どうして…
----美加ちゃん、今、どこにいるの…。
美加の母の加代が亡くなったのが、去年の3月。なのに、今年の9月、それも誕生日の30日に美加も亡くなってしまうとは…。
そして、葬儀の日、美加の遺影写真を見た時、桃子はその場に崩れ落ちそうになった。父と太一が支えてくれた。その遺影写真は、去年の文化祭の時、桃子が撮った、ちょっと
美加自身も気に入ってくれてた写真だが、それがまさか、遺影に使われるとは、その時は、夢にも思わないことだった。
----私はあの時、遺影を撮ったのか…。
いや、何より、美加から、一緒に東京の大学へ行ってほしいと言われたことに対して、返事をしなかったことが悔やまれてならない。
桃子も思い悩んだが、やはり美加と一緒に東京に行く決心をした。そのことをどうして、すぐに伝えなかったのだろう。美加の誕生日プレゼントのスカーフを渡す時に言おうと思ってしまった。ちょっとした、サプライズ。きっと喜んでくれるに違いない。その方が喜びも大きい…。
だが、何てことだ。その自分の誕生日に、なぜか、美加は夜の石段から足を滑らせ、帰らぬ人となった。
棺の中にスカーフを入れさせてもらうことは出来たが、やはり、悔やまれてならない。一緒に東京へ行くと返事をしていれば、美加はさぞ喜んでくれただろう。
あれから、一人になれば、自然と涙が出て来る。この涙はどこから湧いて来るのだろう。とめどなく流れて来る。
人は死んだ後、どうなるのだろう。どこへ行くのだろう。
----天国で、お母さんに会えた。
それならいい…。
いや、良くない。
この世でもっと生きるべきだった。二人で、東京で大学生活を送るべきだった。
悲しくて、悔しくてならない…。
何があっても、なくても、時は過ぎていく。
とれだけ悲しくても、どうしようもなく寂しくても、時は過ぎていく。
演劇部では、美加の代役を誰にするか話し合われていた。とは言っても、川本拓也以外、ほとんど黙ったままである。
「誰か、希望者はいませんか。1年生でも、男子でも構わない」
誰も手を上げない。
「では。では、こちらから指名させてもらいます」
川本は一呼吸置いた。
「住田さん。住田桃子さん」
桃子は驚いた。
「あ、あの、私は、演劇部の部員ではありませんし…。だから、無理です」
「無理ですかね。一番適役だし、安藤さんも喜ぶと思いますけど」
「でも、やっぱり、私、自信ないですから」
「はあ、そう言えば、安藤さんも同じ様な事を言ってましたね。でも、ちゃんとやり切った。この件に関して、異議のある人。いませんね。では決まりました」
軽い拍手が起きた。
「でも、私は、やっぱり自信ないです」
「いざとなれば、みんなでカバーするから。それでは、皆さん、頑張って行きましょう」
川本はいつも強引である。否応なく、美加の役を引き受けさせられてしまった。
「ジャージ、貸してください」
桃子に代わって、劇中の写真を撮りたい写真部の後輩が言った。貸すことに異存はなく、翌日、ジャージの入った紙袋を渡そうとした時、その後輩は言った。
「これで、買わなくて済みました」
買わなくて済んだ…。
桃子は怒りに震えた。
それは、美加の死によって、その代役を桃子が引き受けることになったからであり、それを買わなくて済んだ、だとぉ。
如何に、美加と接点がなかったとはいえ、こうして、一人の女子生徒、演劇部の部員が亡くなったのだ。
----こいつには、死者を悼む気すらないのか…。
いっそ、殴ってやろうかと思った。その殴ってやりたい手に握った紙袋を思い切り突き出した後、言った。
「川本さん。部長!」
「ん。なに」
「あの、私。群舞もやります。今から一生懸命覚えます」
「おっ、いいねいいねえ。その調子その調子。はい、では、始めましょう」
その夜、一人になると涙が…。
桃子は声を上げて泣いた。美加が生きていてさえくれれば、こんな思いはしなくて済んだ。
美加の代役を引き受け、やっとその死を受け入れられるようになった。これで、いや、これからは悲しむだけでなく、前を向いて歩こうと気持ちを新たにした矢先、あんなひどい言葉を投げかけられるとは…。
美加を否定されたようで、悔しくてならなかった。
それからの桃子は必死で芝居と群舞に取り組んだ。芝居の方は、台詞も動きも多くないが、簡単そうに見えて群舞は大変だった。ただ、例の後輩はやらかしてくれた。
「住田さん、そこのところ、もう少しこっちを向いてくれませんか」
と、注文を付けて来る。
「邪魔しないでくれる」
川本が言った。
「邪魔だなんて。私は只、少しでもいい写真、写真を撮りたいだけです。だから、少しくらい」
「その少しが邪魔だってえのっ。去年の住田さんは芝居の邪魔にならない様に撮ってたし、演者に注文付けたりしなかった。これ以上、注文付けたりするんだったら、今年の劇中カメラは無しにするから」
「……」
それ以降、後輩が口出しすることはなかったものの、明らかに不満そうだった。
そして、文化祭当日、その多くが、上田陸目当ての「観客」であるが、桃子にはやり切った充足感があった。さらに、ラストの陸のジャグリングは 去年より、格段にパワーアップしていた。
----やっぱり、違うわ…。
「まあ、あいつはプロだからな」
桃子の胸の内を見透かしたかのように、川本が言った。
「美加ちゃんも、どこかで見て喜んでくれてるよ」
思わず桃子は泣きそうになった。
「さあ、カーテンコールだ」
兎にも角にも、文化祭は無事終わった。例の後輩が、ジャージを返しに来た。
「要らない。あげるわ」
「まあ、そうですか」
と、その時の嬉しそうな顔…。
----あんたが着た様なもの、いらないわよ。ついでに、あんたの顔も見たくない。もう、見なくて済むと思えば、せいせいするわ。
桃子はどちらの部活も辞めた。これからは受験勉強である。
----何としても、早稲田に。
だが、落ち着いて来ると、どうしても頭を過ってしまう、あの疑惑。
どうして、美加は、あの日、あの時間に、どこへ行こうとして、石段から足を踏み外したのだろうか。
どうして…。
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