第七章 ふたたび 桃子
美加の明日 一
「美加ちゃん、うちねぇ。やっと建て替えることになったの」
「わあ、良かったじゃない。それで、いつ頃」
「うん、先ずは引っ越し先を探さなきゃいけないけど。どうやら、年明けから壊す予定らしいわ。ああ、でも、美加ちゃんちみたいな大きな家じゃなくて、マンションよ」
「家もね。大きければいいってものでもないわ。掃除が大変だって、お婆ちゃんよく言ってる」
「そうね。でも、あんなボロ家でも、いざ、無くなると思うと、やっぱり、ちょっとしんみりするのよねえ。だから、夏休みになったら、泊りに来ない。最後の思い出作りに」
「行く! 絶対行く」
夏休みに入ると、美加はやって来た。
「あら、言ってくれれば迎えに行ったのに」
母の久美子が言った。
「いえ、ママの運転でお婆ちゃんも一緒に」
「まあ、上がってもらえば良かったのに」
「用事があるそうで、ついでに乗せてもらったような訳です」
何がついでなものか。どんな所に住んでるか、偵察にやって来たのだ。ここを建て替えても、やっぱり、見に来ることだろう。それにしても、そんなにも気になるのだろうか。真理子が離婚したことは知っている。いや、真理子はまだ、祐介が忘れられないのだ。そうに決まっている。
よし、こうなったら、洒落たマンションを建ててやろう。そして、その最上階に祐介と住むのだ。いやいや、その時には、真理子と真紀も招待してやろう。
と、敵愾心に火の点く、久美子だった。
そんな母の思惑など知る由もない、美加と桃子はこの家での思い出話に花を咲かせていた。そして、昔の写真と同じ場所で写真を撮った。
「二人とも大きくなりましたとさ」
と、二人で笑っていると、弟の太一が帰って来た。
「そう言えば、もう一人大きくなったのがいた」
太一も今では、二人より背が高くなっている。
「太一君、また、高くなったんじゃない」
「あら、私たちだって、もっと高くなる予定じゃなくて」
「もう、無理みたい」
「そうかなあ」
その後は、父や母とも一緒に写真を撮り、翌日は、二人一緒に部活に行き、戻って来た。それだけではない。食事も風呂も勉強も寝るのも一緒なのだ。
「桃ちゃん、寝たぁ」
「ううん、起きてる。なに」
「桃ちゃん、大学どこ行くの」
「どこって、入れるとこ、かな。美加ちゃんは。もう、決まってるよね」
「うん。早稲田行って、演劇やりたい。別に女優になりたいとかじゃなくて…。ほら、私が演劇部に入ったのって、上田君がいたからであって…。そんな不純な動機でしかないけど、でも、演劇って素晴らしいなって思うようになって…。動機はともかく、将来的には、演劇に関係した仕事したい。出来れば、劇団四季に入りたい」
「美加ちゃん、それって。早稲田卒業した後は、家に、こっちに帰らない訳?それじゃ、ホテルは」
「ホテルは、ママがいるし、いずれは
「それで、お父さんは何て」
「まだ、言ってないけど。それより、桃ちゃんも早稲田行かない」
「早稲田ねえ…。そりゃ、行けるものなら行きたいけど、うーん、ちょっと、自信ないなぁ…」
美加なら、東大も夢ではないが、桃子には早稲田も…。
そして、美加は起き上がった。
「あのね、桃ちゃんに聞いてほしいことがあるの」
「えっ、なになに」
と、桃子も起き上がり、明かりを点けようとしたが、美加はこのままがいいと言った。
「これは、私の希望。ううん、わがままかもしれない。でも、話を聞いてほしいの。その、早稲田に行けば、どこかに部屋借りて住むでしょ。それなんだけど、私、桃ちゃんと一緒に一つ屋根の下で暮らしてみたい。私、一人子だし、今はお母さんもいないし、だから、4年間、桃ちゃんと姉妹の様に暮らせたらなって…」
「……」
「あっ、気に障ったら、ごめん。桃ちゃんには桃ちゃんの考えがあるものね。やっぱり。私のわがままよね」
「そんなことないよ。誰にだって、夢や希望があるもの…」
できることなら、桃子も早稲田に行きたい。そして、美加とそれこそ、ひとつ屋根の下で、暮らしてみたい。こうなったら、早稲田の近くの大学を探してみようか…。
「でも、どうして、卒業しても家に帰らない訳。お婆ちゃんと何かあったの」
「ううん、お婆ちゃんは良くしてくれる」
「それじゃ、ママ」
「ママはホテルが忙しく、顔を見ない日もあるくらい」
「それなら、まさか…」
「そう、そのまさか」
「でも、どうして」
「どうしてだか、わからない」
「わからないって…」
美加が言うには、利恵が高校入学した頃までは良かったが、5月の連休明けくらいから、不満が多くなって来た。
「もう、お婆ちゃんに文句ばかり言ってから、この頃では、私のこと無視するの」
「無視…。どうして」
「気が付かなかったって。廊下歩いてるのに、気が付かないってことある?それに、物は出しっぱなし。ゴミも捨てないんだから。全部、お婆ちゃんにやらせて…。私も言ったことがあるけど、これはお婆ちゃんの仕事だって。金貰って孫の面倒を見てるんだから、これくらい当然。私の部屋もお婆ちゃんに掃除させればいいのにって。もう、何様のつもりかしら」
「そんなの、お婆ちゃんも放っておけばいいのに」
「でも、それでは、部屋が汚れて申し訳ないって、お婆ちゃんが…」
桃子も初めて、利恵に会った時から、何かしら違和感のようなものを感じた。その時は、自分もどこかで利恵を見下しているのではと、反省したものだ。
「そして、二言目には、後妻の頭の悪い連れ子ですからって。それだけなら、まだ…」
「まだ、あるの」
利恵は今、父、耕平の後援会会長の息子と付き合っている。たまに、その息子がやって来ると、もう、見せつけるようにべたべたする。
「彼氏、いないの」
と、見下したような目を向ける等々。
美加がこんなにも人の悪口を言ったことがあっただろうか。いや、ない。
桃子は黙って立ち上がり、部屋を出て台所から水のペットボトルを持って来た。受け取った美加はごくりと飲んだ。
「あのね、あの。利恵ちゃ、利恵ね。陰で、私のこと呼び捨てにしてるっ」
偶然、聞いてしまった。その時の衝撃…。
「そんな…」
「だから、もう、いいの。私は私の道を行く。あの家もホテルも、もう、どうでもいい…」
「わかった。美加ちゃんの気持ち、よくわかった。でも、今すぐには何も言えない。もう少し、時間を頂戴」
「ありがとう。まだ、時間はあるから、よく考えてからでいいよ」
「じゃ、美加ちゃん。夏休みとは言わず、この家壊すまで、ここに居たら」
「それは…」
「いざとなったら、店の厨房でバイトして」
「そうね、食費くらいは入れなきゃ」
夜は更けて行く。
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