幻の白い影… 三

「おや、利恵りえが来るなんて珍しいこと」


 真理子はついに、ここまでやるようになったのか。

 いくら自分が、までやって来るのが億劫だからと言って、利恵を寄こすとは。第一、この利恵に何が出来ると言うのだ。


「ねえ、聞いてよ、お婆ちゃん。ひどいんだから」

「何が」

「みんな。みんなひどいのよっ」

----何やら、面白くなって来た…。


 英子は利恵を家の中に入れ、新しいティーパックの緑茶と小さな羊羹を出した。それにしても、利恵の持っているものが気になる。


「何がそんなにひどいのかねえ。あんないい家に住んで、みんな楽しくやってるとばかり思ってた」

「いいことなんかちっともないわ。後妻の連れ子がこんなにつらいとは思わなかった。もう、すべてが美加中心なんだから。それはある程度は覚悟してたけど、まさか、真理子婆ちゃんがあんなになるだなんて」

「真理子がどうしたって」

「とにかく、何でもかんでも、美加ちゃん美加ちゃんって。ホント、どっちが本当の孫やらわかったもんじゃない。前の真理子バアは、パート行って、そのお金で色々買ってくれたり、小遣いくれたりしてたんだけど、今は何も買ってくれないどころか、美加に小遣いやってんだから」

「ええっ。じゃ、利恵、小遣いは?」

「それは、一応、美加と同じだけ貰ってるけど、あれは絶対、パパもママ

もお婆ちゃんも、別口でやってると思う、じゃなくて絶対やってる。そうでなけりゃ、あんなに派手に使えないもの。ああ、そうだ」


 と言って、やっと利恵は持って来た細長い包みを差し出す。


「今日は敬老の日だからって、これ、美加から」


 それは杖だった。


「何か、高かったらしくて、そんで、言った。私はこれにするけど、利恵は何にするって。私はお金ないから、お菓子でも買っていくって。そしたら、じゃ、これも一緒に持ってって。友達と約束があるからって。たしかに、お婆ちゃんに敬老の日のプレゼントをしようって言い出したのは美加だけど、最初は二人でプレゼント持って行くことにしてたのに、やっぱり、友達と遊びに行くからって、私に押し付けたって言う訳」


 杖でも何でも新しいものはいい。それも、高価な物ともなれば、きっと使い心地も違うだろう。


「で、私はこんなものしか買えないから…」


 中には大き目なシュークリームが2個入っていた。杖よりはやはり、食べられる物の方がいい。


「ああ、そうだ。忘れるところだった。これ、忘れたら大変。また、バカだなんだって、真理子バアから怒られるとこだった」

「何のこと」

「今月の30日、美加の誕生日なの。何でも今年は盛大にやるって。そんで、お婆ちゃんにも来いって」

「来い?」

「そう、来いって。そう言えって、真理子バアが」

----真理子め、来いとは。

「ねえぇ。いつもこんなんだから。真理子バアもすっかり変わってしまって…。ちょっと聞いてる、お婆ちゃん。お弁当のおかずだって違うんだから。それだけじゃない。美加には友達の分のおかずも持って行かせるのに、その端切れを私の弁当に詰めるの。ひどいと思わない。もう、それだけじゃないんだからっ」


 と、利恵の不満は留まるところを知らない。


----まさか、あの真理子が…。


 真理子は利恵をかわいがっていた。それなのに、話半分に聞いても、あまりに差をつけすぎではないか。

 いやいや、利恵だけではない。現に母である自分に対しても冷たい。その後は、二人して、真理子の悪口で盛り上がった。


----こんなに、人としゃべったのはひさしぶり…。


 今はヘルパーと短い会話をするくらいで、何日も人と話をしないこともある。真理子に電話をしても、中々出ない。また、すぐに切られてしまう。そんなことを思うと、利恵が不憫になり、千円札を握らせた。


「ありがとう。ホントに、誰もバス代もくれないんだから」


 と言いながら、利恵は帰って行った。




 その夜、英子は真理子に電話した。

   

「何言ってるのよ。バス代、千円やったわよ」

「えっ、誰からも貰ってないって言ってたよ」

「もう、利恵ったら。その他にも言ってたでしょ。扱いがひどいとか」

「ああ、言ってた。美加には別に小遣いやってるとか。弁当のおかずに差をつけるとか。これはいくら何でもひどすぎないか。利恵は孫だよ。血のつながった」

「だから、余計腹立たしいのよ。利恵はねえ、部屋は散らかす、洗面所は水浸し、電気も点けっぱなし。いくら注意しても聞かないの。その点、美加ちゃんは何でもきちんとやるのよ。比較してはいけないと思うけど、つい、比較もしたくなるわよ。それなのに、利恵ったら。もう、毎日毎日、文句ばかり言ってる」

「それは、お前が美加ばかりかわいがるからじゃないか」

「そんなことしてないわよ。みんな利恵の被害妄想。小遣いだって、利恵はすぐに使ってしまうし、もう、とにかく利恵の言う事を鵜呑みにしないで!わかったっ」

「そんなことより、私との同居話はどうなった。まだかい」

「それは。それはちょっと無理よ」

「どうして」

「どうしてと言われても」

「そこをなんとか、あの美加って子に頼んでくれたんじゃないか」

「今はそれどころじゃないの」

「やっぱり、真理子も変わったねえ」

「変わったのは、利恵の方よっ。それと耕平さんが来年の市会議員選挙に出るでしょ。だから、色々忙しくて、それどころじゃないのよ」

「それどころって何だい。親の事をそれどころって」

「だからぁ。今度の美加ちゃんの誕生日会に来ればわかるわよ。もう、私、眠いんで。じゃ、寝るから。切るねっ」


 と、真理子は電話を切った。


「ったく…。詰まるところ、どっちもどっちじゃないか」


 と、例によって、自分の事は棚に上げている英子だったが、ふと、思った。


----いや…。これからは、真理子でも利恵でもない。美加だ!!


 


 











 








 







 























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