やはり、どうして

----美加ちゃん。何で、どうして、誕生日のそれも夜に家を抜け出したの。抜け出して、どこに行くつもりだったの。誰かと会う約束でもしてた?


 あれ以来。ずっと気になっていることである。文化祭も終わり、受験勉強に本腰を入れなければならないのに、やはり、気になってしまう。

 川本も色々当ってくれたが、やはり何もわからなかったと言う。演劇部では、部員の誕生日にはお祝いのメッセージをラインで送ることにしている。川本はすべての部員から、ライン内容を見せてもらったが、当然のことながら、誰も美加を呼び出したりしていない。

 それでも、桃子はどうにもすっきりしない。それは、川本も同じ思いであるものの、これ以上は何も出そうにない、が、桃子には少しだけ気にかかることがあった。その思いを川本にぶつけて見た。


「だから、別に疑っているとかではないんです。ただ、ちょっと、話を聞いて見たいだけなんです」

「うん、それもまあ、わからなくはない」

「だから、私一人ではちょっと…」


 あくる日の学校帰り、ファミレスで川本と二人待っていると、上田

りくがやって来た。


「ごめんなさいね。わざわざ呼び付けたりして」

「いや、別にいいよ。で、話て、やはり、安藤さんのこと」

「まあ、そうなんだけど。それより何か頼んだら。あ、今日は私のおごりだから。5千円以内なら何を頼んでもいいから」

「すごいな」

「うん、が入ったの」

「何のバイト?」

「何って、同じよ」


 卒業後は就職する川本は時間の許す限り、美加の父が経営するスーパーの総菜部で働いている。


「へーえ、姿見なかったけど」

「私は事務の方。それより注文決まった」


 注文が終わると、美加は改めて聞いた。


「だから、今一度思い出して欲しいの。何か、気になることとかなかった。どんなことでもいいから」

「それって、あの夜、安藤さんを呼び出したのが、僕じゃないかと」

「いえいえ、決して、上田君を疑ったりしているわけではなく、その、美加ちゃん、安藤さんから何か聞いてないかなと思って。本当よ、本当に疑ってなんかいないから」


 桃子は必死で弁解した。


「いや、僕ね。推理小説好きだからよく読むんだ。でも、あんな推理っぽいことなんか、普通は起きないから、もし、何かで疑われたりしたら、どんな気持ちなんだろうなって、思ったりしてたけど、へえ、こんな気持ちなんだ」


 陸は俳優志望である。高校卒業後は、芸能界入りも決まっている。


「だから、疑っているとかではなくて。だから、その、美加ちゃんが何かポロっと言ったりしたこと、覚えてることがあったら、教えて欲しいの」

「何かって、別に、取り立てては…。でも、どうして、それが僕なの。僕が安藤さんの何を知ってるって言うの」

「気付かなかった?美加ちゃんね、上田君のことが好きだったの。だから、上田君に何かポロっと、その、グチったりとか」

「さっきも言ったけど、取り立てて思い当たらないんだけど…。でも、それで言えば、僕より住田さんの方が…。何てたって、小学校からの親友だから、住田さんなら夜でも呼び出すこと出来たんじゃないかな」

「ああ、それは、僕がしっかりと問いただした」


 川本が言った。


「別に、あんな時間に呼び出さなくとも、話をする時間はあった筈だし。先ずは電話かラインすればいい。第一、いくら何でも、特に誕生パーティーの夜だ。安藤の方が応じないだろう。だが、これがなあ、好きな男子ともなれば話は別だ…。おい、どうした。何か思い出したか」

「いや、思い出したと言うより…。やっぱり思い出したと言うべきか」

「何だ」

「何?」

「安藤さんに妹いるだろ」

「ええ、利恵りえちゃん」

「その、利恵ちゃんと会ったことがあるんだ。駅で偶然」

「それで」

「その時の会話が、今思えば…」


 それは、上田陸が駅前でバスを待っていた時だった。


「あの、上田陸さんですよね」

「ええ」


 声を掛けて来たのは、一人の女子高生だった。制服で私立の女子高生であることはわかったし、陸にしてみれば、こうして声を掛けられることは珍しいことでもない。


「わあ、やっぱりそうだったんですね。あっ、すみません。私、演劇部の安藤美加の妹の利恵です」

「ああ、安藤さんの」

「いつも姉がお世話になってます。色々ご迷惑をかけてることでしょうね」

「迷惑だなんて、安藤さんは人一倍熱心で、よく気の付く人ですよ」

「ええっ。ウソ、信じられない…」

「どうして」

「だって、家では縦のものを横にもしませんのよ。もう、すべて、お婆ちゃん任せなんです。それに、あの通り、髪をポンと結んだだけで、洒落っ気もなくて」

「そんなことないよ。いつもきれいにポニーテールにしてるし、リボンの時もシュシュの時もあるし…」

「まあ、それは…。ああ、友達から、雑種の犬を押し付けられたんですけど、その世話もしないどころか、散歩にも連れて行かないし、今は無関心だから、犬もさっぱり懐いてないんですよ」

