幻の白い影… 四

 何と言っても、美加は安藤家の一人娘である。いざとなれば、あの家の財産を継ぐのは、美加だ。いくら、利恵りえが力んでみたとて、耕平の事だ。遺言状にはしっかりと「美加」の名が記されることだろう…と、肝心の自分の年齢としも忘れて、妄想に浸る英子だった。

 さらに、こうして、敬老の日の祝いの品を送ってくれた。それは、英子、いや、睦子に。ああ、もうどっちでもいい。とにかく、曾祖母の自分に好感を持ってくれていると言うことだ。

 それなら、ここは自分も、美加の誕生日プレゼントを張り込まなくては。そして、あの家で一緒に暮らせるよう働きかけよう。

 やはり、真理子も真紀も大人である。誰にゴマをすればいいか、ちゃんとわかっている。所詮、利恵はまだまだ子供でしかない。

 

 

 翌日、ヘルパーが帰った後で、英子は出掛けた。久しぶりの外出だったが、今日は特に気分がいい。もうすぐ、あの家に住めると思えば、こんな嬉しいことはない。だから、そのためのプレゼントを買いにやって来た。

 今時の高校生の趣味趣向はよくわからないが、そこはデパートの店員に聞けば何とかなるだろう。

 そんなことを考えつつ、ウキウキとデパートに来てみたものの、何と、休みだった。そうだった。このデパートの休みは月に2回あるのだった。


 今はもう、曜日も日にちもよくわからない。朝起きれば、今日が何日の何曜日であるのかを一応確認するのだが、すぐに忘れてしまう。通院日はカレンダーに印をつけているのと、それをヘルパーがおしえてくれるで、忘れてしまうようなことはないが、デパートの休みにまで気が回らなかった。

 まあ、まだ、美加の誕生日には間がある。また来ればいいと、英子は駅ビルの100均へ向かった。本当に100均とは楽しいところである。今はそれこそ色々なものが置いてある。

 いつもの様に、先ずは見て回っていた、ふと、杖が目に入った。今使っている、美加からのプレゼントの杖とは、さすがにが違うだろう。どれどれと、自分の持っているのと似たような杖を手に取った。


「……!?」


 ええっ、まさか、そんな…。

 英子は、自分の杖と値札の付いた杖を同じ手に持ってみた。何と、それは、その二つの杖は寸分、たがわず同じものではないか。

 この高いとか言っていた杖。利恵は四千円くらいだと言っていた。それが、まさか、100均にあろうとは…。

 と言うことは、100均で買ったものを、高価な物だ偽った?さらに、金色の筒状の袋も近くにあった。


----おのれ!美加め!!よくも、この私を、年寄りだと思ってバカにしてくれたなっ…。


 あんな大人しそうな顔して、人当たりも良かったのに、美加はとんだ食わせ者だった。それに、すっかり、真理子も真紀も騙されてしまっている。ならば、そっちがその気なら、こっちにも考えがある。いや、この屈辱を倍返ししてやる!!

 怒りの治まらない英子は、すぐに100均を出てスーパーへ行き、日頃は太るので敬遠している揚げ物と中華風サラダを買い、真っすぐ帰宅した。

 着替えもそこそこに、ビールを飲み、揚げ物に噛り付いた。1日1缶と決められているビールだが、躊躇ためらいいもなく2缶目を開け、口に流し込もうとするも、なぜかこぼしてしまった。いや、飲めない。そこで、ゆっくり飲んでみたが、ビールの苦みばかりが感じられた。


----まさか、これくらいで飲めなくなるとは…。


 ならばと、揚げ物を口に運ぶも、何と、こっちも思ったほどには食べられなかった。


----ああ、嫌だ嫌だ。歳は取りたくなぃ…。

  

 口も手もTシャツも濡れてベタベタして気持ち悪い。英子はシャワーを浴びることにした。今は、服を着るのも脱ぐのも時間がかかり、やっとの思いでベッドに寝ころび、テレビを付けて見るも、今に始まったことではないが、どの局も似たような番組ばかりやっていて面白くない。


 気が付くとと夕方だった。いつの間にか寝てしまっていた。すると、不思議なもので腹が空いていた。新たにビールを開け、残りの揚げ物で飲んだ後は、サトウのご飯と中華風サラダで夕飯を済ませ、また、すぐにベッドに横たわる。変な時間に寝てしまったので、今夜は眠れないだろう。夜中はラジオの深夜放送を聞くしかない。



 翌朝は玄関チャイムの連打でやっと目が覚めた。いつもは早くから目が覚め、ヘルパーがやって来るので内鍵を明けておくが、明け方近くに眠ってしまい、起きるのが遅くなってしまった。


「あらあら、こんなにビール飲んじゃって。いけませんよ」

「私だって、飲みたい時はあるわよ。あんたみたいに若い人から見れば、年寄りがなに悩むことがあるかと思うだろうけど、年は取っても気持ちは若い頃と何も変わらない。これ、ホント。ただ、体が思うように動かないから、仕方なく大人しくしてるだけ。そこのところをバカにされると腹が立つものよ」

「誰もバカにしてませんよ」

「それが、するのがいてね」

「それは、その人の方がバカなんですよ」

「……」


 何か、不意をつかれたような気がした。

 そうだ。昨日はすぐにカッとなってしまったが、ここは、冷静にならなくては…。

 今の英子の一番の目標は、に住むことだ。あの広々とした家。新しいだけでなく、高台に建っており、眺めもいい。何より、娘と孫、ひ孫がいるのだ。多少のいざこざくらい、どこの家にもある。

 あの家を、英子のつい棲家すみかにする。そのためには多少の出費や苛立ちくらい。何ほどの事はない。ここはグッと、怒りを抑えて…。



 数日後、英子は再度デパートへ向かった。最初は、美加と同じ様に100均の商品で済ませてやろうと思ったが、ここは大人の余裕とさを見せ

つけてやるのだ。あの家に住めるのなら、何だってやってやる、とは言っても、あまり金は使いたくはない。そこで、プレゼントは無難なところでスカーフにした。デパートで物を買う。それは取りも直さず、包装紙を買うと言うことだ。〇〇デパートと言うブランドを持って行く。そこに価値があるのだ。



 そして、美加の誕生日当日。英子はいそいそと出掛けたが、こんな時に限ってタクシーが捉まらない。イライラしているところへ、バスが来た。これで、駅まで行くことにした。

 駅でバスを降り、タクシー乗り場へと歩き始めるも、何と隣の乗り場に、美加の家方面行のバスが止まっていた。思わず英子はそのバスに乗った。降りてから、真理子に電話をしバス停まで迎えに来てもらえばいい。


 ところが、バス停からいくら電話をしても、真理子は出ない。それならと真紀に掛けるもこっちも出ない。利恵と美加の番号は登録してないし、安藤家の電話番号も知らない。何より、さすがに日が暮れて来た。


----ああ、この長い坂道を登るのか…。


 仕方なく、坂を登り始める英子だった。休みながら、電話を掛けながら、登って行くしかなかった。

 それにしても、長い坂道である。どのくらい登ったか見当もつかないが、まだ、先であることは間違いない。ここまででも、いい加減くたびれた。いっそ、引き返そうかと思った時だった。

 目の前から、が近づいてきた。




















 











 







  

 








 

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