たつらの、渉だった。


「お前はいいよな。金持ちの娘になれて。さぞかし、笑いが止まらんだろうよ」

「もう!そんなんじゃないよ!」


 私は今の暮らしの不満をぶちまけた。


「へえ。優雅にお嬢様暮らしをしてるのかと思った」

「だから、ママもお婆ちゃんもひどいんだったら」


 渉も両親は不仲だし、職場も面白くないと言っていた。その時は、互いの不満を言い合い、連絡先を交換して別れた。


 さらに、中学を卒業して以来、美優みゆとも偶然会った。この美優は、お婆ちゃんの再婚相手の孫。同い年と言うこともあり、最初は仲良くしていたが、を知ると、美優は私に対してマウントを取るようになった。また、このジジイもあからさまにその差を付けた。そんな悔しさに耐えていた頃、ママの再婚により、その立場はついにした。

 また、パパが、来年の市会議員の選挙に立候補すると言う。そこで、パパの支援者の息子、孝則と付き合うことにした。その一番の理由は車を持っていること。無論、毎日とは行かないが、学校への送り迎えをしてくれ、ドライブにも連れてってくれる。

 だが、この程度で満足するような私ではない。何より、美優をしておくつもりはない。そこで、計画を練り、渉とその取り巻きにやらせた。これはうまく行った。

 渉たちに、美優を襲わせ写真を撮り、それを周囲にばら撒いた。

 レイプ写真をばら撒かれた美優は外も歩けなくなり、一家で引っ越したと聞いた時は笑いが止まらなかった。やられたら、その何倍にもしてやり返す。それが私、安藤利恵のやり方。

 そんな私を散々バカにした罰だ。その後の美優は、当然高校をやめ、今は美容学校に通っているとか。 

 これで少しは気が晴れた。ほんの少し…。















 










 










 










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