「えっ、そんな風には見えないけどなぁ」

「それは、上田さんの前だからですよ。ああ、その犬なんですけど、名前がリクって言うんです。失礼ですよね。上田さんと同じ名前を付けるなんて。すみませんね。私は別の名前にするよう注意したんですけどぅ」


 その時、バスが来たので、最後まで聞かずに、陸はバスに乗った。


「まあ、そんな話なんだけど。その時は何となく聞いてたけど、今思えば、あれはかなりディスってたなって」

「そんな、ひどい。何もしないのはあの利恵ちゃ、利恵の方よ。美加ちゃんが言ってた。あの利恵ね、陰では姉である美加ちゃんを呼び捨てにしてるんだって。それをお婆ちゃんから怒られても、それこそどこ吹く風。それなのに、本当にひどいわ。ああ、知ってるよね。あの二人本当の姉妹じゃないってこと」

「うん、何となく。やっぱりそうだったんだ」

「そうよ。だから、あの利恵、最初から何か好きになれなかったけど、それにしても、よくもよくも、縦のものを横にもしないだなんて言えたもんだわ。何もしないのは利恵の方じゃない。第一、美加ちゃんは掃除も料理もすごく出来たわよ。本当なのよ。お母さんの手伝いも良くしてたし、うちに泊まりに来た時だって、それはもう…」


 と、憤懣ふんまんやるかたない桃子だったが、川本が制した。


「わかった。わかったから、もう、その辺で。話が進まない」

「だから、僕の知っているのはそのくらい。確かに僕にもアリバイはないけど、それはみんな同じゃないかな」

「そうね…。私、利恵に会ってみる」

「会って、何を。その利恵って子が何か知ってるとでも」


 川本が言った。


「だって、あの夜、一番近くに、美加ちゃんの近くにいたんだから」

「言われて見れば、そうだ」

「それなら、僕も会うよ。いや、会いたい」

「ん、待てよ。上田は今回は止めとけ。会わない方がいいと思う」

「どうして」

「いや、上田の前だと話を盛ったり、作ったりされそうだから。さっきの話聞いただけでも口は相当なようだから。その点、俺らだと見くびられて、何かボロを出さないとも限らない。後で、ちゃんと報告するから」

「うん……。いや、ちょっと待って」

「何だ」

「確かに、その利恵って妹も怪しいが、もう一人いるよねえ。安藤さんを呼び出せる人が」

「誰だ」

「川本さん」

「まあな…」

「推理小説の犯人ってそうだもの。一番怪しくなさそう、主人公の協力者みたいのが犯人ってよくある筋書きだから、それで言えば、川本さんも」

「なるほどな。上田の推理小説好きはよくわかった。それなら言うけど、僕にはアリバイがある。あの夜の」

「どんなアリバイ」

「あの日あの時間、僕はバイトしてた。夜は時給がいいもんな」

「はあぁ。これで一人消えた」


 その時、注文したものが運ばれて来た。

「うん、うまい」


 早速にカツを口に入れた、川本が言った。


「でも、住田が元気になってくれてホッとしたよ。さあ。しっかり食べて、真相に近づかなきゃあ。なあ、住田」

「ええ…」

「僕も忘れないで。妙な疑い持たれたままじゃ、死んでも死にきれない」

「おい、食べてる時に、変なこと言うなよ。食べ物が喉を通らなくなるじゃないか」

「その割には、一番食べてるのが、川本さん」

「そりゃそうだ。何しろ鉄壁なアリバイのお陰で。うるせっ、いいから二人とも早く食え。食わなきゃ、に悪いだろ」

「ハハハッ。そりゃ、そうだ。いただいてまーす」


 陸の笑いに釣られて、桃子も笑った。

 久しぶりの笑いだった。

























 













































 














 

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